第十二話「本音と本心」
式典からの帰り、私はマリティアヌとクィンクに全てを打ち明けた。
指輪の効力がなくなってしまうと、以前の私に戻ってしまう可能性があったからだ。
前世で起きたエルフと人間の戦争について。
私がクリアハルトと名乗る銀髪の青年に殺された事について。
転生してからずっと怒りに身を焦がし続けた事について。
途中、何度も泣いてしまった。
転生後に自分のした事は例え前世で何があろうと許されるべき事ではない。
むしろ、死の痛みを知っている分、優しく生きるべきだったのだ。
マリティアヌは涙を流したまま何も話そうとしない。
それが私にはとても辛かった。
いつも優しく明るいお母様を黙らせるほど、哀しい想いをさせている事が。
エルフは親に育てられるという習慣がない。
生まれてすぐに施設へ預けられ、平等に育てられる。
その事自体に何も不満はなかったし、寂しい想いをした事もない。
だけど、この世界で両親の温もりを私は知ってしまった。
家族の絆を、愛を、優しさを知ってしまった。
私は裏切ってしまった。
家族の信頼を、自ら……。
「……仮説ですが」
話を聞き終えたクィンクが、話を整理するように言葉を紡ぐ。
「黒い魔力こそが転生者の証なのではないでしょうか?」
「えっ?」
つまり、私の魂色が黒色だったと。赤色の魔力が別の何かだったと……。
「あなたがバルサに教えた魔力の色を見る魔法は、簡単に言えば魂の色を見るんですよね? だったら、あなたがいくら怒りに満ちようとも赤色である可能性と黒色である可能性は同じだと思いますよ」
「……確かにそうね」
恐怖に支配されて何も考えられなかったけど、全くもってクィンクの言う通りだ。
私の前世は青色の魂色だった。
変化するにしても赤と黒、どっちになってもおかしくない。
「何よりクリアハルトの魔力が黒の時点で、転生者は黒になるんだと私は思いますよ」
「……それはつまり、クリアハルトが転生者だと?」
クィンクは小さく頷いた。
どこか確信めいた顔だ。
「オセロを持ってきた時、私は不思議に思いました。デザインやルールが洗練されすぎてはいないかと。子供が一人で思いつくようなゲームではありませんよ、あれは」
「五歳の時に突然思いついたって言ってたけど、よくよく考えれば子供に出来る事ではないわね」
だとしたら、クリアハルトは誰の転生者なのか。
クィンクは「彼の事は家に帰って聞きましょう」と答えた。
「問題はあなたです。黒色の魔力があなただとして、では赤色の魔力は一体何を意味しているのか」
「だから別の誰かの魂では……」
転生の際に魂が一つの身体に二つ入りこんでしまった。
奇妙な話だけど、それを言えば転生自体が摩訶不思議な話だ。
「いえ、あれは感情の色ではないのでしょう?」
「……あ」
クィンクと話していると、私がどれだけ混乱していたのかが浮き彫りになる。
「赤色の魔力が魂色である以上、静寂の指輪に抑え込まれる事自体が変な話です」
「私が嘘を吐いていると!? もしそうなら私がこのタイミングであなたに全てを打ち明けるメリットは何!?」
「落ちついてください。一連の話は全て“あなたの言っている事を信じた前提”で進んでいます。だからあなたも私を信じてください」
クィンクは私の、ジェイクハルトの手を掴むと力強く握った。
安心させようと努力している様子だ。
「本当にただの仮説ですが、その赤色の魔力というのは一種の呪いなのではないでしょうか?」
「……呪い?」
「ええ、そうです。魂の色自体を確認できない私は想像するしかできませんが、転生時に抱いた強い恨みや怒りが呪いに変化してしまったのではないかと」
「つまり……、あれは私の魂から生まれた憎悪の塊だと?」
もしそうなら何もかも私が悪い事になる。
心のどこかで“誰かが私を操ったのではないか”という仮説が崩れ去ってしまう。
クィンクは首を横に振り、私の髪を撫でた。
「私はそうでないと思っています。何故ならあなたはクリアハルトを殺さなかった。前世の自分を殺したであろう憎き相手に対し、呪いに身を焦がしながらも耐え続けた。もし自分の魂から生まれた憎悪の塊なら、きっと耐えられなかったはずですよ」
「クィンク……」
今だからこそ分かる。
私はクリアハルトが好きだ。
兄として、家族として愛している。
だからこそ甘えてしまったのだ。
最悪の運命に囚われてしまっている私に気づいて欲しい、その慈愛に満ちた瞳で私の苦しみを理解して欲しいと。
「私は……」
「お母様?」
話に区切りが付いたタイミングで、マリティアヌが口を開く。
その表情は悲しみに満ちていたけど、私を責めるような口調ではなかった。
「私は母親失格なんでしょうね。あなたの苦しみや辛さに気づいてあげられなかった」
「そんなっ!! お母様は何も悪くあり――」
