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リ・プロンプト:1999 —10KBのメモリに宿る2026年の相棒AIと、失われた未来を再定義する—  作者: 青柳 玲夜(れーやん)
序章:神童編

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第35話「登記」

2001年9月25日。火曜日。三郷。マギ・ハブ。午前7時。


航は、昨夜のアクセスログをもう一度見ていた。


210.XXX.XXX.XXX。本郷三丁目。滞在12分48秒。ダミーリンク2つ、クリック済み。


IPアドレスが確定した。だが、IPアドレスだけでは何もできない。


デジタルの住所は、消える。サーバーを移せば終わりだ。プロバイダを変えれば終わりだ。Lがハニーポットに気づいたなら——気づいているだろう——もう動き始めているかもしれない。


今のうちに、消せないものを掴む必要がある。


航は、F503iSをカチリと開いた。


佐伯に電話した。朝の7時。早いのは承知している。


2コール。


「……朝に電話してくるな」


「すみません。相談があります」


「手短にしろ」


「ハニーポットでIPアドレスを取りました。本郷三丁目のビルです。このビルの登記簿を取りたい」


佐伯の沈黙。3秒。煙草に火をつける音。


「不動産登記か商業登記か」


「両方です。ビルの所有者と、テナントの法人情報。両方いります」


「法務局だな。不動産は管轄の東京法務局本局。商業登記も同じだ。九段下」


「はい」


「登記簿は誰でも取れる。身分証もいらない。印紙代だけだ」


「知っています」


「なら聞くな」


「……佐伯さん。登記簿を取った後、何を見ればいいですか」


佐伯が、少しだけ間を置いた。


「全部だ。所有者の名前。取得年月日。抵当権の設定。差押えの有無。共同担保。それから、商業登記なら設立年月日、役員の就任と退任の日付。全部の日付を並べろ。日付は嘘をつかない」


