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戦ぎの淡い影 ― 平安戦御体戦記  作者: ひろくま
第三章 芽吹

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87 芽吹ノ章 十四

「・・・・・・・・」

「ええと・・・・お名を教えてくだされ」

「・・・・・・・・」

相手はかなりの大男。見上げるくらい大きい。体格もよく、一目で只者でないことがわかる。

「あの・・・・名を・・・・・」

「・・・・・・・・」

まったく喋らない。

「どちらからいらした、どちらさん?」

「・・・・・・・・」

何やら手で何かを伝えようとしているが、さっぱりわからない。

・・・・もしかして、口がきけないのでは?

「字は書けますか?」

試に筆を渡してみた。

大男は筆を受け取ると、紙にすらすらと書いた。

・・・良かった。字は書けるみたいだ。

だが、大男が書いた紙には、ミミズが這い回ったような線が描かれているだけだった。

「・・・あの・・・何を書きたかったのですか?」

大男は怒るおれを見てあたふたする。

その時、様子を見に来たのか、宗近殿が入ってきた。

「義陽、進んでおるか・・・・?」

「宗近殿・・・・」

宗近殿が無言の大男をみて、表情を変えた。

「おお、雷巌(らいがん)ではないか!久しいのう!」

大男も喜びで顔をくしゃくしゃにする。

「あの・・・お知り合いですか?」

「ああ、これは雷巌と言って、おれの幼い頃からの付き人だ」

「・・・・付き人?」

これが?

「そうか、おれの挙兵を知ってきてくれたのか!」

宗近殿は嬉しそうだ。こんなに喜ぶ宗近殿を初めて見たかもしれない。

大男はちぎれるくらい頭を縦に振る。

「義陽!」

「はいっ!?」

急におれを呼んだので、ビクッとなった。


「この雷巌を、牢に閉じ込めておけ!」

「は?・・・・・はい?」




「どういうことでしたのですか?」

妙珠(みょうじゅ)殿に今日のことを話した。

「なんでも、自由にしておくと食糧を全部勝手に食うらしいのです。胃袋が底なしで、伊豆まで来る途中で立ち寄った村の畑の芋を、一晩で全部、ひとりで食ってしまったとか」

「まあ、怖い」

あれが付き人だとしたら、そりゃ性格もな・・・歪むわけだ。

「でも、こんなに人が増えて、これから(いくさ)なのですか?」

「はい。戦になります。緋家の軍が都を出てこちらへ向かっているとか。近く、我らも出立することになります」

「そうですか・・・・」

「心配なさらずに。おれは帰ってきますから」

「はい。殿、約束してくださいね」

兄上のこともある。戦と聞いては、気持ちが落ち着かないのだろう。

「ですが・・・妙珠殿。戦の前に、やることがございます」



その数日後、おれと妙珠殿の婚儀が行われた。

盛大なものではないが、父上も母上も泣いて喜んでくれた。一番泣いていたのは兼信殿だろう。

「年をとると涙もろくて・・・・」

そう言いながら、目、鼻、口、顔のありとあらゆるところから涙、鼻水、涎、あと何かを垂れ流していた。

宗近殿でさえ、嬉しそうに手を叩いて喜んでくれた。

意外だったのが、姉上も本当に嬉しそうにおれたちを祝ってくれた。

「義陽、もう妙珠殿をひとりにしたら駄目よ!」

「はい。もちろんそのつもりです」

「妙珠殿、義陽は頼りなくて情けなくて、どうしようもない助兵衛だから、しっかり手綱を握っていてね」

「はい。頑張ります!」

笑顔の姉上と妙珠殿。何か、”対義陽盟約”を結んでいるような気がする。

「・・・姉上、ちょっと言い過ぎでは?」

「何よ、間違ってないでしょ!?」

「・・・はい。確かに」

そのやり取りを聞いて、妙珠殿は嬉しそうに笑った。その笑顔にはもう、以前の天女様のような朧げな儚さは微塵もなかった。




「ええと・・・・・。婚儀が済みましたので、今宵からこういうことになります・・・・。よろしいでしょうか?」

おれと妙珠殿は一組の布団を挟んで向かい合う。

「・・・はい。妻の務めとして覚悟はできております・・・・。が・・・・やはり・・・その・・・・恥ずかしく・・・・・・」

「はい・・・・。その・・・・・。とりあえず・・・・・今日は・・・・・えと・・・・」

「・・・・・うまく・・・・できるかどうか・・・・・・・」

「・・・・・・・・はい・・・・・ですが・・・・・・・」

・・・・・・・・。

・・・・・・・・。



結局、そのまま朝が来た。―――難しい。夫婦とは、戦よりもずっと難しい。



「・・・・・義陽・・・・・」

おれの顔を見て姉上が眉をしかめる。(まと)まらない髪と、目の下の隈。

「・・・違います、姉上・・・・」

「何が違うのかな?義陽?初夜を頑張りすぎたってことでしょう!?朝まで眠れなかったのでしょう!?」

「・・・違いますぅ・・・・・・。いや、眠れなかったのは違わない・・・・。いたいぃ・・・・」

「わかってますよー。わかってます。夫婦ですからねー、当然ですよねー!」

姉上がおれの頬をつねる。

「い、痛いですぅ・・・」

いつもの姉上だ。おれたちの気持ちが、やっと元の場所へ帰ってきた気がした。

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