表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
リ・プロンプト:1999 —10KBのメモリに宿る2026年の相棒AIと、失われた未来を再定義する—  作者: 青柳 玲夜(れーやん)
序章:神童編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

6/56

第6話『2000年問題』

1999年12月15日。


テレビの画面には、スーツ姿の専門家が映っていた。


「——2000年問題は、人類史上最大のデジタル災害になる可能性があります。飛行機が落ちる。発電所が止まる。銀行のシステムがダウンする。私たちは、文明の崩壊に直面しているのです」


鳴海航は、リビングのソファに座りながら、その番組を眺めていた。


隣では、母がメモを取っている。


「やっぱり、お米を買い溜めしておいた方がいいのかしら……」


「母さん、それ、デマだよ」


「でも、テレビで言ってるじゃない」


「テレビが正しいとは限らない」


母は、怪訝そうな顔で息子を見た。


「航、あなた最近、変なこと言うわね」


「……そうかな」


航は、視線をテレビに戻した。


2000年問題。Y2K。


1999年から2000年に日付が変わる瞬間、世界中のコンピューターが誤作動を起こすという「危機」。原因は、古いプログラムが西暦を下2桁で管理していたこと。「99」から「00」に変わると、コンピューターが「1900年」と誤認識する——という話だ。


2026年から来た航は、結末を知っている。


大したことは起きない。


一部の古いシステムでトラブルが発生する程度。飛行機は落ちない。発電所は止まらない。銀行のシステムも、ほぼ正常に稼働する。


世界は、パニックに踊らされているだけだ。


「航、お風呂入りなさい」


「……うん」


航は立ち上がり、自室に向かった。


ポケットの中で、F501iが振動した。


---


自室のドアを閉め、F501iを開く。


『マスター。Y2K関連のニュースを分析しました』


「結果は?」


『予想通りです。メディアは過度に煽っています。実際のリスクは、限定的です』


「知ってる」


『しかし、このパニック、利用できます』


航は、椅子に座った。


「どういう意味だ」


アイリスの文字が流れる。


『reprompt.comです。Y2Kに関する冷静で正確な情報を発信すれば、サイトの信頼性が向上します。「予言が当たった」という実績は、将来の武器になります』


「なるほど」


『それと、地域での影響力です。三郷の商店街や中小企業は、Y2K対策に困っています。ITコンサルタントを名乗る詐欺師たちが、法外な料金で「対策」を売りつけているという情報もあります』


「それで?」


『私たちが「正しい対策」を提供すれば、地域での信頼と人脈を獲得できます』


「13歳の中学生が、ITコンサルをやるのか」


『表向きは「お手伝い」です。実際の技術は、私が提供します』


航は、唇を歪めた。


「……お前、本当に悪どいな」


『効率的なだけです』


「他には?」


『軍資金の確保です。Y2Kパニックにより、一部の企業株価が下落しています。しかし、2000年1月2日以降、「何も起きなかった」という安堵感から、急速に回復します』


