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第18話 あなたが直した羅針盤

 審問会のあと、私は一人で王宮の中庭へ出た。


 夕方の石畳はまだ少しだけ熱を持っている。けれど胸の奥は、長く抱えていたものを下ろしたあとの空白でいっぱいだった。


「ここにいたか」


 振り返ると、ヴィクトルがいた。黒い外套のまま、私の前で立ち止まる。


「終わりました」


「見ればわかる」


 彼は短く言って、私の手元の羅針盤へ視線を落とした。


「ちゃんと北を指してるだろう」


「はい。あなたが直してくれたから」


 その瞬間、妙に胸が熱くなる。


 王都ではずっと、自分で正しい向きを知っていても、それを示す道具を奪われてきた。けれどこの人は壊れたものを取り上げるのではなく、黙って直して返してくれる。


「ヘレナ」


 ヴィクトルの声が少しだけ低くなる。


「北辺へ戻ってきてほしい」


 私は笑った。


「戻ります」


「仕事としてだけじゃない」


 灰青色の目がまっすぐこちらを見ていた。


「俺の隣にいてほしい」


 呼吸が一瞬止まる。けれど、返事は驚くほど自然に出た。


「……私も、朝にあなたの杜松茶がないのはもう嫌です」


 ヴィクトルがわずかに目を細める。ほとんど表情を変えない人なのに、それだけで十分だった。


 彼の指がそっと私の手へ触れる。大きくて、静かで、でも確かな温度だった。


 羅針盤の針は、私たちの間でぶれずに北を指していた。


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