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江戸に立つ、龍の麺  作者: 八島唯
第1章 江戸時代にラーメン屋をつくるためには

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蕎麦をたぐる

 食器を片付ける敬忠。手慣れたものである。小島藩の年寄本役を勤めていたときですら、身の回りのことは他の頼みとせずもっぱら自分でやる癖がついていた。奉公人も上下女中を兼ねる年配の老寡婦が一人、中間と親戚の預かりの藩士が一人ほどいるのみで質素極まる一家であった。家禄にふさわしいといえばそれまでであるが、敬忠の判断でもある。

(......自分でできることを人にやってもらうのは気持ちが悪いではないか......)

 令和の記憶が蘇る”目覚め”の前からそう思っていた。特に”目覚め”の後にはさらに。他人に身の回りのことをやってもらう違和感。現代的な感覚なのだろう。

 控えの間できれいにたたまれた着物の前で着付けを行う敬忠。鏡を見ながら髪も整える。正直月代を剃るのも面倒くさくなってきた。総髪にしようか、とも考えている。”目覚め”を経験してから、自分の頭を剃ることに特に違和感を感じていたからだ。まあ、仕事前の朝忙しい時間にメイクをせずに済むのは楽でよいが。着流しに、二本の腰のものを指し出支度を整える。草履を履き―――玄関を出る。

 秋葉原の武家町が連なる。比較的このあたりは中ぐらいの佇まいの屋敷が多い。もっともそれでも一人で住んでいるのは自分くらいだろうが、などとつぶやく。足早に歩みをすすめる敬忠。令和の時代の秋葉原とは全く違う風景。ゲーセンも電気屋も当然メイド喫茶の後影もない。アリサちゃん元気かな、メイド喫茶のメイドの名前を思い出す。同じ女性ということで話があい、よく通っていた。結構令和の”保坂恭子”はサブカル好きだったらしい。この世界にはゲームもアニメもない。なにより自分の大好きな”ラーメン”も。

 なければ作るしかない―――

 敬忠の行き着いた結論がそこであった。

 足は南に向いていた。

 辻番所で軽く挨拶をする敬忠。

「これは、柳橋様」

 うやうやしく挨拶を返す辻番。普段より心付けもはずんでいる証左だ。他とは違う生活を目指す以上、目立つことは避けたいところである。目立つことは罪悪―――な時代であるのだから。

 武家屋敷から風景は町家へと変る。まだ四つ前の時間帯。それでも人の喧騒はかなりのものである。

 敬忠はこういう雰囲気が好きであった。東京―――令和の時代に仕事をして、住んでいた町の雰囲気に非常に似通っている気がしたからだ。今日、目指すのは日本橋。江戸の心臓とも言える繁華街である。道の両側に広がる店の連なり。その一つに敬忠は目をつける。かねてから気になっていた蕎麦屋。まだ昼には早い感じもあるが、人混みを避ける意味でもいい頃合いである。暖簾をくぐり、促されるままに席につく。もりを注文する敬忠。元気のいい掛け声とともに、注文が届けられれる。

 目の間に盛られた蕎麦の山。箸でつかみ、ちょちょっとツユに浸け、一気にたぐる。

(まずくはないんだけどね)

 本場の江戸前の蕎麦を堪能しつつ、贅沢とも思われる敬忠の本音。そこには江戸に”ラーメン”を作りたいという動機が隠されていた。

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