56 浮かんだ言葉
「という訳だから、環境が悪いとどれだけ苦労するかなんてのは、個人的に実感している。ついでに言うと、本人のやる気次第でどうにでもなるなんて言っている奴は、市中引き回しの上、打ち首獄門にしたい。でも取りあえず今は、そんな個人的意見は置いておくとしよう」
そこで意味ありげに間を置いたのち、わざとらしく俺の方へと向き直って、ケイトさんは続ける。
「さて、私は戸籍が無い者の戸籍取得と、その後の生活確立を援助するNPOの運営者だ。そしてどういう方向で生活の確立を目指すかは、基本的に被保護者の希望を優先することにしている。
つまり優先すべきなのは、衣緖菜さんの意向だ。ただ個人的には陽翔君の考えは理解出来るし、そういった環境に被保護者を追いやるなんてのは、個人的にもやりたくない」
ここまでは、言っていることに矛盾はない。
だから俺は頷く。
ただ、その先はどうするのだろう。
「ということで、陽翔君に提案だ。今の両親から離れ、衣緖菜さんと一緒に別のところに住む気はないか」
えっ!?
まさか衣緖菜では無く、俺を引っ越しさせるなんて話が出てくるとは思わなかった。
でも確かに衣緖菜の希望に添って、かつ今とは違う環境に移動させるなら、解決策としてはそれしかない。
しかしその案は、上手く行かないだろう。
なぜなら……
「無理でしょう。うちの両親にとって、俺は前の父から金を引っ張るための金づるです。おいそれと手放しはしないでしょう」
ろくに働いていないうちの両親にとって、定期的な現金収入は、前の父が振り込んでくる俺の養育費だけだ。
今回移住する名目で貰った補助金には、就職か就農出来ることが条件だった筈。
だから収入が無いからといって、すぐには生活保護は使えないし認められないだろう。
なら俺を手放すとは思えないのだ。
「心配はいらない。そういった交渉は私の得意分野だ。交渉材料については幾つか調査中だが、明日私が東京へ帰る頃には、結果が出ているだろう。明後日頃には証拠書類を集めて、来週中には対決に持ち込むつもりだ。無論その気になれば、魔法で思考操作なんてことも出来る。ただ今回は、それを使う必要は無いだろうと思っている」
つまり俺は、あの家を出ることが出来るわけか。
そう考えたところで思い浮かんだのは、衣緖菜ではなくメイの顔。
『津久井は、また東京の方に戻っていく気がする。私はここから出られないけれど。何となく、そう感じるだけだけれどね』




