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戦ぎの淡い影 ― 平安戦御体戦記  作者: ひろくま
第三章 芽吹

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80 芽吹ノ章 七

それから姉上はおれのところへあまり来なくなった。

やってきてもほとんど話さず、おれの肩にもたれかかってぼんやりと遠くを見ている。



ある日の夕刻だった。暗くなってきたので、おれは灯台に明かりをつけて筆を持った。

すると、いつものようにするすると姉上が入ってきて、何も言わずにおれの肩にもたれかかった。

「・・・姉上」

「なあに?」

「姉上がそうしていると、汐永(しおなが)は火が消えたみたいです」

「・・・・」

「おれは早く、おれの邪魔ばかりする姉上に会いたいです」

「・・・・そうだよね。でも・・・・」

「でも?」

姉上は振り向いて、息が軽くかかるくらいまで顔を近づけてきた。

「兄上だけじゃなくて、義陽(よしはる)までいなくなったら・・・って。あの時思って・・・わたし、怖くて怖くて・・・。もう、義陽も戻ってこないのじゃないかと・・・」

初めて見た姉上の哀しい目。今までそんな顔を見せたことがないのに。

まだおれの知らない顔を持っていたんだと、その時知った。


その瞬間、とても特別な何かがおれの中で渦を巻いた。

姉上に触れたい。

とても愛おしく思った。愛したくてたまらなくなった。

姉上じゃない、汐永藤月(ふじつき)という女のことがたまらなく愛おしく感じた。

愛しさが他のすべての感情を塗りつぶした。うしろめたさ、喪失感、悲しさ。

そんなものはもうない。おれの前にいる、この人を愛したいという気持ちしかなかった。

おれの一番近くにいる人。

おれのことを、いつも一番に心配してくれる人。

おれにとって特別な人。


おれは姉上の頬に触れた。

こんなに柔らかい。

触れるのは初めてじゃないはずなのに。

少し頬が赤みを帯びてきた。

それでも姉上の目はまっすぐおれを見ている。

目の中のおれは少し潤んでいた。

そして、その目をゆっくりと閉じた。


姉上の唇が何か言おうと動きかけたとき、おれは唇でそれを塞いだ。

驚いたように離そうとしたから、おれは両腕で姉上を抱きしめた。

離したくなかった。

今までずっと、こうしたかった。

今はずっと、こうしていたい。

もう、気持ちを抑えきれなかった。

細い肩を強く抱き寄せる。

姉上の香りがおれの中に満ちてくる。

懐かしさと哀しみに満ちた香り。



どれくらいの刻が経っただろう。

ゆっくりと唇を離す。

姉上は目を開けておれをまっすぐ見つめる。

頬はほんのり赤く紅潮して、熱のある吐息が吐き出される。

とてもとても小さな(かす)れた声で、おれの名を呼んだ。

「義陽・・・・」

そして姉上はゆっくりと、手をおれの頬にあてて・・・・。



ぱしっ!!



ひっぱたいた。


「痛い!?」

「まったく、調子乗らないで!わたしはこう見えても霞総大将の妻ですからね!」

「で、でも・・・・」

「何?またひっぱたかれたいの!?」

「す、すみません」

「次からはちゃんと許しを得てからにしてちょうだい!」

え?

そう言ってそそくさと姉上は出て行った。

廊下を走る足音が遠ざかっていく。



その瞬間、ひどい罪悪感に(さいな)まれた。頭を抱えて転げ回る。

あー、やってしまった・・・。

・・・明日から、気まずいかな・・・・。

そんなことを思いながら、姉上の唇の感触を忘れられずにいた。

姉上はどう思っていただろう?




次の日、昼間から姉上はおれの書の邪魔をしに来た。

そしてまた何も言わず、おれの肩にもたれかかると、おれの頬をつねった。

「いたた・・・。何でしょう、いきなり」

「何か、言いなさい」

「・・・昨夜はごめんなさい」

「謝ってほしいのじゃないのだけど?」

「ええと。好きです」

「よろしい」

今度は姉上から唇を重ねてきた。



「姉上からするときは、許しはいらないので?」

「あたりまえでしょ!」

それからというもの、以前よりもおれの筆の邪魔をするようになった。





「ともかく、戦御体の入手が急務だ」

宗近殿が、おれと父上、兼信殿を集めて言った。

伊豆の北を走る街道は、畑松によって封鎖されてしまった。それにより伊豆霞領に入って来る物資は限りがある。以前の汐永領で使っていた霜田(しもだ)港が唯一の搬入口となっている。

「そこで、おれがある者たちに頼み、御体を一体、御体匠を一人ここへ呼んだ」

宗近殿は伊豆の地図を広げ、霜田港を示した。

「近いうちにこの霜田港に御体と御体匠を乗せた船が着く。そこで、義陽に迎えに行ってほしい」

「・・・またですか?」

「まただ。兼信殿はこのまま御造所の造営を続けてもらう。その間の(まつりごと)はおれと絃眉(げんび)殿で行う。よいか?」

「お任せくだされ!わしもまだまだやれるんじゃ!」

父上がどんと胸を叩く。

・・・心配だ。

「ですが宗近殿、戦御体が来たとて、()り手はおりますのか?」

兼信殿が言う。

「繰り手とは?」

おれにはわからない言葉ばかりだ。

「繰り手とは、御体を動かせる力・・・霊力(れいりき)というが、その力を持った者のことだ。霊力を持った者が御体の御霊石に触れなければ、戦御体は動かぬ」

「ほお・・・」

兼信殿の説明はいつもわかりやすい。それに対し、宗近殿の説明はいつも訳がわからん。

・・・・ちょっと待て。

「あの、おれが港まで戦御体を取りに行く・・・・。戦御体は霊力がないと動かない?」

「そうだ」

事も無げに頷く宗近殿。

「で、おれはどうやってここまで戦御体を運んでくるのですか?」

「わかりきったこと。乗ってくればよい」

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