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戦ぎの淡い影 ― 平安戦御体戦記  作者: ひろくま
第三章 芽吹

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81 芽吹ノ章 八

・・・・あの人、ほんとに考えて言っているのか、怪しくなってきた。

乗ってみて動かなかったらどうするのだ?

そもそもおれに、霊力(れいりき)とかいうものがあるとは思えない。

あるならもっと何かこう・・・・あるでしょ。ある人なりの何かが。

おれには人より秀でたものなど、何もないというのに。

とはいえ、大将の命令には背けないので霜田港(しもだみなと)まで来た。

船はまだ数日着かないそうなので、前にここで住んでいた頃の屋敷を覗いてみようと思いたった。

今は妙珠(みょうじゅ)殿がひとりで暮らしている。

兄上がいなくなり、汐永の家にいられなかったのだろう。

元の兼信殿のところにも戻れず、ここに住むように父上が手配した。


「・・・懐かしいな」

門を抜けて庭に入る。姉上と兄上、おれの三人でここでよく遊んだ。

毬をついたり、草で笛を吹いたり・・・。

姉上がおれの世話ばかり焼いているから、いつも兄上が怒っていたっけ。

兄上・・・・。



「そんなに竹丸(たけまる)ををあまやかすな!」

「何でよ!兄上には関係ないでしょ!竹丸はかわいいの!」


竹丸・・・おれの幼名だ。

あの頃、姉上はおれにべったりだった。

・・・うん、今もだが・・・。




「あ・・・・・・」

不意に声がした。振り向くと、妙珠殿が後ろに立っていた。

「ああ、妙珠殿。すみません、勝手に入ってしまって」

「いえ、構いません。わたしが勝手に住まわせてもらっているのですから・・・」

そう言って少しはにかむ。

「近くに来たので、寄らせてもらいました。懐かしいです。まだここを出てからそんなに経っていないのに」

そう言うと、妙珠殿はにっこりして、おれに縁側に座るよう勧めた。

「白湯でよろしければご用意いたしますね」

「あ、ああ。すみません」

いつも俺が書を書いていた部屋の縁側だ。ここからは塀が低いので、伊豆の海が見える。

「いつも、この部屋を使わせていただいているのです」

「そうなのですか。ここは以前おれが使っていた部屋です」

「あら、そうなんですね。ここは海が見えるので、一番景色が良くて・・・」

妙珠殿は海を見つめる。

以前室山にいた時は、こんな風に空を見上げている姿を見たことがない。いつも(うつむ)いて頼りなげにしていた。あの天女のような美しさから、やや所帯(しょたい)じみてきた感じはする。ここの暮らしが気に入っているのだろうか。それとも・・・。

「妙珠殿・・・・」

「はい?」

「兄上のことは残念だった。おれも悲しかった。だけど、妙珠殿はまだ若いし、こんなに美しい。天女様には違いない。ひとり、こんな何もないところでこの先の余生を送るのはもったいないと思う。兄上に遠慮することなく、良い方を見つけてみてはどうですか?」

「・・・・・」

「すみません。おれなんかが勝手なこと言って・・・。でも、妙珠殿、きっと誰もがうらやむような嫁になると思いまして・・・」

「・・・本当でしょうか?」

「ええ、もちろん。この屋敷も、庭も、おひとりなのにこんなに綺麗に手入れされておられますし。それに、おれは嘘で人を褒められるほど頭が良くないので」

「あの・・・えと・・・・・」

また俯いてしまった。余計なことを言ってしまったかな、と思った。

本心だったが、まだ妙珠殿にしてみれば心の傷の癒えない頃だったかもしれない。

「お節介でしたね。本当にすみません」

「えと・・・いえ、そうではなくて・・・・」

「はい?」

「あの・・・しばらく霜田にご在居されますか?」

俯いて小さな声で言う。

「あ、はい。四日後に船が着くそうなので、それまで・・・・」

「では・・・それまで、ここに・・・この家に、お通いくださいますか?」

妙珠殿、耳まで真っ赤だ。

「はい。妙珠殿さえよろしければ。毎日、様子(うかが)いにまいりますね」

「・・・ありがとうございます。・・・では今宵(こよい)、お待ちしております・・・」

「はい。またあとで」



そう言って、おれは屋敷を出た。

まだ船は来ないが、戦御体というのはかなり大きなものらしいので、地面を固めたり船着き場を強くするための人足を集めたりしなくてはならない。

仕事は多い。

・・・ちょっと待て。

さっき、妙珠殿、何と言った?

