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リ・プロンプト:1999 —10KBのメモリに宿る2026年の相棒AIと、失われた未来を再定義する—  作者: 青柳 玲夜(れーやん)
序章:神童編

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第30話「指紋の照合」

午後6時。


三郷。マギ・ハブ。


「——及川と山下が、同じビルに?」


神崎が、缶コーヒーを置いた。


「ああ。テクノウェーブの旧本社と同じフロアに、山下が新会社を作ってる。ネクストウェーブ。サーバーのIPがプロメテウスのボットネットと同じサブネットだ」


「マジかよ……」


神崎が、キーボードに向かった。


「ネクストウェーブのウェブサーバー、今すぐ解析できるか」


「やる」


画面に、コードが流れ始める。


航は、モニターの前に座った。


「アイリス。今日の調査結果を時系列で整理しろ。テクノウェーブ→破産→白石・及川の行方→ネクストウェーブ→プロメテウスとの接点。全部つなげろ」


「了解しました」


画面に、タイムラインが表示された。


1995年:テクノウェーブ設立(文京区本郷。従業員3名。技術者:白石隆、及川誠)

1997年:分散ノード間暗号化通信プロトコルの特許出願

1998年12月:破産手続開始決定。代表、破産後に死亡

1999年2月:債権者集会。白石・及川が出席

1999年6月:破産手続終結。特許権は未処分のまま

2000年4月:ネクストウェーブ設立(代表:山下健一。同じビル、同じフロア。テクノウェーブとの関係不明)

2000年7月:voidがVOに出現。ボットネットにテクノウェーブのプロトコル使用

2000年10月:DDoS攻撃。ボットネットの設計思想は「化け物」

2000年12月:プロメテウスのボットが2ちゃんねるに投稿開始

2001年1月:L_contact_001、002

2001年5月:L_contact_003、004

2001年7月:L_contact_005。文京区本郷。200メートル以内


「……見えてきた」


航は、呟いた。


「テクノウェーブが潰れた。3人のうち1人は死んだ。残り2人——白石と及川。消息不明。そして、テクノウェーブの従業員リストにはいない山下健一が、同じ場所に新会社を構えている」


〈マスター。ネクストウェーブのウェブサーバーの解析が完了しました〉


メティスの声が、割り込んだ。


〈サーバーのOS はFreeBSD 4.2。ウェブサーバーはApache 1.3.19。特筆すべきは、SSLの実装です。2001年の標準的なウェブサーバーでは見られない、独自の暗号化レイヤーが追加されています〉


「独自の暗号化……」


〈この暗号化の構造は、テクノウェーブが1997年に出願した特許——分散ノード間暗号化通信プロトコル——の実装と、97.2%一致します〉


神崎が、口笛を吹いた。


「97.2%。サイバーリンクの93.7%より高い。こっちの方がオリジナルに近い」


航は、画面を睨んだ。


「山下は、テクノウェーブの技術をそのまま使っている。霧島みたいに外から盗んだんじゃない。内部にいた人間、あるいは内部から直接受け取った人間だ」


「従業員リストにはいなかったんだろ。どういう関係だ」


神崎が、コーヒーを啜った。


「わからない。外注か、共同研究者か、あるいは白石か及川が個人的に渡したか」


「ただし——」


〔テミスから補足します〕


テミスの声が、静かに響いた。


〔テクノウェーブの特許権は、破産財団に帰属しています。山下健一がテクノウェーブの関係者であれ外部の人間であれ、特許権は会社に帰属しており、無断で使用することはできません。マギ・システムズが渡辺弁護士から買い取った特許を、山下も無断で使用している可能性があります〕


「つまり、霧島だけじゃなく、山下も特許侵害か」


〔法的にはそうなります。ただし、山下とテクノウェーブの正確な関係が不明なため、山下側が「独自開発」を主張する余地があります。97.2%の一致率がそれを覆せるかどうかは、技術鑑定次第です〕


