第10話 忘れられた礼拝堂の地図
北辺の古い礼拝堂は、今は半ば物置になっていた。
けれど、こういう場所にこそ昔の地図は残る。村人は役所より先に礼拝堂へ境界争いを持ち込むことが多いからだ。
「父さまが昔、ここで帳面をつけていたんだよ」
サビーネに案内されて奥の箱を開けると、布に包まれた村図が出てきた。ラウベ村。最新図では存在そのものが消された小さな集落だ。
羊皮紙を広げた瞬間、私は息をのんだ。
「礼拝堂も、井戸も、麦乾し場も全部ある」
しかも戸数まで記されている。三十戸。消えていい規模じゃない。
「去年の冬、救済麦が来なかったんだよ」
サビーネが低い声で言う。
「地図から外された村は、帳面の上じゃ困ってないことになる」
私は古図と現行図を重ねた。ラウベ村を消したことで、救済費も道路補修費も丸ごと浮く。その一方で、村人たちは隣村の名義で通行税だけ取られていた。
「二重課税です」
グレタが拳を握る。
「どこまでやる気だい、あいつら」
その日のうちに私は現地実測を済ませ、ラウベ村を北辺領地籍へ仮復帰させる命令書を作った。ヴィクトルは署名を見て、すぐ印を押す。
「異議が出ても俺が受ける」
「ありがとうございます」
「礼は村へ言われる方が先だ」
夕方、礼拝堂の鐘が久しぶりに鳴った。ラウベ村の名が帳場へ戻った合図だ。
古い地図は、忘れられた場所を黙って待っている。
だから私は、消された線をもう一度そこへ戻していく。




