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リ・プロンプト:1999 —10KBのメモリに宿る2026年の相棒AIと、失われた未来を再定義する—  作者: 青柳 玲夜(れーやん)
序章:神童編

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第54話「網」

2001年11月1日。木曜日。三郷。皐月中学校。午前11時40分。


3時間目の途中、航は担任の小林に早退届を渡した。


「よろしくお願いします」


「……気をつけて」


小林は、それ以上何も言わなかった。一昨日の三者面談のあとから、航の早退に余計な質問をしなくなっていた。


航は、校門を出た。


11月の三郷。秋晴れだった。学ランの黒が、陽射しを吸って熱を持つ。昼前の陽射しが、アスファルトに反射して、目を眇めるほど明るい。こんな日に、三つの地点に網を被せに行く。


駅までの道。枯れ葉が、用水路に溜まっていた。


ポケットのF503iSから、声がイヤホンで届く。


昨日まで、音声モジュールの損傷で混じり続けていたノイズが、今朝は消えていた。


『マスター。渡辺先生は既に喜楽に到着しています』


「早いな」


『12時前から待っていると、宮田さんから電話が入りました』


---


午後12時15分。喜楽。


渡辺は、カウンター席の一番奥にいた。


いつものグレーのスーツ。だが、今日は革の鞄ではなかった。足元に、黒い布のボストンバッグ。書類が厚いらしい。


「醤油ラーメン、2つ。餃子も」


航が注文した。


宮田さんが、湯気の立つ鍋を動かした。スープの匂いが、狭い店内に広がる。


渡辺が、ボストンバッグから書類の束を出した。A4、分厚い。3センチはある。


「今日のプランを、もう一度確認する」


「お願いします」


渡辺は、地図を広げた。三郷市の北部。赤いマーカーで3点が打たれている。


早稲田団地裏の古アパート201号室。彦成X丁目の雑居ビル。そして、通りを一本隔てたアパート。


「君が昨日言った3地点だ」


「はい」


「私の仕事と、君の仕事を、もう一度分けておく」


宮田さんが、ラーメンの丼を置いた。湯気。チャーシュー。ネギ。


渡辺は、レンゲを手に取らなかった。


「私がやるのは、三つ。タイガ商事への行政指導の正式な文書請求。早稲田の古アパート、201号室の借主の身元照会。第三の地点のアパートについては所有者と借主の身元照会。全部、弁護士名義の正式文書だ。今日の15時から順次動く」


