第17話 偽りの涙では方位は定まらない
「待ってください……!」
クララが立ち上がった。目元を押さえ、か細い声を震わせる。
「わたくしは何も知らなかったんです。お姉様が怖くて、ただ言われた通りに……」
その涙に、以前の私は心を削られていたかもしれない。
けれど今は違う。
「知らなかった方は、北辺役所の測量紙を便箋の芯に使いません」
私は静かに答える。
「知らなかった方は、委任権のない土地へ自分の署名をしません」
クララの肩がびくりと揺れた。
「署名癖も一致しています。右払いの長いクララ独自の書き方です」
審問官が書面を見比べ、低くうなった。
アルベルトが前へ出る。
「感情論だ。彼女は体が弱く、細部まで理解していなかった」
「体の強弱は方位を変えません」
私は直された羅針盤を机へ置いた。針は静かに北を指している。
「真実も同じです。泣いても怯えても、向きは変わらない」
会場が静まり返った。
「あなたは私の記録を盗み、クララは権限のない委任を装い、二人で境界を動かした。結果として北辺の村から草地も税も救済も奪った」
審問長が槌を打つ。
その後の処分は早かった。アルベルトは地籍局から罷免、補正印剥奪。クララは王都地図室への出入り禁止、関連補正の全件再審査。エルフェルト石材商会にも調査が入る。
クララの涙は床へ落ちたが、何も動かせなかった。
北は最後まで、まっすぐ北のままだった。




