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戦ぎの淡い影 ― 平安戦御体戦記  作者: ひろくま
第三章 芽吹

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82 芽吹ノ章 九

織部綴師(おりべてつし)殿でありますか?」

船から降りてきた、いかにも職人、と言った風情の男に声をかけた。

「いかにも。霞宗近殿の使いのものかね?」

「はい。お待ちしておりました。」

織部綴師は宗近殿が何とか衆というところから借り受けた御体匠らしい。

作務衣(さむえ)に伸び放題の白髪。髭も好き勝手な方向へ伸びている。

弟子らしき男たちが数人、荷物を抱えて船からぞろぞろ降りてくる。

「この先に牛車(ぎゅうしゃ)を用意しています。そちらへどうぞ」

「うむ」

綴師は足が悪いのか、右足を引きずりながら歩いていく。

「・・・・で・・・・・・」

肝心の戦御体だ。

おれは船の中へ入る。昼間だが船倉は薄暗い。

そして、それは船倉の奥にじっと佇んでいた。

「・・・これが・・・戦御体・・・・」

確かに人の三倍はある高さと、社の御神木ほどある太い四肢。

首はないが明らかに人型をしていて、近くに行くのをためらわれるほど威圧感を感じる。

全身白一色で、薄暗さの中でゆらり、と浮き上がって見える。

「これが・・・戦御体・・・」

「あんた、戦御体見るの初めてか?」

後ろから不意に声がした。

「あ、はい。初めてで・・・圧倒されました」

「そうかい。でも、動かせるんだろ?」

小柄な若い男。綴師と同じような作務衣を着ているから、弟子か何かだろう。

「いやいや!初めて見たのに、動かすなんて!」

「・・・でも、あんたに石が反応してるけどなぁ?」

「石?」

「ああ。試しに繰り座に座ってみな」

「はあ?」

「どっちにしろ、このまま船に乗せとくわけにゃいかねえからな。降ろさねえと」

男に言われ、おれは縄梯子(なわばしご)を昇って戦御体の腹の部分にある繰り座と呼ばれる場所へ座る。

「で、どうしたらよいのです?」

「その緑の石を両手で握ってみな!」

手元を見ると、左右に拳ほどの緑色の石が据え付けられている。

「・・・これを、握る?」

試に握ってみる。

え?何だ?

何かに吸い込まれる。視界が暗転する。

浮いているような不思議な感覚。

目を開ける。いや、目は開いている。

視界がやけに高い。さっきまで隣にいた男を上から見下ろしている。

「ひええええ!?」

おれの悲鳴だ。

「ほら見ろ、出来たでねえか!外へ出な!船壊さねえようにな!」

「そそそ、そんなこと言っても・・・。」

そおっと右腕を動かす。一拍遅れて、自分の腕の代わりに戦御体の右腕が軋みながら動く。

何だ、これは?自分の腕を動かしているのに、違うものが・・・。

「ひぇぇぇぇぇぇぇ・・・・・」

もう、口からは悲鳴しか出ない。

右足を上げて・・・・。一歩、前に出る。

「・・・怖いぃぃぃ!!」

「なんでもええから、とっとと船から降りな!」



その男は織部久馬(おりべきゅうま)と名乗った。

だが、そんなことどうでもいいくらいおれは怖かった。

船の甲板の木材を数本へし折った後、ようやく戦御体を地面に降ろした。

「き、久馬殿はこれに乗れるのですか?」

「乗れたら作ってねえよ!」

・・・そうか。

・・・そうか?



だが、道を進むにつれ少しづつ感覚がわかってきた。

体が三倍に膨れ上がった・・・というと語弊があるが、他に言葉で言い表せない。

伸びている木の枝に肩が触れると痛いし、石を踏むと足の裏に硬さが伝わる。

普段自分の手足を動かすのと同じではあるが、自身の体より腕や脚の重みを感じる。

しばらく歩いただけで、ぜえぜえと息が切れた。

「久馬殿、ちょ、ちょっと休んでもよいでしょうか?」

「ああ、最初は酔うからな。休みながら行きな」

「酔う?」

「霊力が切れると、酒に酔ったみたいになるんだと。おれみたいに霊力のかけらもない奴にはわかんねぇけどな」

「・・・そうなんですか」

そう言われると、頭がふわふわしている気がする。あれ?あれ?

