84 芽吹ノ章 十一
宗近殿、兼信殿たちが、ほぼ北の畑松を制圧したとの早馬の知らせが届いた。
あまりに早い。
勝った!と喜んでいいものだろうか?
何か気味の悪い静けさのようなものを感じる。
「敵の戦御体はどうなったのですか?」
おれが聞くと、早馬の男は「わたしは見ていません!」と言った。
おれは一抹の不安を抱いたが、母上が「今日は鯛を焼きましょう!」と浮かれているのを見ると、水を差す気にもなれなかった。
取り越し苦労かもしれない。考えすぎかもしれない。
ただ・・・・・。
おれの勘が的中するとわかるまで、一刻もかからなかった。
「畑松と思われる軍が、こちらへ向かってきます!」
母上、姉上、おれ、その場の全員が凍りついた。
「どういうことです!?」
母上が声を上げる。
・・・謀られたのか。
「義陽・・・」
姉上がおれの腕を掴む。
おれは姉上の手の上におれの手を置く。
「早馬を出して、宗近殿にこのことを伝えよ!そして残っている兵を集めろ!戦の支度をさせよ!」
「はっ!」
おれが命じると、兵が頭を下げて出て行く。
敵の数は三千。戦御体が一体。
対してこちらは五百。ほとんどが宗近殿が残していった老兵ばかり。
・・・勝ち目はない。
「義陽、話し合いでなんとかなりませんか?」
母上が慌てふためいている。
無理もない。
宗近殿も兼信殿も、父上もいない。まあ、父上はどっちでもいい。
そうなれば、兵を動かせるのはおれしかいない。
「母上、努力はしてみましょう」
おれは気休めを言った。
「義陽・・・」
姉上が一番不安なはずだ。おれを見上げる目は、今にも泣きそうになっている。
「姉上、安心してください。おれがなんとかしてみましょう。考えがあります」
また、気休めの出任せを言った。
おれは御造所に走った。
「綴師殿!」
綴師殿はおれを待っていたかのように、奥にある白い戦御体を指差した。
「今使えるのはあれだけじゃ。壊すなよ!」
「ありがとうございます!たぶん壊します!」
そう言っておれは繰り座に滑り込む。
おれは五百人の爺様たちを連れて室山を出た。
小高い山々を進むと、仁良島という小高い丘に出る。そこでおれたちと畑松は対峙することとなった。
「おれの名は畑松照家!この戦御体は朱獄と申す!霞の御大将とお見受けする!」
おれの乗った戦御体、白縫を指さす赤い戦御体。
・・・やっぱり、こっちへ来ていたのか。ああ・・・絶望的だ。
「おれの名は汐永義陽!この戦御体は白縫!あいにく霞三郎宗近はお出かけしている!御用なら出直してもらおう!」
「・・・・・・」
敵は絶句した。
・・・帰るわけないよな。うん、知ってた。
「そ、それは知っている!おれたちはその隙をついてきたのだからな!」
「こちらもそれは知っている!だからそういうのはやめてって言っている!」
おれの後ろの爺様たちも不安になってきたみたいだ。ざわざわし始めた。
「何を・・・お前とじゃれ合う気はない!」
・・・やっぱり帰ってくれないか!そうでしょうね!駄目でした、母上!
敵の赤い戦御体が腰の太刀を抜く。
だが、敵の大将が戦御体に乗っているなら好都合。
あいつさえ倒せば敵は引いてくれる!・・・と思う!
おれも白縫の腰から太刀を抜く。
・・・・あれ?ない。
なんで?
「太刀がないっー!?」
手ぶらで戦場に来てしまった!?
綴師殿、つけ忘れたな・・・・。というか、敵に戦御体がいるって思っていなかったのか?
おれも、自分自身の腰には刀があるから、思いもしなかった。
「ちょ、ちょっと待ってくれ!」
「これ以上の問答は耐えられん!おれまでおかしくなる!」
まっすぐおれに向かってくる!
「ひぃいい!!」
おれは叫びながら、敵の太刀を寸でで躱す。
その瞬間、敵の兵たちがこちらへ向けて矢を引き絞っているのが見えた。
撃ってくる!?
おれは咄嗟に敵の御体のわき腹あたりをがしっと捕まえると、飛んでくる矢の盾にした。
どすどすどす!
「ぐわぁあっ!?」
飛んできた矢が、敵の戦御体・朱獄の背中に突き刺さる。・・・痛そう。
畑松の悲鳴を皮切りに、足元の兵たちも突撃を開始する。
がんばれ、爺様たち!
さすがに戦御体同士の戦いに入ってくる者たちはいない。おれたちのまわりを避けるように乱戦が始まった。
「痛いではないかっ!!」
怒る畑松。
「ごめんなさい!」
謝るおれ。
・・・どうも、謝り癖がついている。たぶん、姉上のせいだ。
「もう許さん!とことん小馬鹿にしおってぇ!!」
「これでも真剣ですっ!!」
その後は、おれと畑松の取っ組み合いの子供の喧嘩だ。
よほど逆上したのか、自分だけ太刀を持っていることを忘れているらしい。
なぜか戦御体同士で殴り合う。
「このっ!!このっ!!」
「おらっおらっ!!」
だが、殴り合いならおれにも分がある。幼い頃からよく兄上と喧嘩したものだ。そしてほとんどの場合、姉上が兄上を蹴飛ばして決着する。
「えええいっ!」
不意に足を払われ、地面に転がる。泥があたりに跳ね散る。
「殴り合いに足を使うのは卑怯です!」
「うるさいっ!」
馬乗りになった畑松がおれの顔・・・白縫の顔、はないのだが、それっぽい胸の上あたりを殴る。
「いてっ!いてっ!」
「相手が上に乗ってきたら、相手の背中を思い切り膝蹴り!」
姉上が言っていたっけ・・・。
「思い切り膝蹴り!えいっ!」
「うがっ!?」
効いた!さすが姉上!
その隙におれは畑松を跳ね飛ばし、太刀を奪う。
「形勢逆転!!」
「しまった!!」
両手で持った太刀を、敵目掛けて一気に振り下ろす!
「やられるかっ!」
畑松は振り下ろそうとした両腕を、がしっと掴まえる。
「ぬぬぬぬぬ・・・・!」
「うううううううっ!」
戦御体同士の力比べだ。
このまま太刀を相手の上から振り下ろそうとするおれ、それを下からつかんで離さない畑松。
「ぬぬぬぬぬぬぬ・・・・!」
「ううううううううっ!!」
その時だった。
べしっ!と音がして、畑松の戦御体の指が一本、折れて飛んだ。力比べに耐えきれなかったのだろう。
戦御体からすれば指の一本だ。だが、痛みを感じる繰り手からすれば、突然指がはじけ飛んだのだ。それは痛いに違いない。
「いたぁああああああっ!」
絶叫する畑松。
「もらったぁああああああ!!」
この時を逃してはならない!千載一遇!と思った。それは間違いない。
だが、どうしてこの瞬間に・・・・。今でも悔しい。
目の前が一気に暗くなり始めて、気が遠くなり始めた。
霊力切れ。
なんてことだ!あと少し、待って、待ってくれ!!
おれは声にならない叫びをあげる。
これを、これを振り下ろすだけだ!それで俺たちは、勝てるのに!!