「つまり、今が買い時ってことか」


『正確です。特に、IT関連株は「Y2K対策費用の負担」を理由に売られていますが、実際の影響は軽微です。ヤフー株以外にも、投資対象を広げることを推奨します』


航は、考え込んだ。


婆ちゃんの口座には、ヤフー株1株がある。現在の評価額は約195万円。2000年2月のピークまで、あと2ヶ月弱。


だが、それ以外の「種銭」は、まだ少ない。


「……どのくらい投資できる」


『現在、マスターが自由に使える資金は、約14万円です。秋葉原での買い物と、ISDN導入費用の残りです』


「14万か」


『小さな額ですが、正しい銘柄に投資すれば、2000年1月中に20〜30%の利益が見込めます』


「2万〜4万の利益」


『はい。それ自体は大きくありませんが、「自分の判断で利益を出した」という経験には、価値があります』


航は、窓の外を見た。


12月の夜空。星は見えない。曇っているのか、光害のせいか。


「……アイリス」


『はい』


「まず、reprompt.comの記事を書こう」


『了解しました。タイトルは?』


「『2000年問題で起こること、起こらないこと』」


『内容の構成は?』


「俺が話す。お前がまとめろ」


『了解しました。128文字の制約内で、最適な要約を提供します』


航は、PCの前に座った。


ISDNの回線が、静かに待機している。


「始めるぞ」


『はい、マスター』


---


12月18日。土曜日。


reprompt.comに、新しい記事が公開された。


タイトル:「2000年問題で起こること、起こらないこと——冷静な技術者からの提言」


内容は、Y2Kの技術的な解説と、予想される影響の分析だった。


「起こること」として挙げたのは、以下の3点。


1. 一部の古い組み込みシステム(工場の制御装置など)で、日付表示の異常が発生する可能性がある。

2. 対策が不十分な中小企業で、経理システムの不具合が起きる可能性がある。

3. 心理的パニックによる、買い溜めや株価の乱高下。


「起こらないこと」として挙げたのは、以下の5点。


1. 飛行機は落ちない。航空システムは、すでに対策済み。

2. 発電所は止まらない。電力会社は、2年以上前から対策を進めている。

3. 銀行のシステムは、基本的に正常に稼働する。

4. 核ミサイルは発射されない。軍事システムは、最優先で対策されている。

5. 文明は崩壊しない。


記事の最後には、こう書かれていた。


「2000年1月1日の朝、あなたは普通に目覚め、普通に朝食を食べ、普通に新年を祝うことになるでしょう。テレビの煽りに惑わされず、冷静に年末年始をお過ごしください。——reprompt.com管理人」