急に目の前が暗転した。




「おい、大丈夫か?」

目を開けると、久馬殿の姿。

「あれ?おれは一体?」

「繰り座から出てきたと思ったら急にぶっ倒れてよ。びっくりしたぜ!」

「あ、ああ。すみませんでした。急に意識が・・・」

「言ってる傍からその調子じゃ、先が思いやられるな。もっと鍛えなくちゃなんねぇな」

「はい・・・すみません」

そういえば最近は暮時(くれどき)の鍛錬をしていなかったな。姉上が来ると、いつも部屋に籠っていた。

明日から、ちゃんとやろう。

筆を木刀に持ち替えよう。



そんなこんなでようやく室山に着いたときには、陽が赤く傾いていた。

戦御体に乗って町の中に入って行くと、面白いように町の皆が逃げ出した。

「鬼だ!鬼が出た!」

「助けて!助けて―!!」

そんな悲鳴があちこちで起こる。

・・・ふふん、鬼が人里を襲うというのがちょっとわかる気がする。みんなが怖がって逃げるのが、自分が強くなったみたいで少し気持ちいい。

「わるいごいねぇがー!」

「きゃー!!」

蜘蛛の子を散らすように皆が逃げていく。

気持ちいい・・・・。

と、悦に入っていると・・・・目の前が真っ暗に・・・・。


「もう、いい加減にしてくれねぇかな。あと少しだぜぇ?」

また霊力が切れたのか・・・。

兼信殿の建てた御造所は目の前に見えているが、あと少しが遠い・・・。





「ふーん・・・で?」

姉上がいつものようにおれのところへ来た。

だが、いつものようにおれにもたれかかってこない。

「ええと、それで戦御体というのはですね・・・」

「そんなこと聞いてないでしょ?」

ちょっとひきつった笑顔を作る姉上。その笑顔が一番怖いことをおれは知っている。

「ええと・・・・あの・・・何の話で・・・・」

「・・・ええとね、じゃあ、・・・もう一度教えてあげるね?義陽が、実の姉に好きと言っておきながら、その舌の根も乾かないうちに義理の姉と婚約を交わすまでに、いったいどのような心境の変化があったのかなーって知りたいのだけどぉ!?」

今まで見た中で一番の怒りの表情。

「あ・・・はい。ええと・・・、その・・・・いいなって・・・・」

「何が良かったのかしらぁ!?」

「い、いててて!」

いつもより頬をつねる力が強い。

「ふん!でも、仕方ないわね。いつかは義陽だって嫁を貰うんだし」

そう言いつつも、頬をつねるのは止めない。

「いひ、ひょひへも」

「なんですって?」

ようやくおれの頬から手を離す。

「でも、妙珠殿があまりにも不憫というか・・・可憐というか・・・」

「はい!?」

ぎろっ!

「すみません・・・」

ああ、これでは父上と同じだ!ようやくわかった、父上の気持ち!今まで情けないとか書いてごめんなさい!

「まったく・・・・。大事にしてあげないと駄目よ。兄上みたいに、いなくなったりしちゃ・・・・」

言いかけて、言葉を切る。

・・・・急な沈黙。

「大丈夫です。おれはいなくなったりしない」

そう言って、姉上を抱き締める。

姉上の流れる黒髪がおれの顔に触れる。この香り。姉上の香り。

「約束だからね」

姉上はそう言って、おれの胸に顔を埋めた。



「で、妙珠殿はいつこちらへ来るの?」

「畑の野菜の収穫が終わり次第、こちらへ来ると言っておりましたよ」

「ふふ・・・。あの子らしいね」

「どういう意味ですか?」

「義陽より野菜が大事なんでしょ?」

「はあ・・・」

そう言っていつかのように、べぇ、と舌を見せて姉上は行ってしまった。

不思議だが、おれと妙珠殿が夫婦になるのを楽しみにしているように感じた。

・・・おれの身勝手な解釈だろうか?

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