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リ・プロンプト:1999 —10KBのメモリに宿る2026年の相棒AIと、失われた未来を再定義する—  作者: 青柳 玲夜(れーやん)
序章:神童編

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第12話「歴史の不整合(バグ)」

2000年7月14日。金曜日。


三郷。マギ・ハブ。


午後2時。


梅雨の晴れ間だった。湿気を含んだ空気が、三郷の街を蒸し上げている。


1階のサーバールームでは、安物のエアコンがオゾンの臭いと不快な金属音を吐き出していた。室温は30度を超えている。PowerEdgeの排熱が、冷房の限界を超えていた。


航は、モニターの前で汗を拭っていた。


期末テストが終わり、午前授業だけの日々が続いている。


部活には入っていない。補習もない。午後はまるごと、マギ・ハブに籠もれる。


「……おかしい」


航は、画面を睨んでいた。


Yahoo!ファイナンスのページ。


株価情報。企業ニュース。IPO情報。


その中に、見覚えのない名前があった。


「マスター。どうしました」


アイリスの声が、スピーカーから響く。


「この会社。『サイバーリンク・ジャパン』。聞いたことがない」


「マスターの記憶に存在しない会社が、2000年のインターネットに存在している。不法侵入と同じですね。検索します」


画面が切り替わる。


サイバーリンク・ジャパン株式会社。2000年3月設立。本社:東京都港区。事業内容:インターネットセキュリティソリューションの開発・販売。


「……2000年3月設立?」


航の眉が、寄った。


「俺の記憶では、この会社は存在しない。港区でセキュリティやってる主要どころは把握してる」


〈マスター。追加情報を取得しました〉


メティスの声が、割り込んだ。


〈サイバーリンク・ジャパンは、2000年6月に3億円の資金調達を完了しています。調達先は、ソフトバンク・インベストメントほか3社〉


「3億?」


〈さらに、7月10日付のプレスリリースで、『AI技術を活用した次世代ファイアウォールの開発』を発表しています〉


航のキーボードを叩く手が、宙で固まった。


AI技術。


2000年に、そんな言葉を使う企業は——


「アイリス。この会社の代表者、調べろ」


「了解しました」


画面に、情報が表示された。


代表取締役:霧島怜きりしま れい。1975年生まれ。25歳。東京大学工学部中退。


「……東大中退?」


航は、画面を凝視した。


1975年生まれ。25歳。


神崎と同世代だ。


「経歴は」


「1998年、東京大学工学部を2年で中退。その後、米国シリコンバレーに渡航。2000年2月に帰国し、サイバーリンク・ジャパンを設立——」


「シリコンバレー」


航は、呟いた。


1998年から2000年。シリコンバレー。


ドットコムバブルの絶頂期だ。


「写真はあるか」


「公式サイトに、1枚だけ」


画面に、顔写真が表示された。


黒い髪。細い目。薄い唇。


どこかで見たような顔だ。


だが、思い出せない。


「……この男、何者だ」


〈マスター。気になるデータがあります〉


メティスが、新しい情報を表示した。


〈サイバーリンク・ジャパンの特許出願リストです。7月12日付で、『分散型AIエージェントによるネットワーク防御システム』の特許を出願しています〉


航の喉が、詰まった。


分散型AIエージェント。


それは、アイリスとメティスのアーキテクチャそのものだ。


「……偶然じゃない」


航は、立ち上がった。


「この男は、俺と同じものを見ている」


---


午後4時。


玄関の引き戸が、開いた。


「ごめんください」


低い声。


航は、モニターから目を離した。


入口に、一人の男が立っていた。


白髪混じりの頭。深い皺。煙草の匂い。


「……佐伯さん」


「久しぶりだな、鳴海くん」


佐伯誠一。58歳。司法書士・行政書士。本所の事務所から、わざわざ三郷まで来たのか。


「どうしたんですか。わざわざ」


「定款の変更届、直接持ってきた。郵送でもよかったんだが——」


佐伯は、サーバールームを見回した。


3台のPowerEdge。4台のCRTモニター。床を這うケーブルの束。そして、熱気。


「——見ておきたかった」


航は、黙った。


佐伯の目が、ゆっくりと動く。モニターの文字を追っている。株価情報。企業データ。通信ログ。


「……やりすぎだ」


佐伯が、言った。


「中学生が、こんな設備を持っている。会社も作った。資金もある。だが、その先は——」


「先?」


「破綻だ」


佐伯は、深い皺の刻まれた顔で、航を見た。


「いいか、鳴海くん。俺は30年、この仕事をやってきた。設立、変更、解散、破産——全部見てきた」


佐伯の服から、煙草の匂いが漂ってくる。来る前に一服してきたのだろう。


「君のやっていることは、10年後の会社が、今の市場で暴れているようなものだ。周りがついてこない。法律が追いついてこない。そして——」


佐伯の目が、航を射抜いた。