「わかりました」


「それと、鳴海」


「はい」


「登記簿を取ることは合法だ。公開情報だからな。だが、取った情報で何をするかは——」


「相談します」


「……ああ」


電話が切れた。


---


2001年9月25日。午後1時。九段下。東京法務局本局。


航は、学校を早退していた。


担任の小林には「体調不良」と伝えた。佐藤健太が「大丈夫か?」と心配してくれた。「大丈夫。明日には戻る」と答えた。


九段下の法務局。古いビルの中に、書類の匂いが充満している。インクと紙とカビの入り混じった、独特の空気。


窓口には、司法書士事務所の補助者や不動産業者が列を作っている。スーツ姿の大人たちの中に、学ランの中学生が一人。


場違いだった。


だが、航は臆さなかった。39歳の頭の中には、この窓口の使い方が刻まれている。


請求用紙を取り、ボールペンで記入した。


不動産登記簿。所在:文京区本郷三丁目XX番地。家屋番号。地番。


1通1,000円の登記印紙を貼る。


窓口に出した。


「……お兄ちゃん、学校の宿題?」


窓口の女性が、微笑みながら聞いた。


「はい。社会科の調べ学習です」


嘘だった。だが、法務局で登記簿を取るのに理由はいらない。


15分待った。


登記簿謄本が出てきた。


航は、待合室の椅子に座り、登記簿を広げた。


---


不動産登記簿。文京区本郷三丁目XX番地。第二春日ビル。


表題部。構造:鉄筋コンクリート造4階建。


権利部(甲区)。所有権。


所有者:有限会社ティー・エス・プランニング。


航は、この名前をメモした。


ティー・エス・プランニング。聞いたことのない名前だ。個人名ではなく法人名。


権利部(乙区)。抵当権。


抵当権設定。債権額2,800万円。債務者:有限会社ティー・エス・プランニング。抵当権者:X信用金庫。設定日:平成11年4月15日。


1999年4月。テクノウェーブが破産手続を終結させたのは1999年3月。その翌月に、このビルに抵当権が設定されている。


航は、次の請求用紙を取った。


商業登記簿。商号:有限会社ティー・エス・プランニング。


もう1通、1,000円の印紙。


15分待った。


---


商業登記簿。有限会社ティー・エス・プランニング。


設立年月日:平成11年3月25日。


テクノウェーブの破産手続終結の5日後。


本店所在地:文京区本郷三丁目XX番地(第二春日ビル)。


目的:情報処理サービス業、ソフトウェアの開発及び販売、インターネット関連事業、不動産の賃貸及び管理、前各号に附帯する一切の業務。


役員。


取締役 山下健一。就任 平成11年3月25日。


取締役 白石隆。就任 平成11年3月25日。退任 平成12年6月30日。


航の指が止まった。


白石隆。テクノウェーブの共同創業者。及川誠と共にテクノウェーブを立ち上げた男。


白石がティー・エス・プランニングの設立時の役員に入っている。そして1年3ヶ月で退任している。


つまり、テクノウェーブが潰れた直後に、白石と山下が一緒に新しい法人を作った。白石はすぐに抜けた。山下だけが残った。


だが、もう一人いるはずだ。


航は、登記簿の続きを読んだ。


監査役 及川誠。就任 平成11年3月25日。


あった。


及川誠。テクノウェーブの共同創業者。Lの最有力候補。


設立時の監査役として名前が入っている。監査役は代表権がない。表に出ない。だが、設立時の構成員として、この法人の中にいる。


航は、登記簿のコピーをじっと見つめた。


ティー・エス・プランニング。T.S.P。


T——テクノウェーブ?

S——白石?

P——プロメテウス?


いや、考えすぎかもしれない。だが、この法人は明らかにテクノウェーブの残滓だ。破産の5日後に、同じ人間たちが作った箱。


山下健一のコードが動くサーバーは、このビルにある。LがアクセスしたIPアドレスは、このビルだ。そしてこのビルの所有者であるティー・エス・プランニングの設立時メンバーに、及川誠がいる。


全部が繋がった。


---


午後3時。九段下の法務局を出た。


航は、本郷に向かわなかった。


今日は、ここまでだ。


登記簿のコピーをカバンに入れて、九段下の駅に向かった。靖国通りを歩く。秋の風が、学ランの襟を揺らしていた。


F503iSが震えた。


iモードメール。差出人:非通知。


『Admin。ハニーポットは見事だった。210.XXX……君が僕の城まで辿り着いたのは認めよう。だが、山下は影だ。影を切っても、僕は消えない。次の一手を楽しみにしている』


航は、画面を見つめた。


L_contact_007。


Lは、ハニーポットを踏んだことに気づいていた。自分のIPが記録されたことを知った上で、余裕を見せている。


山下を切り捨てる準備ができている。サーバーを捨てれば、IPアドレスの証拠は消える。


だが、航の手元には登記簿がある。


登記簿は消せない。法務局に原本がある。サーバーと違って、移動できない。削除もできない。国が保管している。


Lはデジタルの城を捨てられる。だが、ティー・エス・プランニングの登記は消せない。及川誠の名前は、そこに刻まれたままだ。


航は、返信しなかった。


F503iSをカチリと閉じた。


影の先に、光がある。


及川誠。テクノウェーブの共同創業者。ティー・エス・プランニングの監査役。


航は、その名前を頭の中で繰り返した。


登記簿は嘘をつかない。


---


午後5時。三郷。マギ・ハブ。


航は、サーバールームに戻った。


登記簿のコピーをデスクに広げた。神崎が覗き込んだ。


「……何だこれ」


「ティー・エス・プランニングの登記簿。Lのサーバーが入っているビルの所有者だ」


「ビルの所有者? IPアドレスからビルの持ち主まで辿ったのか」


「法務局で登記簿を取っただけだ。誰でもできる」


「誰でもはやらねえよ……」


神崎が、登記簿の役員欄を見た。


「山下健一。白石隆。及川誠。……テクノウェーブの連中じゃないか」


「ああ。破産の5日後に作った法人だ。山下が代表。白石は1年で抜けた。及川は監査役」


「監査役……表に出ない役職だな」


「そういう男だ」


神崎が、登記簿をもう一度見た。


「Lがサーバーを捨てたら、IPの証拠は消える。でも、これは——」


「消えない。法務局に原本がある。サーバーは移せるが、登記は移せない」


サーバールームが、静かになった。


Ultra 60のファンの音。9月の終わりの、涼しくなり始めた空気。


神崎が、航を見た。


「鳴海。お前、これ——佐伯さんに習ったのか」


「何を」


「登記簿で人を追う方法」


航は、少しだけ笑った。


「佐伯さんは、書類は嘘をつかないと言った。——IPアドレスは嘘をつく。でも、登記簿は嘘をつかない」


神崎は、何も言わなかった。


航は、F503iSをカチリと閉じた。


及川誠。ティー・エス・プランニング。監査役。本郷三丁目。


デジタルの影を追いかけてきた半年間。その決着は、紙の上にあった。

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