「はい」


「君がやるのは、現地を目で見ることだ。ただし」


渡辺は、航の目を見た。


「何も触るな。何も入るな。声をかけるな。郵便受けを覗くな。カメラを使うな。紙を配達に来た人間の振りをして、通過するだけだ」


航は、頷いた。


それから、顔を上げた。


「……佐伯さんなら、今日は何て言うでしょうね」


渡辺は、一拍置いて、少し笑った。


「『字じゃない、紙を読め』。それを、足で紙を作れと言い換えるだろうな」


航は、その言葉を頭の中で反芻した。


字じゃない、紙を読め。足で紙を作れ。


今日の仕事は、現場に足跡を一度だけつけて、紙として渡辺に提供すること。


「渡辺先生」


「なんだ」


「佐伯さんから、連絡は」


渡辺は、一拍置いた。


「臨時休業のまま、まだ戻っていない。私も、あの人の所在は、正直、掴めていない」


「……そうですか」


「鳴海くん。佐伯先生は、自分で線を引く男だ。今は、引いた線の向こうに、一人でいる。それだけのことだと、私は思っている」


航は、頷いた。


「鳴海くん」


「はい」


渡辺が、レンゲを手に取った。


ひとすくい、口に運んだ。


「……うまい」


そして一拍置いて、渡辺が言った。


「15歳で、ここまで静かに人を追い込める組み立てができるのは、怖いことだ」


航は、麺を噛んだ。


温かかった。


渡辺と同じテーブルで、同じ醤油ラーメンを食べている。この同席が、航の胃に、小さな熱を作っていた。


「はい」


航は、答えた。


「自分でも、そう思います」


渡辺は、それ以上何も言わなかった。レンゲを動かし続けた。


餃子が来た。皮がカリッとしていた。酢と醤油とラー油の匂いが、店内に立ち上る。航は、1つ取って、口に入れた。


熱かった。


---


午後1時30分。早稲田団地の裏。


航は、「広報みさと」11月号の束を持っていた。三郷市が毎月発行している市公式の広報紙。


喜楽を出た後、駅前の広報ラックから数十部を抜いた。


ラックの横を通り過ぎた買い物帰りの主婦が、航を一瞬だけ見た。数十部を鞄に押し込む中学生を、主婦は不思議そうに眺めた。だが、何も言わずに歩き去った。


紙を配達に来た人間の振りをする。そのための紙が、今、航の鞄の中にある。


団地の敷地を抜けて、裏手の路地に入る。


2階建ての木造モルタルアパートが、団地の壁の影に建っていた。外壁はところどころ剥落していて、築30年は超えていそうな古さ。1階と2階で各4部屋。その2階、階段を上がってすぐの角部屋。201号室。


鉄製の階段が、軋んだ。


本所の階段を、航は思い出していた。佐伯が「線はお前が引け」と言った日。3階事務所へ続く、古い木の階段。あの軋みとは違う。違うが、同じだった。足が下ろされるたびに、何かが応えている。