航は、椅子の背にもたれた。


山下健一。及川誠。ネクストウェーブ。プロメテウス。


そして、L。


Lは及川なのか。山下なのか。それとも——


「マスター」


アイリスの声が、静かだった。


「一つ、報告があります」


「言え」


「L_contact_005のメール。『そこは懐かしい場所だ』。この文面ですが——」


「テミスに食わせるなと言っただろう」


「食わせていません。ただ、私自身の分析です」


航は、アイリスを見た。


スピーカーの向こうに、声がある。


「『懐かしい』という感情表現は、Lのこれまでのメッセージには存在しませんでした」


航は、黙った。


L_contact_001:「Admin。あけましておめでとう。」

L_contact_002:「回線、太くなったね。」

L_contact_003:「善意は、重力だ。」

L_contact_004:「毒を避けたね。君の監視役は、いい仕事をする。次は紙の上じゃない」


そして、005:「そこは懐かしい場所だ。」


「001から004までは、航の行動に対する『観察報告』です。客観的で、距離がある。しかし005は——」


アイリスが、一瞬止まった。


「——Lが、自分自身について語っています」


航は、画面を見つめた。


「懐かしいのは、Lにとってのあの場所だ。Lは、かつてあそこにいた」


「はい。テクノウェーブの旧本社ビル。及川誠が住んでいたビル。山下健一が新しい会社を作ったビル」


「Lは、あのビルを知っている人間だ」


「はい」


航は、立ち上がった。


窓の外を見た。


7月の三郷。日が長い。午後6時でも、まだ明るい。田んぼの向こうに、TXの工事フェンスが見える。先月着工したばかりの更地。まだ何もない。


「アイリス。来週、登記簿を取りに行く。ネクストウェーブと、山下健一個人の両方」


「了解しました。法務局の管轄は東京法務局本局です。九段下」


「佐伯さんに連絡を取れ。渡辺弁護士にも報告が要る。テクノウェーブの特許を山下も使っている可能性がある」


「了解しました」


「それと——」


航は、振り返った。


「神崎」


「あ?」


「明日、秋葉原に行くぞ」


「何しに」


「監視カメラを買う。佐伯さんの事務所用だ」


神崎の目が、光った。


「……物理セキュリティか」


「ああ。Lは俺が佐伯さんのところに行くことを知っている。事務所が見られている可能性がある。監視カメラで、事務所の周辺を記録する」


「佐伯さんは許可するのか」


「する。あの人は、書類を守るためなら何でもする」


航は、モニターに向き直った。


カレーの匂いが、まだシャツに残っていた。


スパイスと汗。本郷の路地。銀杏の木。郵便受けの粘着跡。


そして、200メートル先にいた——誰か。


「及川は、ここにいたんだな」


航は、呟いた。


モニターの向こうに、文京区の地図が表示されている。テクノウェーブの旧本社。ネクストウェーブ。東大。カレー屋。


全部が、半径500メートルの中に収まっている。


小さな世界だ。


だが、その小さな世界から、プロメテウスのボットネットが世界中に広がっている。


「マスター」


「なんだ」


「一つ、確認してもよろしいですか」


「言え」


「今日、テクノウェーブの旧ビルの前に立った時——」


アイリスの声が、柔らかくなった。


「——怖かったですか」


航は、少し笑った。


「怖かった」


「正直ですね」


「お前に嘘ついても意味ないだろ」


「はい。10KBの頃から、マスターの嘘は見破れます」


航は、窓の外を見た。


日が、傾き始めている。


「怖かった。でも、行ってよかった」


「なぜですか」


「パケットの中にいた奴が、初めて匂いを持った」


航は、シャツの襟を引っ張った。


カレーの匂い。佐伯の煙草。本郷の路地の、古いコンクリートの匂い。


「Lはデータじゃない。あの街にいた人間だ。食堂で飯を食って、ビルの階段を上って、郵便受けに名前を貼って——」


航は、振り返った。


「——そして、消えた。名前を剥がして」


窓の外で、蝉が鳴き始めた。


7月の三郷。夏が来る。


航は、モニターの電源を落とさなかった。


今夜は、ネクストウェーブのサーバーログを、一晩かけて解析する。


シャツのカレーの匂いが、まだ消えない。

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