「——敵が、できる」


航は、佐伯を見返した。


いつもの「僕」が口まで出かけた。だが、この男の前で13歳のふりをしても意味がない。


「敵は、もういます」


「何?」


「俺だけじゃない。俺と同じことを考えている奴が、他にもいる」


航は、モニターを指した。


サイバーリンク・ジャパン。霧島怜。


「この男です。2000年3月に会社を作って、AI技術を使ったセキュリティを開発している。俺の記憶にない会社だ」


佐伯は、画面を見た。


「……記憶にない?」


「俺は、2026年の未来から来た」


航は、言った。


「信じなくていい。でも、事実です。俺の頭の中には、2026年までの株価も、技術も、事件も、全部入ってる。だから、ヤフー株で稼げた。だから、この会社を作れた」


佐伯は、黙っていた。


「でも、この1ヶ月で、俺の記憶と現実がズレ始めている。日経平均が、俺の記憶より400円以上低い。存在しないはずの会社が、3億円を調達している」


航は、拳を握った。


「俺がこの時代に存在することで、歴史が変わり始めている。そして——俺以外にも、同じことをしている奴がいるかもしれない」


佐伯は、腕を組んだ。


「……鳴海くん」


「はい」


「俺は、君の話を信じるかどうか、判断できない」


佐伯は、立ち上がった。


「だが、一つだけ言える。君が見ているものが本当なら——」


佐伯の目が、静かに光った。


「——書類を、端から端まで読め。法律を、一字一句確認しろ。相手が誰であろうと、証拠を積み上げろ。それが、戦い方だ」


航は、頷いた。


「……ありがとうございます」


「定款の変更届、ここに置いていく。署名と押印、忘れるな」


佐伯は、封筒を置いて、出口に向かった。


「あ、佐伯さん」


航が、呼び止めた。


「なんだ」


「……また、相談に乗ってもらえますか」


佐伯は、振り向かなかった。


「電話しろ。いつでも出る」


引き戸が、閉まった。


---


午後11時。


神崎が、戻ってきた。


「遅くなった。飯、買ってきたぞ」


コンビニの袋。おにぎりとカップ麺。


航は、袋を受け取った。


「神崎。見てくれ」


「ん?」


モニターに、新しい画面が表示されていた。


IRCのログ。


「アイリスが見つけた。秘密チャンネルだ」


画面には、英語と日本語が混ざったテキストが流れていた。


───


[23:41] <anon_7>: 2026年のプロトコル、誰か持ってる?

[23:42] <void_>: 持ってる。交換する?

[23:43] <anon_7>: 何と?

[23:44] <void_>: repromptの管理者情報


───


神崎の顔が、引きつった。


「……void?」


「VOで俺たちに絡んできた奴だ。IRCにもいる」


「repromptって——」


「俺のサイトだ」


航は、画面を睨んだ。


「こいつら、俺のことを探ってる」


〈マスター。追加のログを取得しました〉


アイリスの声が、響いた。


〈23時58分。『void_』から、マギ・システムズのメールサーバーに、1通のメールが送信されています〉


「メール?」


「はい。宛先は、info@magi-systems.co.jp。件名は——」


アイリスの声が、一瞬止まった。


「——『お前も、戻ってきたのか?』」


航の手が、膝の上で握られた。


「……開け」


「マスター、セキュリティスキャンを——」


「いいから、開け」


画面に、メールの本文が表示された。


───


From: void@xxxxx.ne.jp

To: info@magi-systems.co.jp

Subject: お前も、戻ってきたのか?


Admin


お前のreprompt.comは、よくできている。

2000年の人間には、ただの「予言サイト」に見えるだろう。

だが、俺にはわかる。


お前は、「向こう側」を知っている。


俺も、知っている。


会おう。

7月20日。午後3時。

秋葉原駅。電気街口。


一人で来い。


───


航は、画面を見つめていた。


「向こう側」。


それが何を意味するのか、航にはわかった。


2026年。


崩壊した世界。


アイリスとの、最後の会話。


「……マスター」


アイリスの声に、わずかなノイズが混じった。


「このメールの送信者は、私と同種の技術を持っています。パケットの構造が、2026年のプロトコルに準拠しています」


航は、椅子の背を掴んだ。


「俺だけじゃなかった」


呟く。


「俺以外にも、戻ってきた奴がいる」


〈マスター〉


メティスが、静かに言った。


〈『void』の通信パターンを分析しました。彼の背後に、別のノードが存在する可能性があります。中継サーバーの痕跡が——〉


「別のノード?」


〈不明です。ただ、voidは末端ではないかもしれません〉


窓の外で、隣家のエアコン室外機が低く唸っていた。


2000年7月。


航の知らない「敵」が、確実に動き始めていた。

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