佐伯の教えが、今、体の中にある。


階段の音として、残っている。


航は、2階廊下に出た。


201号室の前を、普通の歩速で通り過ぎた。


廊下の反対端、204号室から広報紙をポストに入れていく。203号室、202号室。


そして、目的の部屋の前に戻った。


郵便受けを見た。覗いてはいない。歩きながら、視界の端で把握しただけだ。


粘着剤の跡が、前回より増えていた。何かを貼っては剥がし、を繰り返した痕跡。


広報紙を、入れた。


扉は見ない。中の音を聞こうとしない。通り過ぎた。


階段を降りた。


『マスター』


イヤホンの声。やはり、ノイズは混じっていない。


『201号室の郵便受けに、以前マスターが訪問された時に入っていた広報紙が、まだ残っています。新しい広報紙が上に重ねられていません』


「前回から、誰も取り込んでない」


『はい。出入りがない可能性が、高いです』


航は、階段を降り切った。


団地の脇の道を歩いた。銀杏の葉が、黄色く色づき始めている。子供を連れた主婦が、ベンチに座っている。普通の、11月の団地の風景。


あの裏のアパートに、Lの観測所があった。


今、その観測所は空いている可能性が高い。


航は、そのままバス停に向かった。


---


午後2時30分。彦成X丁目。


雑居ビルは、前回訪れた時と同じ姿をしていた。


4階建て、モルタルの外壁、剥落した一部、シャッターの降りた元スナック。


航は、通りの反対側に立った。


電柱の影。そこから、電気メーターだけを見た。


円盤が、回っていた。


『マスター。回転速度を計測しました。前回の観測値と比較して、約1.3倍です』


「動きが出てる」


『はい。内部の電力消費が増えています』


「Lは慌てている可能性が高い」


航は、メーターを見続けた。


その時、ビルの2階からスーツの男が降りてきた。


黒いバッグ、黒いネクタイ、身分証のようなものを胸ポケットに差している。


男が、階段を降り切った。ビルの外に出た。


航は、顔を見なかった。


視線を、電柱の影の中に戻した。男の足と、歩幅と、靴の種類だけが、視界の下半分に入っていた。革靴。底の磨耗から、30代後半から40代。


『マスター、顔を確認しますか』


声が、静かに問いかけた。応答が、普段より早い気がした。


「見ない」


『理由を、伺っても』


「顔を見たら、俺の記憶に残る。残ったら、夢に出る。夢に出たら、判断が狂う」


航は、視線を足元に落としたまま言った。


「15歳の体は、まだ、他人の顔を覚えすぎる。39歳の俺なら、忘れる。でも、今の俺は、忘れきれない」


『……了解しました』


声が、少し柔らかくなった。


『マスター。線を引いていますね』


「……これは、佐伯さんのじゃない。俺が、自分で覚えた線だ」


男は、通りを歩いて去っていった。


航は、バス停の方向に歩き出した。


振り返らなかった。


---


午後3時30分。第三の地点。


彦成の雑居ビルから、通り一本隔てた場所。


木造2階建てのアパート。築35年は超えていそう。外壁のモルタルに、縦にひびが走っている。屋根の瓦が、数枚ずれていた。


航は、アパートから200メートル離れた児童公園のベンチに座った。


平日の午後。公園には、誰もいない。枯れ葉が、砂場に溜まっている。


遠くに、アパートの1階部分が見える。


1階の窓は、カーテンが閉まっていた。色は、くすんだ黄緑色。年季の入った、いつから吊るされているかわからないカーテン。


『マスター。アパート1階、窓のカーテンは閉まっています。中は、見えません』


「それでいい」


航は、ベンチに座ったまま、ポケットからF503iSを出した。


だが、写真は撮らなかった。画面を開いただけ。そして、再び閉じた。


F503iS経由で、声が報告を始めた。


『マスター。現地調査と並行して、登記簿を追いました』


「結果を」


『アパートの所有者は三郷市内の不動産管理会社「栄光開発」。借主は法人契約で「株式会社リブラ技研」。リブラ技研は典型的なペーパーカンパニーです。代表取締役の住民票と登記簿上の住所が一致せず、設立以降の商業活動実績もありません』


「Lの駒だな」


『はい。そして、ここが重要です』


声が、わずかに早くなった。


『栄光開発は、過去にタイガ商事にも物件を仲介しています。2001年3月、彦成X丁目14番地の雑居ビル2階の賃貸契約を、同じ栄光開発が取り扱いました』


航は、ベンチの背もたれに体を預けた。


Lは、メッシュ構造を作った。早稲田、彦成、第三の地点。頭脳的に分散した。


だが、同じ不動産仲介業者を使った。


「Lが、自分で繋がりを作ってる」


『はい。地理的な分散は、人的な繋がりによって相殺されます。東京や千葉の業者を使えば、この繋がりは生まれませんでした。Lはなぜか、三郷市内の業者で統一しています』


航は、アパートの方を見た。


カーテンの奥で、生活が続いている。


電気が通っている。水が使われている。誰かが、暮らしている。


声が、新しい情報を追加した。


『マスター。アパート1階の裏手が、見えます』


「どこから」


『栄光開発のウェブサイトに、過去の賃貸広告の写真が残っていました。2000年当時のものです』


F503iSに、古い写真のデータが送られてくる。航は画面を開いた。


裏手の写真。ベランダ。エアコン室外機。


2台、並んでいた。


ベランダの物干し竿には、色の違う洗濯物が、二組、干されていた。


「エアコンが、2台」


『はい。1階一部屋の契約です。2台は、標準的ではありません。そして——広告写真の撮影日は、2000年8月。リブラ技研がこの部屋を借りたのは、今年3月です。つまり、この部屋は、リブラ技研の契約以前から、既に誰かの生活の場でした』


航は、画面を閉じた。


一人暮らしで、エアコン2台は使わない。機械を冷やすための1台、という可能性もある。だが、2000年夏の物干し竿に洗濯物が二組、干されていた。その時点で、ここには誰かが暮らしていた。リブラ技研がこの部屋を借りるずっと前から。


