第9話 境界石に残る陽の角度
境界石は、置かれた時刻まで残すことがある。
私は白鹿草原の石列を一本ずつ回り、北面の乾き方と影跡を確かめた。正式な据え付けは日の出直後に行う。影が長く一定で、測量誤差が出にくいからだ。
「この石、変なのかい」
グレタがしゃがみ込む。
「ええ。影焼けが南側に短く出ています。昼近くに打ち直した痕です」
朝に据えた石なら西面がもっと乾くはずなのに、この列だけ南側が妙に白い。しかも根元に残る槌痕は、三つ刻みの王国測量槌と一致した。
私は記録帖に角度を書き込む。
「昼に石を動かし、その日のうちに図面も直したんですね」
「それで村の境目を丸ごと食ったわけか」
ちょうどその頃、執事のヨアヒムが王都帰りの荷馬車を連れて戻ってきた。灰色の外套に旅埃をつけたまま、彼は私へ一枚の供述書を差し出す。
「石運びをした御者を押さえました」
供述書にはこうある。
『王都から来た二人組の役人が、真昼に境界石を積み替えた。片方は右手の薬指に紺青石の印章指輪をしていた』
紺青石の印章指輪は、アルベルトが局内でしか使わない私印だ。
「本人か、直属の者です」
私が言うと、ヴィクトルの目が冷えた。
「石を動かすために、王都からわざわざ来た」
「辺境の小さな不正では済まない利益があるからです」
風が草を揺らした。白鹿草原は今日も広い。でも紙の上では、その半分近くが誰かの懐に入っていた。
石の角度は嘘をつかない。
あとは、その嘘を誰の前で読ませるかだけだ。