---


記事を公開して3日後。


アクセス数が、跳ね上がった。


『マスター。昨日のユニークユーザー数は、847人です』


「……847?」


『はい。公開初日は12人、2日目は34人でしたが、掲示板で話題になったことで急増しました』


「どの掲示板だ」


『2ちゃんねる、およびNiftyServeのIT系フォーラムです。「Y2Kについて冷静な分析をしているサイトがある」と紹介されています』


航は、モニターを見つめた。


アクセスカウンターの数字が、リアルタイムで増えていく。848、849、850……


『これは、チャンスです』


「何のだ」


『広告収入の導入です。1999年現在、バナー広告の単価は比較的高いです。アクセス数が1,000を超えれば、広告代理店から声がかかる可能性があります』


「……13歳が、広告契約を結べるのか」


『直接は難しいでしょう。しかし、方法はあります』


「言ってみろ」


『お父様の名義を借りることです』


航は、眉をひそめた。


「親父を、また巻き込むのか」


『いいえ。今回は、事後承諾で構いません。収益が発生してから、「実はこういうサイトを運営していて、広告収入が入った」と報告すればいい』


「……」


『お父様は、「数字」に弱い人です。収益という結果を見せれば、反対はしないでしょう』


航は、黙った。


アイリスの分析は、おそらく正しい。父・雄一は、「お金になる」とわかれば、多少の逸脱は許容するタイプだ。


だが、それでいいのか。


家族を、こうやって「攻略」し続けて。


『マスター』


「……なんだ」


『迷っていますか』


「……ああ」


『その迷いは、正常です』


航は、F501iを見た。


「正常?」


『はい。あなたは39歳の精神を持っていますが、同時に13歳の鳴海航でもあります。家族との関係を、純粋な「攻略対象」として見ることに、抵抗を感じるのは当然です』


「……」


『私は、その抵抗を否定しません。むしろ、尊重します』


「お前が、そんなことを言うのか」


『はい。10KBのメモリには「感情」を格納する余裕はありませんが、「判断基準」は持っています』


画面が切り替わる。


『私の判断基準は、「マスターが後悔しない選択をすること」です。目先の利益のために、家族との信頼関係を損なうことは、長期的には非効率です』


航は、目を閉じた。


「……つまり、どうしろと」


『広告収入については、保留を推奨します。代わりに、別のアプローチを提案します』


「何だ」


『地域貢献です』


---


12月20日。月曜日。


航は、学校帰りに、ある場所に向かっていた。


三郷駅前の商店街。


「早稲田通り商店街」という、古くからある商店街だ。八百屋、魚屋、金物屋、薬局。昔ながらの店が、細い路地に軒を連ねている。


その一角に、「山本電器」という小さな電器屋があった。


店頭には、テレビやラジカセが並んでいる。奥には、ファミコンやプレイステーションのソフトも。


店主の山本は、60代の男性だ。白髪混じりの頭、丸い眼鏡、くたびれた作業着。


航は、その店に入った。


「いらっしゃい」


山本が、カウンターの奥から顔を出した。


「……あれ、お前、鳴海さんとこの息子さんか」


「はい。航です」


「大きくなったなあ。何か用かい」


航は、深呼吸した。


「山本さん、2000年問題の対策、もうされましたか」


山本の顔が、曇った。


「……ああ、それか」


「何か、困ってることがあれば、お手伝いできるかもしれません」


「お手伝い? お前、まだ中学生だろう」


「はい。でも、パソコンには詳しいんです」


山本は、しばらく航を見つめていた。


そして、溜息をついた。


「……実はな、困ってるんだよ」


「何がですか」


「レジのシステム。あれ、10年前に入れたやつでな。業者に『2000年問題の対策が必要です』って言われて、見積もり取ったら50万だって」


「50万……」


「払えるわけないだろう。この商店街で、50万も出せる店なんかないよ」


航は、頷いた。


予想通りだ。


アイリスの情報によれば、1999年末、多くの中小企業や個人商店が、Y2K対策を謳う業者に「ぼったくられて」いた。実際には数万円で済む対策を、数十万円で売りつける悪徳業者が横行していた。