あの部屋には、Lが「借りた」だけではない、誰かの生活がある。


航は、ベンチから腰を上げた。


『マスター、帰られますか』


「ああ」


航は、公園を出た。


あの部屋に、まだ誰かがいる。


その誰かの顔を、航はまだ知らない。


渡辺先生の文書が、明日にはあの部屋のドアを叩く。


---


午後5時。マギ・ハブ。


サーバールームに入ると、神崎と木村が待っていた。


「渡辺先生から、連絡は」


「30分前に」


神崎が、コンソールから顔を上げた。


「3地点全部、弁護士名義で正式な文書照会が入った。タイガ商事には三郷市役所の建築指導課と消防署予防課への通報書面、早稲田の古アパートには所有者への賃借人実在確認の照会、第三の地点のアパートには所有者・借主の身元照会」


「全部、合法の範囲か」


「全部、合法だ」


木村が椅子に座ったまま、腕を組んだ。


「で、どうなる」


テミスが応えた。


〔3地点のいずれかが、物理的に移動せざるを得ない状況になります。早稲田の古アパートは所有者からの問い合わせに応じる必要があり、タイガ商事は行政指導への対応が必要で、第三の地点は所有者が借主への連絡を取ります〕


「Lが対応しなかったら」


〔無視すれば、行政から次の段階の手続きに進みます。最悪の場合、使用停止命令や契約解除に繋がります。Lにとっては、無視する選択肢もコストが高い〕


航は立ったまま、その話を聞いていた。


3ヶ月前の夏のことが、頭の中にあった。


あの8月、マギ・ハブに三郷消防署が来た。匿名通報によって。防火管理者未選任。消防法第8条。使用停止命令の可能性。


航はあの時、追い詰められた側だった。


今は、追い詰める側にいる。


立場が、反転していた。


メティスが、淡々と告げた。


〈マスター。17時03分、Lが運用していたと推定されるサーバー群のDNS情報が、一斉に書き換わりました。全てIPアドレスが切り替えられています〉


「もう気づいたか」


〈はい。Lの反応は、極めて早い。渡辺先生の照会から30分以内に、自分のネットワークインフラを再配置しています〉


アイリスが、続けた。


「マスター。Lが、自分で動き出しています。我々の出した網に、もう足を取られている」


ノイズが、アイリスの声に混じっていた。昼間の外出中には、一度も混じらなかったノイズが。


「プロメテウスは」


「昨夜以降、覚醒プロセスに新たな加速は観測されていません。Lが対処に追われているため、プロメテウスへの演算リソースを割けない状況と推定します」


航は、短く頷いた。


Lを動かしている限り、プロメテウスは進まない。そういう均衡が、今、三郷の地図の上で成立していた。


航は、サーバールームの窓の外を見た。


11月1日の夕暮れ。秋晴れの空が、西から赤く落ちていく。


遠くで、カラスの鳴く声がした。


「Lは、動くしかない」


航は、呟いた。


「あとは、動く方向を読むだけだ」


木村が、煙草に火をつけた。火はつけたが、口には運ばなかった。灰皿の上で、煙だけが立ち上っていく。


「次は」


「次は動かない」


航は、答えた。


「Lが、自分で動く番だ」


---


午後7時。


夕食は、木村が喜楽から持ち帰ってきた。


発泡スチロールの容器。醤油ラーメン、3人分。


航は、蓋を開けた。


麺が、伸びていた。40分の持ち帰りの間に、麺が伸び切っていた。スープを吸って、ぶよぶよになっている。


だが、スープは温かかった。


発泡スチロールの容器の性能。40分経っても、スープの湯気は、まだ立っていた。


航は、レンゲを取った。


スープをすくった。温かい。舌の上で、醤油の香ばしさが、開いた。


麺を、箸で持ち上げた。


冷めかけた麺を、温かいスープに沈めて、すくって食べた。


冷たい麺、温かいスープ、同じ醤油ラーメン。


昼に渡辺と食べたのと、同じ味。だが、温度が違う。条件が違う。今の航の胃の中で、別のものになっていた。


「……美味い」


呟いた。


神崎が、自分の容器を開けた。


「お前、最近よく『美味い』って言うようになったな」


「……昼も、違う味だった」


航は、レンゲを置いた。


「同じ醤油ラーメンなのに、違う。それが、今日は、わかる」


神崎は、何も言わずに麺を啜った。


木村は、スープだけを飲んでいた。麺には手をつけていない。だが、レンゲを動かし続けていた。


3人で、黙って食べた。


サーバールームのUltra 60のファンが、低く唸っている。テミスが裏で登記簿の追加解析を続けている。メティスが市場の動きを監視している。アイリスが、ノイズ混じりの声で、時折、データを報告している。


