97 不明なやりとり
『私は本年1月、サラステクスから集団脱走してきました。ですのでそこにいるもう1人の方は、私または私とそっくりな者と戦った可能性があります。ですが今の私は、敵ではありません。まずはそのことを信じてください』
俺はとっさに衣緖菜の方を見る。
「大丈夫、問題ない」
多分これも、向こうで聞こえている。
そうは思うけれど、一応は返信を打っておいた方がいいだろう。
なので返信ボタンを押して、返信文を書き加えようとしたところで。
『ありがとうございます。それでは移動します』
メールの到着とともに、ふっと魔力を感じる。
ある程度魔法を使えるようになった結果、今の俺は魔力を感じることが出来る。
衣緖菜やメイなら、魔力だけで誰かもわかる。
今感じているのは、そのどちらでもない知らない魔力。
その魔力が部屋の入口直近でふっと固まって、次の瞬間人の姿を取った。
俺たちと同じ制服を着用した、この学校の高等部の女子。
同じクラスではないけれど、記章は俺たちと同じ高等部1年だ。
入学式やガイダンス等の時は魔力を感じなかったのは、警戒して魔力を隠していたのだろう。
衣緖菜も普段は魔力のほとんどを隠しているし。
「とりあえず、そちらへどうぞ。今、お茶を出しますから」
衣緖菜がよそいきというか、俺以外との会話用の言葉でそう告げる。
同時に俺たちの向かい側のパイプ椅子の一つを魔法で後ろ側に引き、その前の長テーブル上にお茶とクッキーを出した。
「ありがとうございます。それでは失礼して、と」
濃い茶色の髪をポニーテールにした、小柄な女子だ。
体格的には衣緖菜とほぼ同じくらいだけれど、顔は綺麗系というより可愛い系で、雰囲気は大分異なる。
「まずは自己紹介から始めましょうか。あと入部届はありますか? 書きながら話そうかなと思いますけれど」
ここは先に言っておこう。
「入部は今すぐ決めなくていいですよ。あれこれ話して状況がわかってからで」
「いえ、入った方がこの先、楽しそうですから。これでも空間操作特化型なので、そこそこの未来は見えます。あと遠慮せず魔法の話が出来る場所が欲しかったというのもあります」
そう言っている間に、彼女の前に入部届の紙が出現する。
もちろん衣緖菜が魔法収納から出したのだ。
この辺り、日常的に魔法を使っていないとぎょっとするよなと俺は思う。
俺は慣れたし、この人も気にしない様だけれど。
「ありがとう。陽翔さんや衣緖菜さんの名前やクラスは魔法で見ましたし、自己紹介もメールである程度聞きました。だから今度は、私の自己紹介をしておきます。
1年2組の、埴生愛美です。前の世界の名前はもう忘れたし、思い出す気もないということで。
2組なのは姉の魔法でこの学校内における記録を改ざんして、内部生として在籍する形にしたからです。女子寮の412号室に住んでいて、実家はなし、交通事故で父と母が死んで姉妹5人が取り残され、貯金と保険金で生活しているという設定です。あくまで設定ですけれど。
私自身の魔法は空間操作特化で、他は日常程度の魔法を含め、ほとんど使えません。魔力は大きいのですけれど、体質ということで。衣緖菜さんは、多分見てわかっていますよね」
衣緖菜は軽く頷いた。
「一応。戦力としての私を愛美さんが知っているように」
直接戦ったことがある、という意味だろうか。
それとも他に何か意味があるのだろうか。
衣緖菜は一度言葉を切って、そして付け加えるように続ける。
「あと、もし良ければ敬称をつけずに、単に衣緖菜と呼んで欲しい。私ももし良ければ、愛美と呼ぶ」
口調が変わったのは、意識してだろうか。
愛美さんは頷いた。
「わかりました。それではこの後は敬称省略で。それでは本題に移りましょう。もう衣緖菜は私が伝えることがわかっているでしょう。それでも何かを伝える時は、声なり伝達魔法なり、通じさせるという意思と行動をとるべきでしょうから」
これは衣緖菜が言語化した表層思考を読めることを、愛美さんが知っているということだろう。
そう思ったところで、愛美さんが続きを口にする。
「この学校には私の他に、同時に脱出した私の姉妹にあたる子があと4人います。あと他の学校に入っている子も40人ほど。此処のことを、その子たちに連絡していいですか?」
40人!? この学校内にも4人。
そんなに多くの人が、異世界から来ていたのかと思う。
あと同じ学校に入れる年齢の姉妹が5人とは、ずいぶん多くないだろうか。
姉妹が合計5人と言うだけでも、充分多い。
全員がその年齢枠に納まっているというのは、結構厳しい気がする。
双子とか三つ子とかなら別だろうけれど。
でもそれだけ、愛美さんのほかに45人も脱出した人がいるのなら、衣緖菜と部下の脱出事例も、特異なことではないのかもしれない。
でもそのことが今後にどう影響するのかは、俺にはわからない。
未来をかなりの確率で見ることが出来る人が多数参戦した結果、株式市場やFX関係の値動きが激しくなりそうだと思う程度だ。
ここは素直に、衣緖菜に投げるとしよう。
衣緖菜も未来を見ることが出来る筈だから。
衣緖菜は俺の方を見て頷いた後、口を開く。
「問題ない。その方が私にとっても、いい結果になるのが見えている」
その衣緖菜の言葉が終わった瞬間。
俺でもわかるくらいに、愛美さんの表情が変化した。
そして何故か、衣緖菜が愛美さんの方を見て頷く。
「大丈夫。同じところまでは私も見えている。その先は、私にも見えていない」
「あえて声に出して聞きます。それでも、このままでいいんですか? まだ選択肢はある筈です」
愛美さんが顔をしかめた、少し厳しい感じの表情と口調で、そう尋ねるというか問いただす。
そこで会話が途切れる。
無言の間。
実際はせいぜい10秒くらいだけれど、それ以上に長く重く感じる時間の後。
「あえてここに一人で来た愛美なら、理解できるし同意も出来る筈」
先に言葉を口にしたのは、衣緖菜だった。
言葉の意味は、俺にはわからない。
でも愛美さんは頷いて、口を開く。
「理解はしたし尊重もします。でも私は、そちらと同意見です」
愛美さんの言葉に、引っかかりを感じた。
今言った『そちら』が、衣緖菜を指していないように感じたのだ。
なら『そちら』とは誰、もしくは何を指すのだろう。
俺ではないだろう。
今の言葉の意味がわからないのだから。
そう思ったところで、衣緖菜が俺の方、そして愛美さんの方を見る。
「ごめん。今は言えない。あと愛美、ありがとう」
あきらかに今の『今は言えない』は、俺の思考に対する答えだ。
そう思ったところで、愛美さんが口を開く。
「わかりました。じゃあ明日、私の姉1人と妹4人を連れて来ます」
「了解。準備して待っている」
「あとついでに、この課外活動の内容を聞いていいですか? 今何をしているかとか、これから何をするつもりかとか」
どうやら俺にはわからない、でも明らかな重さを感じた話は終わった様だ。
何を話していたのだろう。
俺の内にある衣緖菜の記憶を探してみても、答えらしきものは見つからない。
一方、衣緖菜は愛美さんに対して、説明を開始している。
「とりあえずやっているのは、知っている魔法の分類と、アトラ世界についてのまとめ。具体的には、こんな感じで……」




