59 見なかったもの
風呂は結構広かった。
洗い場の他に熱い湯の浴槽、ぬるい湯の浴槽、サウナ、露天風呂とある。
ただ俺自身は、長湯は得意ではない。
温泉のお湯の質なんてのも、残念ながらわからない。
だから身体を洗った後、ひととおり全部の浴槽とサウナを試してみて、その後シャワーをさっと浴びて、そして部屋へと戻った。
なお部屋の鍵は、俺が両方とも持っている。
理由は簡単だ。
「私も衣緖菜も鍵は必要無い。魔法で内側のノブを回せば済む」
物を動かす魔法は割と簡単だと衣緖菜は言っていたし、知識でもそうなっている。
だからケイトさんが使えるのも当然だし、俺ももう少ししたら使えるようになるだろう。
そう思いつつ先程の部屋に戻ったら、既に衣緖菜が戻ってきていた。
「どうだった、風呂は」
「贅沢な設備だとは思う。こういった施設の一般的な設備のひとつだとは、陽翔の知識でわかるけれども。慣れると、きっと気持ちいいのだろうともわかる。ただ今はまだ慣れていないから、ゆっくりのんびり出来なかった」
気持ちはわかる気がする。
「俺もだな。だから一通り試しただけで、戻って来た」
「ところでケイトさんに、一緒に住む話を聞いた?」
衣緖菜はそこが気になるらしい。
「ああ。俺を養子にして、衣緖菜と姉弟にするところまでは聞いた。そこから先の細かいことは、資料を作るって言っていたけれど」
「私が持っている陽翔の知識によれば、陽翔はあの場所を離れたがっている。あの両親とも同じ。私はそう判断して、ケイトさんに話した。そして陽翔が私と2人で、東京近郊で暮らすという話になった。でも本当に陽翔がそれでいいのか、私は確信を持てない。だから陽翔に直接聞いて確認したい」
それは全く問題ない。
「ああ。元々俺はあの家を出たかったからさ。生活はぎりぎりだし、冬になったら学校に通えるかも怪しいし、このままでは大学に進学出来なくなりそうだしで。だから問題は全く無い。というか衣緖菜が言った通りになれば万々歳だ」
ふと何か忘れている、もしくは見ないようにしていることがある気がした。
でもきっと、気のせいだ。
多分、きっと。