11月1日の夜。マギ・ハブの中で、6つの存在が、同時に呼吸していた。


---


午後7時30分。


F503iSが、震えた。


航は、折りたたみを開いた。


新着メール。


差出人:非通知。件名なし。


「Lか」


「送信経路解析中……」


アイリスの声が、一瞬止まった。


「……違います、マスター」


「何」


「古層パターンと一致——1999年以前の記録層、私が生まれる前の痕跡です。本物の、第二の差出人です」


3秒の沈黙が、サーバールームに落ちた。


神崎が、レンゲを置いた。木村が、煙草の先を見つめていた。


航は、メールを開いた。


本文は、一行だった。


『君は、船を大きくしている』


航の手が、止まった。


船。


春に、木村が言った言葉だった。「俺は船に乗った」。先月、木村がもう一度言った。「俺たちも乗ってんだ」。


それを、第二の差出人が知っている。


見ている。


航が人を巻き込んでチームを作って、戦いを広げていることを、誰かが外から、ずっと見ている。


「……この差出人は」


航は、F503iSの画面を見たまま呟いた。


「俺が何をしてるかを、ずっと、見ている」


「はい」


アイリスの声が、低くなった。


「1999年8月31日以前から——私が目覚めるより前から、見ています」


神崎が口を開きかけて、閉じた。


木村は、煙草を灰皿に押し付けた。


「鳴海」


木村が、低く言った。


「お前、それは、誰だ」


「わからない」


航は、答えた。


「だが、Lじゃない。Lは、この差出人の署名を装うことしかできない。今、送ってきたのは、本物だ」


木村は、頷いた。


それ以上、何も聞かなかった。


航は、F503iSを閉じなかった。


『君は、船を大きくしている』


褒められているのか、警告されているのか、ただ事実を告げられているのか、読み取れなかった。


だが、一つだけ確かなことがあった。


第二の差出人は、航が一人ではなく仲間を持ち始めたことを知っている。


そして、それを無視していない。


——佐伯さんなら、このメールを、どう読むだろう。


そう考えて、航は少しだけ笑った。きっと、何も言わないだろう。「お前が引いた線だ」と、それだけだ。


その通りだ、と思った。


---


窓の外を見た。


11月1日の夜。昼の陽射しが残した、まだ暖かい空気に、秋の乾いた匂いだけが混ざっている。


三郷の夜が、三つの点を抱えている。早稲田の201号室。彦成の雑居ビル。第三の地点のアパート。


あの最後の部屋で、誰かがまだ、息をしている。


Lは、動くしかない。明日には、栄光開発から連絡が入る。消防署から通報書面が届く。早稲田のアパートの所有者から問い合わせが来る。3方向から、紙が、Lの足を掬いにいく。


航は、立ち上がった。


「神崎、木村さん」


「ああ」


「今日は、ここまでだ」


神崎が、顔を上げた。


「なんだよ急に」


「別に、何でもない」


航は、少しだけ笑った。


「明日から、別の戦いが始まる。それだけの話だ」


Ultra 60のファンが、低く唸り続けている。


テミスが、まだ解析を続けている。


メティスが、市場の夜間取引の気配を監視している。


アイリスが、ノイズ混じりの声で、時折、データを返していた。朝からずっと、この混じり方だった。


第二の差出人の一行が、F503iSの画面で、蒼く光っていた。


『君は、船を大きくしている』


11月1日の夜が、深くなっていく。


翌日、Lが動き出す。

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