第13話 北辺市で売れる新しい地図
北辺市がこんなに賑わったのは、何年ぶりだろうとグレタが言った。
白鹿草原の境界が戻り、ラウベ村の名が地図へ戻り、水車税の流れも訂正された。私は役所前の広場に大きな公開地図を立て、村ごとの修正箇所を誰でも見られるようにした。
「自分の畑がちゃんとある」
「この道、やっぱりうちの村道だったんだ」
地図の前で、村人たちが声を上げる。紙一枚のことなのに、そこへ載るだけで人はこんな顔をするのだと、私は何度見ても思う。
広場の隣では北辺市が立ち、白鹿草原の乾草やラウベ村の粉が売れていた。止まっていた暮らしが、少しずつ元へ戻っていく。
「お前さんの地図、売れるねえ」
グレタが笑う。
私は簡易複写した村図を見た。境界と用水路、草刈り期日、共用地の権利まで書いた実務地図だ。商人にも村人にも使えるようにしたら、思いのほか求める人が多かった。
「見られるだけの地図より、使える地図の方がいいでしょう」
「王都の連中にも聞かせてやりたいよ」
その日の夕方、王宮から正式な出頭命令が届いた。公開地籍審問会。白鹿草原と北辺課税区分の改訂経緯を王都で説明せよ、と。
私は封を閉じ、深く息をつく。
「来ましたか」
ヴィクトルが壁にもたれたまま言う。
「逃げる気はないな」
「ええ。むしろ待っていました」
彼は短くうなずいた。
「なら、北辺の名前で行け。もう君は追放された監査官じゃない」
翌朝、役所の新しい札がかかった。
『北辺地籍監査室 室長代行 ヘレナ・ヴァイスナー』
王都では与えられなかった肩書きだった。
けれど今の私は、ようやくその文字をまっすぐ見られた。




