64 その感情の名称 (2)
「最初に感じたのは、多分最初の日の夜の寝る前。寝ると陽翔と離れるような気がした。魔法で寝ながら周囲を警戒することは可能。変化が生じたら起きるようにすることもできる。それでも寝ることによって、意識が陽翔から離れるのが嫌だと感じた。もっと陽翔を近くに感じたいと思った。
だから私が違う世界から来たということを盾に、陽翔の知識では強引すぎるとわかっている方法で迫ってみた。単なる繁殖の本能だと理解していた行為でも、気持ちや立ち位置を少し近づけることができた気がした。それで少し安心して、1日目はそれで眠れた」
ということは、初日夜からやってしまったのは、戦闘関連の原則だからではないわけか。
衣緖菜としては、俺とより近づく目的で、意図的だったと。
でもなぜ衣緖菜は、そこまでして俺と近づこうとしたのだろう。
それが俺には、わからない。
近未来予知魔法で、俺の側にいればうまく行くというのが見えたからだろうか。
でもそれでは、ケイトさんが先程俺に言ったことと矛盾する気がする。
『率直に言おう。衣緖菜さんは、日本国籍が取れてきちんとした保護者の元に行けるとしても、陽翔君と離れることになるのなら、行きたくないと言っている』
一言一句思い出せるのは、どうやら情報整理魔法の一種のおかげのようだ。
便利だしどれくらい使いこなせるか確かめたいけれど、今はそれどころではない。
「陽翔としては、私がそこまでして陽翔に近づきたかった理由は理解できないかもしれない。でも私は、それと同じかそれ以上に理解できなかったことがある」
衣緖菜の説明は、まだまだ続くようだ。
「陽翔が、最初から私の話を聞いてくれたこと。私のそれまでの常識には、利害関係にない者が単なる他人のお願いを、代償無しで聞いて実行してくれるなんてことは無かった。だから最初、『話を聞いてほしい』と頼んだけれど、本当に代償なしで話を聞いてくれるか疑っていた。ただ近未来予知魔法によって、話すべきことはほぼ全部わかっていた。だから完全には目標を達成できなくても、精神操作で協力させざるを得なくなる可能性が高いと思っていた」
確かにその可能性は高かったかもしれない。
「いつもの俺なら、話を聞かなかったかもしれない。あの日は正直自暴自棄になりかけていて、どうなっても構わないという気分だった。だから変化さえあれば、それで十分だった。それだけだ」
「違う」
衣緖菜は、そう強い調子で言った後、更に続ける。
「もしそうなら、その後の私の扱いだって、もっとぞんざいだったりしたと思う。でも陽翔は、陽翔自身に対して以上に私に気をつかってくれた。私に対して、できる限りのことをしようとしてくれていた」




