↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
3/20

第3話 北辺領への左遷命令

 北辺領へ向かう馬車は、王都の石畳の匂いを二日で吹き飛ばした。


 窓を少し開ければ、湿った土と針葉樹、まだ冷たい川風が入ってくる。王都では冷たく感じていた空気が、今は妙に息をしやすくしてくれた。


 ノルトハイム辺境侯領の役所は、城館に付属した石造りの低い建物だった。だが帳場は乱れ、壁の地図には墨で消された村名がいくつもある。


「王都から来た地籍監査官か」


 低い声に振り返ると、黒い外套をまとった男が立っていた。辺境侯ヴィクトル・ノルトハイム。三十八歳。無駄のない姿勢は、冬の境界石みたいに簡素で動かない。


「ヘレナ・ヴァイスナーです」


「顔色は悪くないな。王都で折れてきた人間は、もっと浅い息をする」


 歓迎とは言いがたい言葉だったのに、不思議と刺さらなかった。


 彼は傍らの従者から銀の小さな水筒を受け取り、私に差し出した。


「杜松茶だ。道が冷えただろう」


 蓋を開けると、温かい湯気とともに青い香りが立つ。針葉樹よりやわらかく、舌の上で少しだけ甘い。


「ありがとうございます」


「礼は要らない。必要なら毎朝出す」


 それだけ言って、彼は役所の壁地図の前へ歩いた。


 そこには、白鹿草原の南端がごっそり削られた最新図と、別の手で描き足された課税区分が並んでいる。帳場の奥から、測量頭のグレタが腕組みして出てきた。


「宮廷さん。うちでは三つの村が同じ草地で税を取られてる。なのに地図じゃ一つ分しか残ってない」


「村名は」


「エイスフェルト、ラウベ、シュタイン。ついでに、去年まであった水車場が今の図じゃ隣領扱いだ」


 私は机に置かれた訴状をめくった。どれも面積欄だけが妙にきれいに揃えられている。現地で暮らす人の苦情より、帳簿の見た目だけを整えた線だ。


「実地へ出ましょう」


「着いてすぐか」


 ヴィクトルが問う。


「紙だけ見ても、この線が誰を苦しめたかまではわかりません」


 彼は短くうなずいた。


「馬は出す。好きなだけ歩け」


 追放先としては、あまりに都合がよすぎた。


 ここは片づけを命じられた辺境ではない。


 王都で隠した線の、続きそのものだ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。