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戦ぎの淡い影 ― 平安戦御体戦記  作者: ひろくま
第三章 芽吹

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88 芽吹ノ章 十五

「近頃義父殿を見かけませんが・・・どこかへ行かれたのですか?」

この十日ほど、兼信(かねのぶ)殿を見ていない。父上にそれとなく聞いてみた。

「ふん。なんでも諏訪へ行ったとか行かないとか。殿がそんなことを言ったとか言わないとか」

・・・何一つ確かなことがない。

まったく、最初から宗近殿に聞けばよかった。

おれは先日ようやく仕上がった此度加わった武家諸将の台帳を運び、宗近殿に同じことを聞いた。

「うむ。諏訪の霞範影殿のところへ行っておる」

「そうですか。で、これが台帳です」

両手で抱えた紙の束。床に、どん!と置く。

諏訪の霞範影殿と言えば、おれが以前行きそびれた御仁のところだ。戦御体を作っているに違いないと宗近殿が言っていた。

「うむ。ご苦労であった。では次に・・・」

・・・次にぃ!?


「次の方どうぞ」

全員の霊力(れいりき)を調べよ、と仰せつかった。

まず、各将に小さな御霊石を渡し、手に乗せて光った者だけを選ぶ。そして、その者たちを集めて大きな御霊石に触らせる。そこでさらに選び、二十人まで絞り込んだ。

「はぁ・・・。ここまでやりました・・・・」

「うむ。ご苦労。次に・・・・」

「次にぃ・・!?」

「その二十人の霊力を鍛えて来い」

「は?おれがですか?」

「そうだ。もう鍛え方は知っておるのであろう?」

「・・・・ええと。」

「あぁ、ついでだ。お前も鍛えて来い」

そう言ってにやりと笑った。

・・・鬼だ。伊豆に鬼が出た。



まず、全員裸にする。

そして滝の上から突き落とす。

「ひやぁあああああ!」

「ひゃああああああ!」

「たすけてぇえええええっ!」

「ご勘弁をーーーーっ!!」 


次。

縛り付けて木に吊るす。

それを一晩。

「なんでぇぇぇぇぇぇぇ!?」

「いやだぁぁぁぁぁぁぁ!!」

「死ぬぅうううううっ!?」


次。

穴を掘って首だけ出して埋める。

さらに野犬を放つ。

「もうだめぇぇぇぇぇぇ!?」

「舐めないでぇ!!美味しくないですぅ!!!」


次。

丸太に抱きついて崖から転げ落ちる。

「ぐえっ?」

「ぐおっ!?」


ひとり、またひとりと、次々に逃げ出した。

そこで生き残ったのが前述の三人だ。すなわち、もしゃもしゃと優男とおしゃべり。と、おれ。

「よかった・・・生き残った・・・・」

おれともしゃもしゃと優男とおしゃべり。四人は友情で固く結ばれた。

四人で涙を流しながら、固く抱き合った。

だが、本当の名前はひとりもわからない。



「と、いうことにございます」

「うむ。上出来だ」

・・・ほんとか?本当にそう思っているのか?

「では、次に・・・」

出たよ、”次に”。鬼の宗近。

「戦御体で鍛錬をせよ」



「おう、おれにはこの繰り座というのは狭いな!」

もしゃもしゃが言う。

「ふん・・・(かび)臭いところは苦手だ・・・・」

優男。

「……おお……これは……。わが身のように動く。いや、拙者が動かしておるのか?いや待て、千浦の歴代にもかような乗り物に乗った者はおらぬはずで――いや曾祖父が牛車から落ちた話はありますがそれとは違う。……重い。されど、軽い。なるほど……これが戦御体。剣を握るのではない。国を握る重さか。いやいや、されど・・・(以下略)」

おしゃべり。

最初は戸惑いばかりだったが、そもそも三人は手練れの武士。

すぐに慣れ、思うように動くようになった。おれよりもずっと上達が早い。

そしておれも、驚く変化があった。

霊力が切れない。いや、今までの倍以上の時間、御霊石に触れていることが出来た。

・・・あの修練は、本当に役に立ったのか・・・!

伶守殿、疑ってすまなかった・・・。



「と、こういうことでございます」

おれは宗近殿への報告を欠かさない。この度の御体を使った修練のこともすべて知らせている。

「うむ。ご苦労」

・・・・・。

・・・・・。

待った。

”次は”?

