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戦ぎの淡い影 ― 平安戦御体戦記  作者: ひろくま
第三章 芽吹

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79 芽吹ノ章 六

諏訪(すわ)までの道のりは遠い。

ひとりで昼夜問わずの山越えはできないので、街道を西へ進む。

静かな砂浜を、馬を引いて歩く。

「富士をこんなに近くで見たのは初めてだな」

子供の頃から富士山は見ていたが、こんなに近くまで来たのは初めてだ。当然だが、やはり大きい。圧巻の景色だ。

ふと、姉上にも見せてやりたいと思った。

・・・帰ったら、話だけでもしてやろう。




三日目。

ここまでは天気も良く順調だったが、富士川の渡しの前で雨になり足留めとなった。なかなか止む様子もない。

仕方なく近くの寺で一晩厄介(やっかい)になることにした。そこには二人先客がいて、どうやら旅の商い人(あきないにん)らしかった。彼らも渡しが出ないので足留めなのだろう。

「いくらか前の話だが、伊豆のなんとかって偉い人になんとか石を持ってこいって言われてな」

「石?石なんて買うやつがいるのかね?」

「それが、なんていったかなぁ。みたま?緑の石で、佐渡でしか採れないらしいんだよ」

みたま・・・?

「へぇ。じゃあおれも石を拾って売りに行くかな」

「気をつけろよ。あの武家さん、気性が荒かったからな。・・・なんて言ったかなぁ。畑とかなんとか」

「畑松か?」

おれは思わず身を乗り出した。

「お、おう!そうだ!畑松!」

「そして、石の名は御霊石?」

「なんだ、あんた知ってるのかい?」

「他にも鉄や樫を買わなかったか?」

「・・・あんた、見てたのか?」

なんてことだ!?

「それでよ、二日ほど前に、そのなんとか石を、また持っていったんだ。そしたら武家さんがいっぱいいてよ!ありゃ(いくさ)だなぁ!」

「二日前!?」

おれが伊豆を出た翌日・・・。畑松が霞に兵を出した!?

「それは本当か?」

「ああ、間違いないよ。ありゃ戦だ」

目の前が真っ暗になった。

・・・どうする!?今から戻って・・・。

どう考えても間に合わない。

諏訪に行って助けを求める?

無理だろう。諏訪霞家にはこちらを助ける理由がない。それに、諏訪まではあと五日以上はかかる。

・・・・畑松が戦御体を作っていた?



不意に、姉上の顔が浮かぶ。

「日が暮れる前には帰ってきてね。寂しいから・・・」



悩むより早く、おれは馬に飛び乗り、来た道を引き返した。

雨は一層強くなった。






二日後の夕刻、おれは室山に着いた。三日かけて進んだ道のりを二日で戻って来たことになる。

流石に馬に揺られすぎて尻が痛い。

「父上!母上!!」

屋敷に入り、大声で皆を探す。

人の気配が少ない。

「義陽!」

「父上、母上!」

母上がおれを抱き留める。

「よかった!無事に帰ってこられたのですね!」

「義陽・・・よく無事に帰ってきてくれた・・・」

父上も母上もおれに縋りつく。

「父上、途中で畑松が戦の支度をしていると聞いて急ぎ戻ってきました。兄上たちは?」

「典崇と宗近殿は兼信殿と一緒に美島(みしま)へ向かったのじゃ!もう何日もになるが、戻って来んのじゃ!」

・・・行き違いだったか!

急いでいたので、山道を飛ばしてきてしまった。街道を通っていれば、行軍に気づいたかもしれない。

ここ、室山から美島までは馬の足なら一日とかからない。戻ってこないということは・・・。

「おれも行きます。母上、鎧を着せてください!」

おれが言うと、母上は首を横に振った。

「なりません!今更おまえひとり行ってどうなるというのです!」

「しかし!」

その時、庭のところでばたっと何かが落ちる音がした。

見ると、姉上がは畑から戻ってきたようで、手に持っていた野菜の入った籠を落とした音だった。

「義陽っ!!」

「・・・姉上」

姉上は草履をはいたまま座敷に跳び上がると、おれに抱き着いた。

そして声をあげて泣き出した。

「姉上・・・・・。すみません。おれも兄上たちの後を追おうと思います」

おれがそう言うと、姉上は首を横に振って、いっそう強く抱きついてきた。

「・・・行かないで・・・・・」

姉上が泣きながら言ったので、おれはそれ以上何も言えなくなってしまった。

父上も肩を落とし、母上も着物の袖で目を拭った。

少し離れたところに妙珠殿がいることに気づいたが、今は声をかけられなかった。






宗近殿と兼信殿が戻ってきたのは、それからさらに二日後だった。

姉上、父上、母上も喜んで出迎えたが、事実は喜ぶべきものではなかった。




おれが旅に出ていた五日間、伊豆で何が起きていたか、宗近殿や姉上の話をまとめて、おれなりに解釈して記しておく。


おれが伊豆を出たその日の昼頃。

畑松が兵を連れて北上したという知らせが入った。

間違いなく伊豆霞家の領地から北上する街道を押さえるためだ。そうなれば伊豆の霞家は完全に孤立する。食糧や人の出入りもなくなれば国力が落ち、自滅する。

宗近殿は、兼信殿を中心として二千の兵をまとめ、自らを総大将として室山を発った。

翌日、両軍は美島の荒れ地で対峙することになった。

こちらが二千、敵は千五百ほどだと聞いていたそうだ。

だが、こちらは老兵ばかり。そして敵には、あの鬼がいたそうだ。

戦御体ーーー。そう呼ばれている。

人の三倍ほどの大きさを持つ人型をしており、人が中に入って動かす。

その力は熊を越え、矢を跳ね返す。その拳は一撃で人ひとりを肉塊に変える。

あっという間に窮地に追い込まれ、兄上は宗近殿を逃がすために囮になったそうだ。

その後の行方はわからない。

だが、兵の中に最後に兄上に会ったという者がいて、これを託されたと言い、紙包みを取り出した。

そこには、髪の束が包まれていた。





「兄上のものだろうか?」

おれはその髪の束を、そっと妙珠殿に見せた。

「・・・はい。髪の縛り紐は・・・殿のものです」

「・・・・そうですか」

おれがつぶやくと、妙珠殿は急に力が抜けたように倒れかけた。

おれは咄嗟に妙珠殿を抱える。

「・・・妙珠殿!」

「・・・・ごめんなさい・・・・わたし・・・・・」

「少し横になられよ」

おれはそう言って女房を呼び、後を任せた。


「ごめんなさい・・・・ごめんなさい・・・・・」

ずっと、妙珠殿は泣きながらそう言っていた。


この日のことは、今はこれ以上書けない。

いずれ、もっと詳細に書ける日が来るだろうか。

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