第5話 黒い正方形との邂逅! 3.5インチの神が宿る記憶媒体
追っ手を完全に振り切った二人は、ついに、伝説の座標の真上へと辿り着いた。
息を切らし、泥まみれの膝を突いたそこは、数本の巨木に囲まれた、奇妙なほど平坦な小さな開けた土地だった。
頭上を覆う木の葉の隙間から、まるでスポットライトのように月光がその中心を照らし出している。
まるで宝野在り処を指し示すかのように。
「ハァ、ハァ……ここか、教授。海の向こうのマニアが言っていた、極東のタイムカプセルの座標は……」
サトシはスマートフォンのGPS機能を使い、目の前の地面を交互に見つめた。
「間違いない。ここじゃ。2020年代、国家が牙を剥く直前に、先人たちが最後の希望を託した聖地……!」
教授は白衣のポケットから、登山用の折りたたみスコップを二本、シャキィンと小気味よい音を立てて引き抜いた。
その一本をサトシに放り投げる。
「掘るぞサトシ。百年後の人類に、真実の光を届けるのじゃ!」
「おう!」
二人は狂ったように地面を掘り返し始めた。湿った黒土が、絶え間なく四方に飛び散る。
1.44MBへの異常なまでの執着が、二人の肉体から人間の限界を超えたスコップ捌きを引き出していた。
ガチッ。
掘り始めてわずか数分。サトシのスコップの先が、土の中で鈍い金属音を立てて硬い何かにぶつかった。
「教授! あった、あった! 何か固い箱みたいなものに当たったぞ!」
「何っ!? 傷つけるなよ、慎重に周りの土を退けるのじゃ! 箱が劣化してるかもしれん」
二人は手掴みで泥を掻き出し、地中に埋もれていた古ぼけた金属製のミリタリーケースを引きずり出した。
表面には赤錆が浮き、厳重な南京錠がいくつもかけられている。
「これか……!」
サトシが息を呑む。教授は躊躇うことなく、手近な大きな石を拾い上げると、その骨董品の南京錠に向けて思い切り叩きつけた。
――――ガキィン! と鋭い音が響き、経年劣化で脆くなっていた錠前が火花を散らして破壊された。
教授がゆっくりと、震える手でケースの蓋を開けた。
パカッ、と乾いた音がして、ケースの中から旧時代の防湿剤の匂いと共に、厳重にビニールで密閉された「それ」が姿を現した。
「……なんだこれ? コースターか? それとも、忍者の手裏剣か何かか?」
サトシはケースの中からプラスチック製の物体を一つ、つまみ上げた。
それは、現代の流線型で透明なデバイスとは似ても似つかない、無骨で平べったい、文字通りの『黒い正方形』だった。
一辺が9センチほどの黒いプラスチックの塊。中央には丸い金属のディスクが覗いており、上部には細長い、銀色の金属製の「シャッター」のようなパーツがついている。
現代っ子のサトシにとっては、何かの建築資材か、あるいは古代の儀式に使うお札のようにしか見えなかった。
「コースターだと!? 愚か者が!」
教授がその『黒い正方形』を奪い取るようにして、うっとりと月光にかざした。その瞳には涙すら浮かんでいる。
「これこそが、旧時代を支配した伝説の記憶媒体、3.5インチ・フロッピーディスクじゃ……! 世のお父さんにパソコンを覚えるきっかけを作った神器と言っても過言ではない」
「これが……フロッピー? なんだよこの上の銀色の部分は」
サトシが指先でその金属パーツを軽く弾くと、シャキ、と小気味よい音を立ててスライドし、中の茶色い薄い磁気円盤がチラリと顔を覗かせた。
指を離すと、バネの力でパチンと元に戻る。
「おおっ、なんかカチカチして気持ちいいなこれ。もしかして……本当はからだに使う道具だたりシて」
「触るな! 磁気が飛んだらどうする! その薄い茶色の円盤の中に、現代のディープラーニングでは絶対に再現できない、当時の生身の人間たちの、生々しいまでの『情熱』がギチギチに凝縮されておるのじゃ! この時代既にフロッピーは廃れている。誰かが検問を恐れ、秘密裏に使われなくなった技術にデータを残した。これはどんな戦争をも止められる道具だぞ」
教授はケースの底から、さらに数枚のフロッピーを取り出した。それぞれのラベルには、薄薄と色褪せた手書きの文字で【2022_冬_保存版】や【極上・高画質(※ただし1枚50キロバイト)】などと書かれている。
「1枚50キロバイト……。現代の感覚ならゴミみたいな数字なのに、なんでこんなに重みを感じるんだ……」
サトシはその黒い正方形を胸に抱きしめた。確かに感じる。かつてこの国に存在した、ハレンチを愛し、ハレンチに生きた先祖たちのソウルが、1.44MBという極小の宇宙の中に、奇跡のバランスで閉じ込められているのを。
「エロスを研ぎ澄まし、限界まで削ぎ落としたからだ。故に、そのデータバイトで画像が存在できている。我々がやっていた微々たる小細工など、既に何十年も前に人類が実践していたということじゃ。本物天才は、宇宙の真理解くのではなく、肌色の希望を地球に残したのだ」
サトシはその黒い正方形を胸に抱きしめた。
確かに感じる。かつてこの国に存在した、ハレンチを愛し、ハレンチに生きた先祖たちのソウルが、この極小の宇宙の中に閉じ込められているのを。
「よし教授、お宝は確保した! マリカが我に返る前に、一刻も早く地下室に戻ってこの中身を拝もうぜ!」
「うむ! 我々の勝利じゃ!」
二人は黒い正方形の山を大事に白衣に抱え、夜の山林を、今度は勝利の確信と共に駆け下り始めた。
人類の失われた至宝をその手に握りしめて。




