26 風結ノ章 二十六
「では、母様のいる丹後へ行って、母様に会った後温泉に立ち寄り、傷を癒しましょう!」
紅羽は嬉しそうだった。
「紅羽姉様・・・・」
伊佐は紅羽を見つめて思う。
いつもは凛として美しい姉様も、時には少女のような無邪気な顔を見せる。
いつか、わたしも姉様のような美しい女になれたら、白結丸様も・・・・。
『伊佐、とても頼もしくて美しいな。嫁にしよう』
なんて!
・・・・きゃーっ!!
「ああっ!?紅羽姉様、伊佐姉様がまたくねくねと!」
「伊佐、まだ悪霊が抜けきっておらんな・・・・」
「ですが姉様、なぜ母様に会いに行くだけなのに・・・・」
三人は鎧装束を身につけている。さらに兵が二十人。御体車が三台。それぞれの戦御体を乗せている。
「何を言う、伊佐。いつ何時、敵がいるかわからないでしょう?」
「それはそうですが・・・・」
「それに、ここから西へ進むと老野坂の関の向こう、老江山には山賊や妖が出るとの噂もあります。どれだけ心積もりしても足りないくらいです」
「そうなんですね」
・・・・紅羽姉様の言うことですから、何か深いお考えがあるのでしょう。
そうか!もしかしたら、このまま内緒で白結丸様を追うことをお考えなのでは?
そうです、それに違いない!
さすが姉様!このまま終われませんものね!
わたしたちにも言えない、何かを掴んでおられるのですね!
は、白結丸様を追って行く!!
・・・・えへへ。
・・・・時千代に絶対に怪我なんかさせられない!
無事にたどり着いて、時千代と二人で温泉!!
背中を流し合って・・・・それで・・・・。
ほんのり赤い時千代を、ゆったり愛でる至福のひと時・・・・。
・・・・でへへへへ。
あ、鼻血。
「姉様たち、早く行きましょうよ!」
◇
「で、都で一番と名高い職人のところへ来た!」
「それは何故ですか?」
貞基は兵たちと重国を連れて楠流番匠の前にやってきていた。
「わからんか、重国。孝基兄者の話だと霞の末子の戦御体は壊れかけだったと聞く。ならば、それを直すために職人町に来ているに違いないのだ!」
「・・・・そうでしょうか?」
「壊れたものは直す!当たり前であろう?」
「そんな、わざわざ捕まるかもしれないのに都の中をうろうろとする訳が・・・・」
「たのもー!!」
「あ、聞いてない!」
「なんだ、おめぇたち!!」
出てきたのは筋骨隆々の男。
年は取っているようだが、その体は兵たちの誰よりも大きく、強そうだ。
「最近、戦御体の・・・」
「戦御体だぁとぉ!!」
・・・・・。
貞基を睨みつけてくる男。
「重国、こいつには戦御体が何だかわからんようだ」
「若、巷では戦御体のことを”鬼”と呼んでおります」
「そうか。鬼退治は武士の務め。鬼と言えばわかるか」
「何をごちゃごちゃ言ってる!?何の用だ!?」
「鬼を退治に来た!」
「はぁ?」
「若、それでは意味がわかりません!」
重国が耳打ちする。
「鬼なんかここにはいねぇ!!いるのはうちのおっかぁくれぇだ!!」
「誰が鬼だって!?」
「だから、うちの・・・・・・」
重蔵のうしろに、妻のきみが顔を引きつらせて立っていた。
「ひいっ!?」
「なあ重国。あの大男が怯えておる。あれが鬼か?」
「違います。あれは鬼嫁です」
「鬼嫁は鬼ではないのか?」
「鬼嫁は鬼のような嫁です。嫁は人です」
「では、鬼は?」
「戦御体のことを話していたのに、いつの間にか鬼の話になっています」
「あんたたち、なにをごちゃごちゃいってんだいっ!!」
◇
「なぜ殴られて追い出されたのだ?」
貞基は頭のこぶを気にしている。
「若のせいです。いい加減にしていただきたい」
重国もこぶを気にしている。
「ぎゃあああああっ!!」
後ろの方で、あの大男の叫び声が聞こえた。
「あの男もきっと、若に「いい加減にしてくれ!」と思っていると思いますよ」
「・・・・おれにはわけがわからん」
「若、申上げます!」
兵が貞基のところへ来ると、片膝をついた。
「・・・・どうした?」
「紅羽様が兵を連れて都を発たれ、西へ向かわれたとのこと!」
「紅羽が?」
「若、ですが紅羽様はお暇を取られて温泉に行くと・・・・」
「知っておるか、重国」
「何をでしょう?」
「普通、温泉に行くときは兵を連れて行かぬのだ」
「・・・・そう、でしょうね」
「ならば、考えられることはひとつ!」
「はい。霞の末子を捕まえに・・・・」
「おれが迎えに来るのを待っておるのだ!」
「どうしたらそういうことに?」
「ともかく、我らも紅羽の後を追う!皆の者、ついて参れ!!」
「おうっ!!」
兵たちが声を上げる。
貞基以下五十騎が西へ進軍を開始した。
「えー・・・・・・大丈夫ですか?」
◇
・・・・なんで緋家の追手が?
もうあいつらのこと、バレちまってるのか・・・・?
皆秀、ともかく無事で行けよ・・・・・。
そんなことを思いながら、頭のこぶを気にする大男・楠重蔵だった。
◇
「なあ、皆秀」
「はい、なんでしょう嶺巴殿」
「あの小御体、ずっと遠巻きにあたしの方を見ているんだけど」
「すっかり嶺巴殿が気に入っているようですね」
「気になって着替えも水浴びもできないんだよ」
「向こうは気にしてないと思いますよ?」
「あたしが気にするんだよ!」
山道を登る一行の少し先を、小御体は木の枝から枝へ、腕の鎖や六本の足を器用に動かして渡っていく。
「蜘蛛だか猿だかわからないねぇ・・・・」
「もうすぐ関所がある。すこし手前で馬を休ませよう」
白結丸が声をかける。
御体車を引いている馬が泡を吹いている。
ずっと急な上り坂だったからだ。
山道の途中で広い場所を見つけ、そこへ御体車を引き入れる。
「どうする?関所はこのまま通れないよ?」
「そうですね。白結丸殿と嶺巴殿はお尋ね者ですし」
「新しくなった風結でふっ飛ばせばよいのじゃ」
ミカナ・・・・。
「どちらにしてもこの先、馬で車を牽くのは難しい。御体車を御体で背負って、森の中を抜けようと思うのだが・・・・」
白結丸がそう言いかけた時、関所の方から旅人たちが走り降りてきた。
「た、助けてくれ!」
「どうしたんだ!?」
白結丸が息を切らしている旅人に言うと、しばらくぜぇぜぇ言った後、こう答えた。
「上が人で、下が蜘蛛みたいな変な奴が、関所で暴れてるんだ!!」
・・・・・・・。
・・・・ああ、そうですか。




