83 芽吹ノ章 十
織部衆たちの仕事は早かった。
それからひと月も経たないうちに、御体を二つも組み上げた。
「材料が足りない。もっと鉄と樫の木を持ってこい」
綴師殿はそう息巻いていたが、現状では街道が畑松に占拠されて思うように取り寄せできない。
「ではまず、畑松を叩く。それをもって、わが霞家の旗揚げとしよう!」
宗近殿が力強く言った。
不思議だが、この人がわかりやすく言うときは皆その気になる。どんなことでもできると思わせる力が、このお方にはある。
おれも、当然、今度こそやってみせる!と息巻いた。
兄上の敵討ち、おれの手で成し遂げる!!
が、留守番となってしまった。
理由は簡単。霊力不足だ。
他の兵たちに御霊石を握らせて、一番強く光った者から順に繰り手が選ばれた。
おれはかなり最後の方だ。
情けない。ああーーー!!情けない!!兄上の足元にも遠く及ばない自分が、本当に情けない!
「・・・わたしはうれしいけどね」
姉上はいつものように、おれにもたれかかりながら言う。
やはり、おれに戦場に出てほしくないようだ。
灯台の火がゆらゆらと影を揺らす。
「ですが、父上まで出陣しているのに、おれだけ留守番とは・・・」
「みんな出て行ったら、誰がここを守ってくれるの?」
「おれが守れるとは思えません」
「・・・たしかに」
・・・・・・・・自分で言うのはいいのだが、人に認められると心外だ。
「昨日ね、わたしも戦御体を見たよ。殿に連れられて」
「へえ。どうでした?」
「義陽はあんなの動かしたんだ、すごいなぁって思った」
「はい。すごいでしょ」
・・・・・・・・。
またも急な沈黙。
おれが姉上の顔を覗き込むと、ひどく何かを思いつめた顔の姉上が、床の一点を見つめていた。
「ねぇ、義陽・・・」
「・・・なんですか?」
「明日、二人だけで見せたいものがあるの」
「はあ」
「屋敷の南のはずれに庵があるでしょ?そこへ誰にも見られないで来てほしい」
以前、兼信殿が来客を泊まらせるように建てたものらしい。今では使われていないので、誰も近づかない。
「構いませんよ」
「じゃあ、待ってる・・・」
そう言って、姉上は出て行った。
思わせぶりすぎて、おれは戸惑うしかなかった。
翌日、約束通り庵へ。
誰にもつけられていない。ちゃんと確認してきた。
姉上は庵の一室でおれを待っていた。
長く使われていない庵なのでどこも荒れ放題だったが、この部屋だけがきれいに手入れされている。
「この部屋だけ、昨日からわたしが片づけました」
そう言うと、何を思ったか布団を敷いた。
「姉上・・・?」
「義陽・・・聞きなさい」
「はい」
姉上の顔は真剣だった。思いつめた表情で、おれをまっすぐ見た。
「わたしと殿が戦御体を見に行った話はしましたね。そこで、殿がこういいました」
姉上は目を閉じて、少し上を向いた。
「霞家は・・・いや、おれは世の中を変える。今、それができる力がここに並んでいる。もう、後戻りはできない。この伊豆から、この世は変わっていく。たとえおれにできなくても、後を継ぐ者が必ず現れる。そして、新しい世におれは名を残す。もちろん、汐永の名も、おれと共に残る」
・・・うん、宗近殿なら言うだろう。
そして、それはきっと嘘ではない。あの方なら、やってのけるはずだ。
そう思わせる力が、あの方にはあるから。
「義陽」
「・・・・はい」
「わたしは決めました」
「・・・・・はい・・・・」
「妻として、霞宗近、霞家の総大将の正室として、宗近の子を産みます」
・・・・・・・。
「今まで、床を分けていました。殿のお手付きもありません。ですが、殿の子、殿の思いを託す種を、この世に残すことがわたしの務めと知りました。この度の戦から殿が帰ってきたら・・・必ず帰ってきます。そうしたら、わたしは殿の子を宿すために、務めを果たします」
それが、どういうことか、おれにもわかった。
姉上はおれのものではなくなる。今までのように、いつも隣にいて、おれのことだけを見ている姉上は、もういなくなる。妻として、母となる決意をしたのだ。
「姉上・・・・」
「ですが、義陽」
「・・・はい」
「妻として、決意はしました。ですが・・・・女として、どうしても心残りがあります。それは、義陽、あなたです」
姉上はそう言って、自分の着物の帯をほどき始めた。
「あ、姉上・・・?」
「今だけ、藤月と呼びなさい」
するすると絹が擦れる音を立てて、姉上の着物が床に落ちる。
姉上の一糸まとわぬ姿がそこにあった。
赤らめた頬。伏せた眼差し。艶やかな黒髪は首筋から肩からへと流れ落ち、白い肌を際立たせる。柔らかな丸みを帯びて膨らむ胸、細い腰から太腿へ、滑らかに曲線を描く。そして軽やかな若草に守られた奥には、聖域が恥ずかし気にその入り口をのぞかせる。
「姉上・・・藤月、美しいです。菩薩様よりも、ずっと美しい」
「そんなに、女の肌を見つめるものではありません」
身をよじって恥ずかしそうにする。
「ですが、その美しさには目が離せず・・・」
言いかけたおれの唇を、姉上の唇が塞ぐ。
姉上の手が、おれの装束の止め紐をほどく。
「わたしを奪いなさい。女のわたしは、あなたのためにあります」
その後、おれたちは薄暗い庵の中で何度も愛を重ねた。
言葉もなく、ただ、そこにある何かを掴もうとした。
お互いのこの気持ちから、離れまいともがいた。
そして果てて動けなくなるまで、藤月という女を求め続けた。
幼い頃から一緒に育った。当たり前のようにいつも隣にいた。ふたりは成長して大人になり、姉弟ではなく、男と女になっていった。
「ありがとう、義陽。迷いが絶てました」
もう体が言うことを聞かないくらい、疲れ果てた。肩で息をしていると、姉上が立ち上がりながら言った。
「殿が居ぬ間のことです。わたしたちだけの秘め事ですよ」
そしてすぐ、姉上は着物を身につけ始めた。
形のよい上を向いた尻が着物に隠れていくのを、もったいないと思いながら目に焼き付けた。
「義陽、愛しています。今までも、これからもずっと。迷わないで、疑わないで。わたしの心はあなたに捧げました。女のわたしは、義陽のものだから・・・」
姉上はそう言い残して逃げるように庵を出て行った。
おれは姉上の体の余韻に浸りながら、今、おれと姉上の間で何かが変わっていった事を強く感じた。
このような不義を書に記すべきではないことは重々承知している。
だが、おれの人生で最も幸せで輝いた刻であり、おれの真実の想いでもある。
そして姉上の、汐永藤月という女の、誰よりも精一杯生きるという強い想いの証、決意の証を残すために、あえてここに記すこととする。




