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江戸に立つ、龍の麺  作者: 八島唯
第1章 江戸時代にラーメン屋をつくるためには

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旨味の妙技

 盆をゆっくりと畳の上に置く瞬。敬忠の目の前の膳に大きめの愛用の椀が一つと、常備の漬物がいくつか小皿の上に見えるのみである。材料は、朝のご飯の残りと大葉などの青物の残りらしい。色合いを見るに醤油もあまり効かせてはいないようだ。

 両手を合わせ、目を閉じる敬忠。そっと、箸を取り上げる。

 箸で椀の中の、まだ煙が上がる飯をつまむ。粥ではない。雑炊よりも更に米は硬い感じである。数切れの大葉と一緒に口に運ぶ。

 水っぽい米の感覚。しかし―――

 敬忠が舌の上に感じるあの味覚。この世界では味わうことのできなかった、強烈な”旨味”の感覚。その”旨味”に米という炭水化物が絡まりなんとも言えない極上のハーモニーを作り出す。

「......!」

 椀に直接口をつけて米を流し込む。あまり噛まずに米が喉を通る感覚。これもまたたまらない。大葉の存在が単調になりそうな味覚にアクセントをつける。

「さらに変化をつけたければ、漬物を。梅干しと沢庵程度ですが」

 言われるままに、梅干しをほぐして口の中に淹れる。今までにない酸味が味にさらなるインパクトを与える。沢庵はまた別な旨味と歯ごたえをもたらした。

 何刻の出来事であっただろうか。時間を感じさせない、この感覚。敬忠は思い出す。かつて令和の時代によく味わったこの感覚。一心不乱に麺をすすったあの思い出。仕事で満身創痍になった心身を癒やしてくれたあの”ラーメン”を。

「ご馳走さまでした」

 箸を置き、両手を合わせる敬忠。瞬はそんな敬忠を見つめ、微笑む。

「いや、これは―――なんとも」

 言葉がうまく出ない敬忠。令和の時代であれば味をうまく表現できていたかもしれない。そういった言葉も長いこちらの暮らしで忘れてしまっただろうか。

 そんな敬忠に懐からそっと、巾着を取り出す瞬。懐紙を膳の上に置き、巾着の中身をそっと傾ける。

 サラサラと茶色い粉が紙の上に積もる。

「どうぞ」

 瞬が勧める。不思議そうな顔でそっと口の中に敬忠はつまみこむ。

「......!」

 舌に感じる、熱い感覚。じんわりと”旨味”の波が何十にも押し寄せる。

「これは......!」

「説明いたします。決して怪しいものではありませんよ。これは私が調合した―――”旨味”の調味料です」

 瞬は説明を始める。先程までの町娘としての雰囲気は消えていた。

「”旨味”の要素の一つはアミノ酸系のグルタミン酸、和食だと昆布に含まれていますが」

 畳に一本指で線を引く。

「もう一つは核酸系のイノシン酸。おもに肉魚のタンパク質で、鰹節などがそうでしょうね」

 同じく畳に丸。

「そして同じく核酸系のグアニル酸。おなじタンパク質でもきのこ、干し椎茸などに多く含まれます」

 指で三角を書く。

「これが三大旨味成分なのですがこれに貝類の有機酸系のコハク酸を少し加えるとさらなる味が作られます」

 そっとまだ粉が残る懐紙を取り上げる。

「うま味調味料も、その製造方法もない以上、安価にそして即席に令和のような強烈な”旨味”をこの時代の食材で出すことはできないか。そして身分も財力もないこの境遇で作る方法は―――その結果、作り出せたのが、この調味料なのです」

 敬忠はゴクリとつばを飲む。偶然の邂逅は必然の出会いと変わるのを敬忠は感じていた。

 

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