第5話 地図から消えた草原
役所の地下倉庫には、湿気た古地図箱が積まれていた。
私は北方第七区の札がついた箱を開け、巻かれた羊皮紙を一枚ずつ広げる。現行図より古い地図は、線が多少荒くても嘘が少ない。
「あった」
三年前の地籍図には、白鹿草原が丸ごとノルトハイム辺境侯領の共有放牧地として記されていた。さらに南東には、今の地図から消えた細い水路と水車場の印がある。
「これ、今はどこにも載っていない場所だよ」
グレタが私の肩越しにのぞき込む。
「白鹿草原だけじゃない。水車税まで外へ流してるのかい」
私は地図の余白へ書き込まれた古い覚え書きを読んだ。
『春の増水後も渡しは安定。草原南端より粉挽き税を徴収』
つまり、草原はただの野原じゃない。家畜の放牧、乾草の刈り取り、水車税まで一体になった収入源だった。
「だから線を動かしたんですね」
「何のために」
ヴィクトルが問う。
「人の暮らしを切り取るためです。草原が消えれば、村は罰金を払い続ける。水車場が消えれば、税は別の帳簿へ流せる」
私はさらに箱の底を探った。すると、薄い紙片が一枚出てくる。王都地籍局の控え書式だが、運用欄にだけ別名がある。
『エルフェルト石材商会 臨時補正立替』
クララの母方の親族が営む商会の名前だった。
「ここにもエルフェルトが」
胸の内側がゆっくり冷えていく。
王都の可憐な従妹は、ただ席を奪っただけではない。私が守っていた線の向こう側で、利益の流れにまで手を伸ばしていたのだ。
「続けられるか」
ヴィクトルの問いに、私は地図を巻き直した。
「むしろ、ここからです」
紙の上から消した草原は、現地からまでは消せない。
それなら私は、また測り直せばいい。




