表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
血汐の群れる朝が来る前に  作者: Masa plus


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

49/54

(第四十九話)鏡に囚われたシン

『お前の母はミクテカシワトル。そして父は……冥界の王ミクトランテクートリだ!』


閉ざされた闇の空間で、テスカトリポカの強烈な台詞がこだまする。

恐怖に慄くシンとテパは、身動きが取れなくなっていた。


「……ふむ」


ずっとシンを見ていたテスカトリポカが、ふとテパに目を合わせる。


(フッ……)


その表情は――明らかに何かを企んでいる。


テパが、何をするつもりかと身構えた時。



(パチン)



指を弾く音がした。


それと共に、散らばっていた黒曜石の欠片が、目にも留まらぬ速さで一点に集まる。


そして――天井から床まで届く巨大な鏡になった。



「!!」



鏡の中から塵が現れ、逞しい腕の形を成す。

それは怯えて硬直していたシンの体をがっちりと掴み、漆黒の鏡面へと引き込んでいった。


「シン! シン!!」


声を張り上げ呼びかけるテパの口を、黒い塵が塞ぐ。


「折角の機会だ。この少年に何があったか、その目でとくと見るがいい」


闇の神は、抵抗など無駄だとでも言いたげに悠然としている。

テパは、鏡の中で俯いたままのシンが、心配でならなかった。


 

 鏡に囚われたシンは、テパがその様子を見ているのにも気づかず、過去を思い出している。


そこは、嘗て姉と住んでいた家だった。



『私の分まで、しっかり生きて』――。



脳の中でその言葉が、何度も、何度も響く。

それでもシンは、姉の死を受け入れられなかった。

 

「姉さんなしで生きるくらいなら、姉さんのところに行きたい……」


シンはそう呟き、喉元に短剣を突きつける。

だが、その手は震えていた。

刃がなかなか入らなかった。


「んあぁぁぁ!!!」


シンが苛立って短剣を投げ捨てた、その時だった。


「!?」


シンはある異様なものを見る。

青白い光に包まれた何かだ。見覚えがある。


姉が贄にされる前に浮かんでいた紋章だ。

そしてそれが浮かび上がっているのは――


――自分の腕だった。


「うわっ……わぁぁぁ!!!」

 

シンは恐怖に駆られ、家を、そして村を飛び出してしまった。



 村から離れ、誰も追いかけて来なくなったところで、シンは足を止める。


「……」

 

夜のサクベを照らすのは、月や星の明かりではない。


自分の体から放たれる、青白い光だった。


「これは……」


紋章はいつの間にか体全体に広がっていた。

しかも、その模様は一層複雑になっていた。


『哀れなる贄よ、早まるな』


「……?……」


シンはぼんやりとした意識のままで耳を傾ける。

遠い空から、震えるような声が聞こえたのだ。


『お前とお前の姉は、予め神に捧げると決められた”贄子”なのだ。どう足搔こうとも、心の臓を抜かれる定めからは逃れられない』


「……何……だっ……て……?」


『その紋章が証だ。お前や姉が、生まれた時から神と繋がっていることのな』


「そ、そんな……」


唐突に絶望的なことを言われ、混乱を極めるシン。

ここに来て急に、忘れかけていた姉の遺言が蘇った。


 

『私の分まで、しっかり生きて』


 

「姉さんは、僕に死んでほしくなかった。この腕輪だって、姉さんが託したものだ」


腕輪のケツァリツリピョリトリが、鈍く輝いている。


「なのに、その思いが無駄だっていうのか……?」


シンは悲しくて、悔しくて泣いた。涙がとめどなく溢れた。


そんな彼に、天の声は告げる。


『生き延びる方法なら、ある』



「どういうこと……だ」


『この世には”魔獣”と呼ばれる者どもがいる。町を破壊し人間を襲う化け物だ』


「……魔獣……?」


『そいつらの中には紋章が刻まれた人間がいる。そいつを祭りで、神の贄として捧げるのだ。そうすれば、お前はその分生きられる。死を先に延ばせるのだ』


「……」


沈黙の後、シンは言った。


 

「……嫌だ!」



命を延ばす為に、血の繋がった兄弟を殺す。

そして、その心臓を贄として捧げる――。


(これじゃあ、姉さんを殺した奴らと同じじゃないか……)


『姉の遺言を守りたいのだろう?なら迷う暇などないはずだ』天の声が続ける。


「嫌だ!嫌だ!!」


シンは泣き叫んだ。



「……!!」



夜空を見上げた瞬間、シンの目に、黒い煙に包まれた鏡が現れる。

しかもそれは、シンの体が丸々入るくらい大きかった。


「……っ!」


シンは意識を失い、その中に吸い込まれた。



(僕にとって大切なのは、姉さんの思いを守ることだ。こんな程度で弱音を吐くことじゃない)

 

 

『……フッ』

 

天の声の不敵な笑みが響く。それと同時に、シンは立ち上がる。

その目は冷徹で、あらゆる他者を拒絶しているかのようだった。

 

「……やるか」


シンは気づいていなかった。

自分の、心の奥底に秘めていたつもりの闇が、みるみる解放されていたことに――。



「そしてこいつは、あの鏡の中で、あらゆる化け物と戦った。どんな魔獣をも、必ず倒せるようにな」


テスカトリポカがテパに見せている鏡の中に、鏡がある。

囚われているのと同じ、真っ黒な鏡。

その中で、シンは必死に戦っていた。


 

「ふっ! はっ!」


 

次々に現れる怪異に、シンは小刀を、矢を、そしてマクアウィトルを振るう。


「はぁ……はぁ……」


今まで何かと戦ったことなどない。

武器もただ、振り回しているだけ。

それでも、自身の非力さを嘆く余裕はない。


 

『姉さんの思いを、絶対に叶えるんだ』



ただその思いだけを胸に、シンは持てる執念の全てを燃やして攻撃を加える。


(グアァッ……)


敵は、弱々しい断末魔と共に息絶えた。


「なんだ。思ったより簡単だったな」


変わり果てた怪異の姿を目にしても、シンの瞳は揺らがない。


 

(シン……)

 


テパはそんな彼の姿が、痛々しくて堪らなかった。



「つまりはこういうことだ。わかったか?」


テスカトリポカが、テパに意地悪く詰め寄っている。


「……」


テパの耳には彼が言うことは入っていなかった。

それ程に、衝撃が大きかったのだ。



(ガシャン)



黒い鏡が割れ、囚われていたシンが出てきた。

同時に空間が開け、外の世界が見えてきた。


――もう、夜になっている。


「……フッ」


テスカトリポカは、テパの肩で自分を睨むピルトに目をつける。


「仕事だ。早くここを去れ」


すると彼は、ピルトをテパの肩から引き剥がし、どこかへ飛ばしてしまった。

 

「わあぁぁぁ!!!」


「ピルト!!」


シンの身を案じる間もなく、テパは大切な仲間と引き離された。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