第14話 『本物の令嬢』の委任状
王都へ持っていく書類を整理していた夜、私は古い地図筒の底が二重になっていることに気づいた。
フリッツの手帳にあった余白の走り書きが、ふと思い出されたのだ。
『紅線の筒を開けよ』
赤い補助線で縁取りされた筒は、亡き母が使っていたものだった。底板をひねると、薄い封書と一通の委任状が出てくる。
震える指で開く。そこにあったのは、母イレーネの筆跡だった。
『東地籍家の母系財産に属する白鹿草原と付属水車場について、私の娘ヘレナ・ヴァイスナーを唯一の査閲代理人とする』
署名は祖母、証人は当時の地籍局長。日付は十年前。私がまだ二十三歳の頃だ。
息が止まりそうになる。
白鹿草原は、ただの北辺共有地ではなかった。母方の家が管理を任され、私はその後継査閲人として正式に名を連ねていたのだ。
「だから、クララには最初から触れる権利がなかった」
私は封書を読み進める。
『病弱であるとか可憐であるとか、そういうものでは土地は守れない。預かった境界を最後まで確認する者だけが、正しい代理人になれる』
胸の奥がじんと熱くなった。
継母はずっと言っていた。社交の場で笑えるクララこそ、本物の令嬢らしいと。帳面と地図ばかり見ている私は、愛想のない影だと。
でも母は違う言葉を残していた。
誰かに見栄えがいいことではなく、預かった線を守れること。それが託す基準だった。
ヴィクトルが机の向こうで静かに言う。
「持って行くか」
「はい。これがあれば、クララの委任は根から崩せます」
「それだけじゃない」
彼は委任状へ一度だけ目を落とした。
「君が最初から、ここに関わる資格を持っていた証明だ」
王都で奪われたものの輪郭が、ようやく全部見えた。
私が返してもらうのは、婚約や席だけではない。
最初から私に託されていた役目そのものだ。




