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戦ぎの淡い影 ― 平安戦御体戦記  作者: ひろくま
第三章 芽吹

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78 芽吹ノ章 伍

諏訪(すわ)の霞家が近頃、御霊石(みたまいし)と鉄と樫の木を買い集めたと聞いた」

宗近殿は事も無げに言った。

おれと兄上は顔を見合わせる。

「ええと・・・それはどういう?」

「おそらく・・・いや、間違いなく戦御体を作っているのだろう」

兄上が聞くと、宗近殿は表情を変えずに言う。

「あの・・・戦御体とは、その・・・鉄と木と・・・なんとか石?を使うものですか?」

「知らぬのも無理はないだろうな。おれも伊豆へ来てから一度も見ていない。だが、この先(いくさ)をするなら御体は必要だ。一体の戦御体は千人の兵に値する」

・・・そんなすごいものが?

にわかには信じられないし、そもそも鉄と木と石に人が乗るということに違和感しかない。

「おれが書状を(したた)める。それをもって諏訪に行け、義陽(よしはる)

宗近殿はそう言うと、自分の前に墨と筆を並べた。

・・・え?最後、何と?

「え?・・・今、何とおっしゃいましたか?」

「諏訪に行け、義陽。と言ったのだ」

よしはる・・・たぶん、おれの名だ。いや、おれの名で間違いない。

「お、おれが行くのですか?ひとりで?」

「そうだ。誰か供が必要か?」

「いえ、そうではなくて・・・兄上でも兼信殿でもなくて・・・」

「お前だ、義陽」

宗近殿の顔に冗談はなかった。






「ああ・・・ひとりで諏訪まで・・・・」

「ああ・・・義陽がお使いに・・・・」

・・・・・・。

「おれに出来るだろうか・・・・」

「わたしはひとりぼっち・・・・」

・・・・・・。

「あの、姉上」

「なあに、義陽?」

「おれの気持ちを勝手に上塗りしないでいただきたい」

いつものように、おれにもたれかかってくる姉上。

「だって、わたしの遊び相手が遠くにお使いに行ってしまうのよ?寂しくなるじゃない?」

「おれは姉上の遊び相手じゃないです」

「でも、心配だわ」

「・・・心配してくれるのですか?」

「当たり前でしょ!あなたの心配してあげられるのは、この世でわたしだけなのよ!?」

・・・うれしくない事実だ。

「それはどうも」

「わたしも一緒に行ってあげようか?」

「ご辞退申し上げます」

「本気で言ってないわよ」

「わかっております」




翌朝、まだ日が明けきっていないうちにおれは屋敷を出た。

姉上だけが見送りに起きてくれた。

「はい。途中でちゃんと食べるのよ」

干飯(ほしいい)を木の皮で包んだものを朝早くから用意してくれたらしい。

「ありがとう。いい嫁になりそうだね」

「皮肉はいいから、ちゃんと日が暮れる前には帰ってきてね。寂しいから」

「無理を言わないで・・・」

いつも通りのやり取りの後、おれは馬に跨って進み出した。

姉上が遠くなって、見えなくなるまで手を振ってくれる。


皆で土を運んだ畑の横を通る。

しっかり面倒を見ているせいか、運んだ土の成果なのか、(うり)がたわわに実っている。

ひとつ持って行こうかな・・・と考えていると、薄暗い中、人影が見えた。

このような時間に畑に人が・・・?

畑泥棒か!?

いや・・・小袖で頬被りをしているが、その姿は小柄。そして気品あふれ、瓜をとる指先まで美しい。

「・・・あの・・・・・」

「ひぃっ!?」

なぜ、声をかけたかおれ自身もわからない。

妙珠(みょうじゅ)殿は身をこわばらせ、取りかけていた瓜を落とす。

「あ、あの・・・すみません。驚かすつもりじゃなかった!」

「・・・・・」

しばらく怯える目でおれを見た後、踵を返して逃げ出す。

「あ、待って!逃げないで・・・ください!」

妙珠殿は少し走ったところで立ち止まり、振り向いてこちらを見た。

そして、ほぼ聞き取れない声で「すみません」と言った。

瓜の入った(かご)を両腕で胸に抱えながら、ゆっくりと戻ってくる。

「すみません・・・。今から旅に出るので、瓜を一つ持って行こうかと思い・・・」

「・・・・はい、どうぞ」

瓜を一つ、差し出す。

「あ・・・・、ありがとう。こんな早くに、ひとりで畑に?」

「・・・・はい」

「・・・・・・」

「・・・・・・・」

・・・話が続かない。このまま、立ち去るべきか!?

などと考えていると、妙珠殿が口を開いた。

「あの・・・・・」

「はい?」

「わたし、畑の仕事、できなくて。いつも母様に叱られて・・・それで、皆が起きてくる前に・・・・・」

「あ、ああ。そうでしたか。でも、気にすることないですよ。母上は口は悪いですが、悪いところは口だけじゃないので・・・いやそうではなくて、悪い人ではないですから」

「・・・・ふふっ、はい」

・・・やっと笑ってくれた。初めて見る義姉の笑顔。あまりに眩しいのは、朝日のせいだけではないだろう。

「わたし、本当に駄目で・・・。何もうまくできないので、迷惑ばかりかけて・・・。それで、少しでも役に立ちたくて・・・・」

一瞬の笑顔の後、また下を向いてしまった。

「殿にも迷惑を・・・夜のお務めもうまくできなくて・・・」

あ、それはあまり言わない方が・・・。

「わたしなどがここにいてよろしいのかと、苦しくてならなくて・・・・」

俯いているからわからないが、目を潤ませているように感じる。

「いいですか、妙珠殿」

「はい」

顔をおれに向ける。やはり目が赤い。

「瓜というのは青い。だから熟すのを待ちますが、待っていると誰かが持っていくのです」

「・・・泥棒ですか?」

「いえ、ええと・・・最後まで聞いてください。それで、畑に瓜はなくなって、瓜というのはそういうものだという常識が残るのです」

「?」

心底困った顔をする。確かに意味がわからない。宗近殿、やはり意味がわからないですよ?

「ええと・・・・・ここまでのことは忘れてください。・・・そうでなくて、先ほど、一瞬ですが、おれに笑ってくれましたよね。おれは妙珠殿の先ほどの笑顔で、とても嫌なこの旅が、やっていけそうな気になりました。帰ってくるのが楽しみになりました。その・・・妙珠殿は天女様なのですから」

そう言うと、はっとした顔でおれを見る。

「覚えていていただけましたか?」

「・・・ごめんなさい。あの時は驚いてしまって・・・・」

「いや、だいじょうぶですよ」

おれも笑顔を作る。あまりやったことのない笑顔だから、かなりぎこちなかっただろう。

「あの時は、本物の天女様と思いました。あまりに美しかったので」

「そ、そんな!」

ぶんぶんと首を横に振る。

「それに、毎日こんな朝早くから妙珠殿が水をやり世話をしたから、この瓜はこんなに立派になったのでしょう?妙珠殿も然りです。毎日頑張っているから、きっと立派になれます。・・・おれは汐永で一番頼りなくて立場も弱いですが、おれでよければいつでも力になりますよ」

「・・・ありがとうございます。少し元気出ました」

そう言って頭を下げる。

「あ、頭をあげてください。おれなんかに・・・」

”少し”でも、元気が出たならいいか。

顔をあげた妙珠殿は、とてもいい笑顔だったから。



そのあとおれは、馬に前後逆に跨ったり、鞍から滑り落ちたりしたあと、再度出発した。

姉上の飯と、妙珠殿の瓜、どちらを先に食べようかと悩みながら。

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