「どうした?」

「・・・いえ・・・何でもありません」

なかった!”次は”がなかった!!うれしい。ちょっと涙ぐむ。


「殿、今戻りました。おお、婿殿も一緒か」

そこへ、諏訪へ行っていた兼信殿が入って来た。

「戻ったか、兼信。ご苦労であった」


此度、兼信殿が諏訪へ行ったのは諏訪霞家の霞範影(かすみのりかげ)殿へ、我らに加勢するか否かを問いに行ったのだ。

諏訪霞家は木曽霞家の当主、霞貴影(かすみたかかげ)殿の腹違いの弟。もとより折り合いが悪く、此度の木曽の挙兵にも参加していない。しかも、緋家討伐の勅旨は諏訪にも届いたらしく、諏訪は独自で挙兵するつもりだったようだ。


「それで戦御体を作っていたのですね」

おれが言うと、兼信殿は頷いた。

「こちらへ加勢するか否かと問うたのじゃが、従属はせぬ、協力はする、とのこと。あくまで対等と言い張っておりまして・・・・」

「まあ、かまわぬ。今は迫ってくる緋家の軍を追い返すのが先だからな」

宗近殿はそう言った。

・・・また、帳簿が増えるのだろうか・・・?まいったな。

「・・・それと・・・・」

兼信殿が少し声を落とす。

「なんだ?」

「お耳を・・・・」

兼信殿が宗近に小声で言うと、囁くように何かを伝える。

おれはここにいてはいけない雰囲気に、「おれはやることがございます。御免」と言ってその場を離れた。

だが・・・少し気になって、(ふすま)の裏からこっそり聞き耳を立てる。


「・・・・それは・・・・まことか?」

「いえ・・・あくまでわしの思い過ごしかもしれませぬ。ですが、諏訪で話を聞く限り、木曽のその男とあまりにもわしの印象が似通っておりましてな。もしや、と・・・」

・・・・・。

なんの話だろう?木曽が何かあるのか?

「・・・もし、もしそうならば、だ。兼信、おまえは木曽に付くか?」

は?義父殿が木曽へ?

「いえ。わしは生涯、殿へ忠誠を誓いました。亡き者である限り、いえ、生きていたとて、わしの殿は霞宗近だけでございます」

「うむ。よく申した」

・・・義父殿の忠誠を疑わねばならぬような何かが木曽にあるのだろうか?

まあ、おれが知らなくてもよいことだろう、とその時は思った。





その二日後、緋家の軍勢が木曽川を渡り尾張に入ったとの知らせを受けた。

いよいよ、伊豆も迎え撃つための出陣を始める。

宗近殿が主な将たちを集め、宣言した。

「これより、緋家討伐の勅旨完遂のため、出兵を開始する。わが軍はすでに一万を超え、緋家に勝る!だが、戦御体を有する数は敵が上だ!くれぐれもぬかるな!」

「おう!」

一同が声を上げる。

そして宗近殿は、奇妙なことを言った。

「緋家の軍には、朝廷側の兵もいる。だが、それは味方だ。手を出してはならん」

緋家討伐の勅旨は朝廷が出したもの。そもそも緋家と朝廷軍が一緒に行動することがおかしいのだ。

それに、敵と一緒にいるのは敵じゃないとは・・・。

何と戦えというのだろう?

まあ、これもおれが知らなくてよいことだ。忠実に宗近殿に従えば間違いない。

・・・そう思うことにした。



さらに、宗近殿の話によると、先鋒は諏訪が出ると聞かなかったらしい。すでに街道を目指し出立したとのこと。

あくまで伊豆より優位に立ちたいのだろう。

そしておれも戦御体を一体授かり、出陣することになった。

出立は明日。早朝だ。




「姉上、明日伊豆を発つことになりました」

おれは姉上をおれの部屋へ呼んだ。

「・・・そうですか」

思いつめた表情を浮かべる。一時元気になっていた姉上も、最近はこういう表情をすることが多くなっていた。

「以前も何か言いかけてごまかしていましたが、姉上らしくありません。おっしゃってください」

おれが言うと、姉上は顔を上げ、おれの近くへすり寄ってきた。

「誰にも言わないでくれる?」

久しぶりに、姉上の香りがおれに届いた。

懐かしい香り。ぎゅっと胸が締め付けられる。

「何でしょう?」

「・・・ちゃんとわかってから話そうと思いましたが」

そこで言葉を切る。

姉上は大きく息を吸い、ゆっくりと吐いて、もう一度吸った。


ゆっくりと口を開く。


「わたしの中に、子があるかもしれません」


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