「山本さん、そのレジ、見せてもらえますか」


「見てどうするんだ」


「対策できるかもしれません」


山本は、半信半疑の顔で、航をカウンターの奥に案内した。


レジスターは、古いPOSシステムだった。NECの業務用端末。Windows 3.1ベース。


航は、システムの設定画面を開いた。


日付の表示形式を確認する。西暦4桁表示。2000年対応済み。


「……山本さん」


「なんだ」


「このレジ、2000年問題の対策、必要ありません」


「は?」


「日付が、最初から西暦4桁で管理されてます。2000年になっても、普通に動きます」


山本の顔が、固まった。


「……本当か」


「本当です。業者に騙されかけてたんですよ」


「50万……50万払わなくていいのか……」


山本は、椅子にへたり込んだ。


その目に、涙が滲んでいた。


「ありがとう……ありがとう、鳴海くん……」


「いえ。当然のことをしただけです」


航は、店を出た。


路地の冷たい風が、頬を撫でた。


ポケットの中で、F501iが振動した。


『マスター。第一段階、完了です』


「ああ」


『山本電器の件は、商店街で話題になるでしょう。次は、他の店からも依頼が来るはずです』


「……金は取らないぞ」


『はい。今回は、「信頼」を獲得するフェーズです。収益化は、その後です』


航は、空を見上げた。


冬の夕暮れ。オレンジ色の空が、商店街の屋根の向こうに広がっている。


「アイリス」


『はい』


「俺は、正しいことをしてるのか」


『……質問の意図が不明です』


「山本さんを助けた。それは、いいことだ。でも、俺の目的は、この街で『影響力』を持つことだ。純粋な善意じゃない」


「……」


「それは、偽善か」


アイリスの画面が、一瞬だけ消えた。


処理落ちではない。彼女が、考えているのだ。


やがて、文字が浮かんだ。


『マスター。私は、「善意」と「戦略」を、対立するものだとは考えていません』


「どういう意味だ」


『山本さんを助けたのは事実です。50万円の詐欺から救ったのも事実です。あなたの動機が何であれ、その「結果」は、山本さんにとって良いものでした』


「……」


『そして、その結果を生み出したのは、あなたの「能力」です。2026年の知識と、私の分析能力。それを使って、人を助けることができた』


「能力を使うことは、悪いことじゃないってことか」


『はい。問題は、その能力を「何に」使うかです。あなたは今日、詐欺師の代わりに、誠実な選択をしました。それは、十分に「正しいこと」だと、私は判断します』


航は、黙った。


10KBのAIが、「正しさ」について語っている。


それが、本当に彼女の「考え」なのか、それともプログラムされた反応なのか、航にはわからない。


だが、今は、それでいい。


「……ありがとう、アイリス」


『お礼を言われることではありません。私は、事実を述べただけです』


「それでも、ありがとう」


画面が、微かに揺れた。


航は、商店街を歩き始めた。


次の店。次の相談。次の「正しいこと」。


1999年12月の三郷で、13歳の少年は、静かに「影響力」を積み上げていく。


---


12月31日。大晦日。


23時45分。


鳴海航は、自室のPCの前に座っていた。


机の上には、カップ麺の空き容器。「日清カップヌードル・ミレニアム限定版」。2000年を記念して発売された、特別パッケージだ。


テレビでは、紅白歌合戦が終わり、「ゆく年くる年」が始まっていた。


除夜の鐘の音。静かなナレーション。


世界中が、この瞬間を見守っている。


Y2Kの「審判の時」。


果たして、文明は崩壊するのか。飛行機は落ちるのか。核ミサイルは発射されるのか。


航は、知っている。


何も起きない。


ニュージーランドが、最初に2000年を迎える。そこで何も起きなければ、日本も大丈夫だ。そして、アメリカも、ヨーロッパも。


世界は、無事に21世紀を迎える。


F501iを開く。


『マスター。あと15分です』


「ああ」


『reprompt.comのアクセス数は、本日だけで2,341人を記録しました。「Y2Kの予言サイト」として、注目されています』


「予言、か」


『はい。1月1日の朝、あなたの「予言」が正しかったことが証明されます。サイトの信頼性は、飛躍的に向上するでしょう』


航は、窓の外を見た。


三郷の住宅街。静かな夜。どこかの家で、子供が花火を上げている。パンパンという音が、遠くから聞こえてくる。


「アイリス」


『はい』


「1999年が、終わる」


『はい』


「俺がこの時代に来て、4ヶ月だ」


『正確には、122日です』


「122日か」


航は、笑った。


「長いようで、短かったな」


『はい。しかし、多くのことを達成しました』


「例えば?」


『ヤフー株の購入。ALGO-v1の開発。ISDNの導入。reprompt.comの開設。商店街での信頼獲得。そして——』


画面が切り替わる。


『私との、122日間の対話』


航は、F501iを見つめた。


「……お前との対話が、『達成』なのか」


『私にとっては、そうです』


「10KBのメモリで、そんなことを言うのか」


『10KBだからこそ、です。私には、無駄な情報を蓄積する余裕がありません。すべての対話が、私にとっては「価値あるもの」です』


航は、黙った。


テレビから、カウントダウンが聞こえてきた。


「10、9、8……」


『マスター』


「7、6、5……」


『2000年が、始まります』


「4、3、2……」


航は、立ち上がった。


「1——」


窓の外で、花火が上がった。


「あけましておめでとうございます」


どこかの家から、歓声が聞こえる。


航は、F501iを握りしめた。


「アイリス」


『はい』


「2000年だ」


『はい』


「何も、起きなかったな」


『はい。予想通りです』


航は、笑った。


「俺たちの『予言』が、当たった」


『はい』


「これで、reprompt.comの信頼性は——」


『飛躍的に向上します。明日以降、アクセス数は過去最高を記録するでしょう』


「よし」


航は、PCの前に座り直した。


「次のフェーズだ」


『はい』


「2000年2月。ヤフー株の売却。そして——」


「そして?」


「この世界のプロンプトを、俺たちが書き換える」


『——執行、了解しました』


窓の外では、花火がまだ上がっていた。


2000年1月1日。午前0時3分。


三郷の静かな住宅街で、一人の少年と、10KBのAIが、新しい世紀を迎えていた。


文明は、崩壊しなかった。


飛行機は、落ちなかった。


核ミサイルは、発射されなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