『今宵、お待ちしております・・・』

は?今宵?

それって・・・・。


都の貴族の間では、男性が女性の家に三晩通うと、婚姻が成立するという習わしがある。


・・・汐永は武家だから、婚姻は普通、親が決める。だから、関係ないと思っていた。

ええと・・・・ええと・・・・。

どういうことだ!?



辺りはすっかり暗くなった。

「お待ちしております」

・・・そう言ってたからなぁ。待ちぼうけさせてはかわいそうだ。

だけど・・・・だけど・・・・・。いいのか?

兄上がもういないとはいえ、義姉と二人で一晩同じ屋根の下・・・。

ああ、そうか。歳は下だが、妙珠殿は義姉!となれば、家の一族と同じ。深く考える必要もあるまい!



・・・・そう思っていたのだが。

いざ、灯台の明かりを前にして、二人で同じ部屋にいるとかなり気まずい。

「あの・・・・ありがとうございます。来ていただいて・・・」

俯いて、小声で話す妙珠殿。

「い、いや、それはこちらこそ・・・ええと、あの、なんですね。夜は・・・暗いですね」

「は、はい・・・・。だいたい夜は暗いです」

「そ、そうなんですかぁ・・・!知らなかったなー!!ははは・・・・」

もう、何を喋っているのかわからない。

「だいぶ、お疲れのようですね・・・・」

「す、すみません・・・・・」

「では、お休みください。お布団をご用意しますので・・・」

慣れた手つきで床を敷く。

「あ、あ、あ、あ、ああ、はい。お構いなく・・・」



「では、ごゆっくり」

そう言って妙珠殿は違う部屋に行ってしまった。

・・・そうですよね。そりゃそうですよ。



「おはようございます。朝餉(あさげ)の支度をいたしますね」

(そで)を縛って、頬被(ほっかむ)りした姿の妙珠殿。やはり可憐だ。朝からこの目の保養は役得というしかない。


「また今宵、お待ちしております」

朝餉の後、そう言って送り出されてしまった。

・・・なんだろう、この、心が弾む感じは・・・。




『・・・はやく帰ってきなさい!(怒り)』

そんな姉上の声が聞こえてきそうだ。

ええと、姉上、あなたの旦那のせいで帰れません。ごめんなさい。





「お帰りなさいませ。夕餉(ゆうげ)の支度、出来ております。大根汁、冷めてしまったので温めますね」

「は、はい。ありがとうございます!」

ついつい背筋を伸ばしてしまう。


「今宵は湯殿を沸かそうと思い、水を汲んでおきました。釜に火を入れますので、少しお待ちください」

「あ、いや、それはおれが・・・」

「いーえ!義陽様はお疲れなのですから、わたしにお任せくださいませ!」

「は、はい。ありがとう・・・ございます・・・」



なんか、申し訳ない。



久しぶりに湯殿を使った。気持ちがいい。

「お湯はいかがですか?」

外から妙珠殿の声。

「はい。とても心地よいです」

「よかったです!」





『・・・・・・怒怒怒怒!』

だから姉上、仕事ですってば!




翌朝も、「また今宵お待ちしております」と言って送り出されてしまった。


ああ、兄上。今更ながら、うらやましい。





その夜、おれは妙珠殿と向かい合って、話をすることにした。

「明日、港に船が着きます」

「・・・・そうですか・・・・・」

「その船の荷を持って、おれは明日、室山に帰ります」

「はい・・・・」

「妙珠殿、ひとつお聞かせ願いたい」

「はい。何でしょう?」

「なぜ、おれを毎夜、ここへ通わせたのですか?」

「・・・・・いけませんでしたでしょうか?」

不安そうな顔でおれを見上げる。

「いいえ。逆です」

「・・・・・・・・・・・・・」

「もう、ひとりでの暮らしはできそうにありません。妙珠殿、あなたのせいです」

「・・・それは・・・その・・・・」

「おれと、婚儀を結んでください。お願いします」

おれは両手をついて頭を下げた。

「え!?あの、頭をお上げください!そんな!」

「・・・だめでしょうか?」

「・・・・・お願いします・・・・・」

妙珠殿は手の先まで真っ赤に染まっていた。



『へー・・・・よかったねー(怒り)』

姉上・・・ごめんなさい。

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