言葉を遮るように、マリティアヌは私を強く抱きしめる。
温かく、優しい匂い。柔らかい身体。
「ううん、私はあなたの母親なのよ。それなのに私はいつもあなたに甘えてばかり。本当は何度も何度も気づいてあげられるタイミングがあったはずだわ」
「……お母様」
何も言い返せなかった。
マリティアヌの涙に、温もりに心の底から負けてしまった。
結局の所、私は前世の記憶があるだけの子供だったのだ。
未熟で、弱くて、甘えたの子供。
少し背伸びした所で、大人ぶった所で、何もできやしない。
「帰ったらアネスタの居場所を教えてちょうだいね。私も一緒に謝るから」
「……はい」
全てが丸く収まる訳がないけれど。
簡単に許されるはずがないけれど。
私にできる事は一つだけ。
誠心誠意謝る。
ただそれだけだ。
◆
「と・こ・ろ・で」
家族の絆を再認識した矢先、マリティアヌが意地の悪い笑みを浮かべた。
私もクィンクも大体察しが付いた。きっと乙女の会話を始めるに違いないと。
「ジェイクハルトが女の子だった以上、話す事は一つしかないわよね」
「い、いえ、私の前世が女だっただけで……」
「な・い・わ・よ・ね?」
「……はい」
お母様には逆らえない。
クィンクは最初から諦めていたのか抵抗する意思すら見せなかった。
「まずはやっぱりクィンクちゃんからね。クリアハルトの事、どう思ってるの?」
やっぱりか……。私とクィンクは同時に溜息を吐いた。
クィンクはしばらく間を取ってもマリティアヌが折れない様子を見ると、
「分かりました。言いますよ」
と、小さく頷いた。
まぁ、本当は私としても気になっているけど。
当然、兄として弟が心配なだけだから。
……って誰に言い訳してるんだ私。
「正直な所、ここまで特別な存在になるとは思っていませんでした。私にとって初めての生徒なので少しは特別に思ってしまうだろうと考えてはいましたが……。クリアハルトはとても良い子ですし、頼りがいもあります。誰かの為に頑張りたいという志も評価できます。きっと将来的に――」
演説のようにクリアハルトの良い部分を上げていくクィンクを制止するマリティアヌ。
「違う。違うのよクィンク。いい? 私が知りたいのはクリアハルトの事を女としてどう思っているかよ。それだけを聞いているのよ」
「は、はい……」
ブンブンと頷くクィンク。
この後に私の番が来るのかと思うと逃げ出したい気分だ。
「実は竜人という種族は非常に惚れやすい性質を持っています。その理由はお答えする事ができませんが、異性同性問わず、すぐに好きになってしまいます。それというのも――」
「つ・ま・り?」
「……大変魅力的に感じております」
顔を真っ赤にして答えるクィンク。
前世で私はこんなに可愛い表情をした事があっただろうか。
もし今のクリアハルトと前世で出会っていたら私は……。
「ふふん、そうでしょうそうでしょう。私の息子を前にしてまともでいられるはずがないのよ!」
何故だか勝ち誇るマリティアヌ。
そして、彼女の鋭き矛は私にも向いた。
「ジェイクハルト……、いいえフレアハート。あなたもクリアハルトが好きなのかしら?」
私が兄弟として愛してると答えようとすると、すかさず、
「お・ん・な・と・し・て」
と、釘を刺されてしまった。
仕方ない。ここは正直に答えよう。
「フレアハートとしては今でもクリアハルトがあの時の彼に変わってしまうんじゃないかと恐怖しています。戦場で見かけた彼はエルフを殺す事に躊躇しない鬼のような人でした。人間は少しのきっかけで豹変する生き物です」
きっと、その恐怖はずっと付きまとうのだろう。
例えクリアハルトが転生者だったとしても、いつ元のクリアハルトが戻ってくるか分からない。あまりに信頼しすぎると裏切られた時が怖い。
だけど――、
「今のクリアハルトは優しくて明るい魅力的な男の子です。出来る事なら違った形で出会いたかったと心から思います」
私の本心。
ジェイクハルトになった今、叶わない夢。
例えば、どこかの学校で同級生になったり。
例えば、魔物狩り仲間として一緒に戦ったり。
例えば、私の落とした荷物を拾ってくれたのが彼だったり……。
「ですが、今の私は彼の兄です。彼の目標であり、越えられるべき存在になりたいと思っています。それに私には戦争を起こさせない使命もありますから」
「もちろんその時はクリアハルトも連れて行くのよね」
「……彼がそうしたいと言うのなら」
マリティアヌはそれ以上何も言わず、ご機嫌な様子で窓から見える景色を楽しんでいた。
私とクィンクは顔を見合わせ肩をすくめる。
家に帰ってクリアハルトと出会った時、私はどんな顔をするのだろうか。
泣くのだろうか。それとも照れるのだろうか。
分からない。分からないけど、……少しだけ楽しみだ。




