77 芽吹ノ章 四
「いやです!!なぜわたしがこんなところにあの人と二人で野良仕事をするために残るのですか!?」
母上は父上と屋敷に残ることを断固拒否した。姉上の気性は、母親譲りらしい。
「いや、しかし・・・畑の野菜が・・・・」
ぎろっ!?
「しゅん・・・」
「はぁ・・・・。ですが父上、室山でも野菜は育てられると思いますよ」
試に提案してみる。
「・・・何を言う、義陽。この屋敷の畑はわが先祖から代々受け継がれ、何十年もかけて土を肥やした大切な畑じゃ!」
「では土を運んだらどうですか?」
「・・・・そうじゃ!その通りじゃ!!さすが義陽!わが息子じゃな!!」
軽い冗談のつもりだったが、本当に土を運ぶことになるとは思わなかった。
人足たちの力も借りて、土を掘り返して布袋に詰めて荷車で運ぶ。
「義陽!何でこんなこと!もう二度と父上に変なこと言うなよ!」
兄上はおれの顔を見るたびに文句を言った。
「おれだって、まさか父上が本当にやれというとは!」
ふたりとも、上半身裸で泥まみれになっている。
人足たちと一緒になって体を動かすのも悪くはないと最初は思ったが、これが四日も続くとさすがに逃げ出したくなってきた。
「屯食ですよー!みな、手を止めなさい!」
姉上が強飯を握ってくれた。人足たちと一緒になって汗をぬぐいながら屯食にかぶりつく。塩が効いていて、からっぽの腹の中に染みる。うまい。
「藤月殿、かたじけない!」
「藤月殿の屯食が一番うまい!」
姉上は人足たちにひどく人気がある。昔から姉上は人と距離を置かない性格だからだと思う。
「義陽、もっと食べなさいね!あなた、この中で一番体がひょろひょろですよ!」
姉上が皆の前で大声で言うので、皆がどっと笑う。
「・・・・・・・・」
返す言葉がない。
こうして汐永家は、霞兼信の領地に同居する形になった。
兼信殿は宗近殿の顔を見るなり、宗矢殿の面影があります。と言って涙した。
霞宗矢は皇族の跡目争いの戦に負けて、大島に流され、そこで亡くなったらしい。
宗近殿の腹違いの兄ということだ。
宗近殿の話だと、もう一人の兄は処刑され、同腹の弟は蔵馬の尼寺に預けられているらしい。おそらく、元服と同時に処刑されるだろうと言っていた。何のために生かされているのか、不憫な話だ。
もう一人、姉がいるらしいが、ほぼ会ったことはないと言っていた。
「前の家の方が落ち着くわねー。ここは慣れないわ」
せっかく筆が進んできたところなのに、姉上がまた邪魔しに来た。
「義陽、兄上の嫁になる人、見たことあるんでしょ?どんな人?」
また頬が触れるくらいまですり寄ってきた。
「ちらとしか見てません。それに、ずっと顔を伏せていらしたので・・・」
「ふーん。綺麗な娘なんでしょ?」
「・・・まぁ」
「・・・・・義陽が認めるなら相当ね!?」
「何ですか?それは」
「だって、義陽はおなごに興味ないでしょ?」
「何を言いますか。おれもひとかどの男ですよ・・・」
そう言って言葉に詰まった。あまりに姉上の顔が近かったからだ。
悪戯っぽい瞳に、おれの顔が映っている。
この目の中におれはどのように映っているのだろう?弟だけど、男なのだから。
ふと、祝言の時の姉上の綺麗な姿が浮かんできてしまった。あの時初めて、姉上も女なのだと思った。
「あ、義陽、顔赤い。かわいい」
「や、やめてください」
顔を逸らす。逸らすと覗き込んでくる。逸らす。覗き込んでくる。
「ええい、もう!」
「あははは!」
姉上はいつも、声をあげて本当におかしそうに笑う。
「本当にいい加減にしてくれないと、またおれが怒られますって!」
おれがそう言うと、姉上はとびっきり悪戯っぽい笑顔を浮かべた。
「わたしも兄上も伴侶を得たから、次は義陽だね。どんな人を嫁にするのかなぁ?」
「おれのところに嫁に来るようなおなごはそうはおりませんよ。姉上に付きまとわれますからね」
皮肉を思い切りぶつけてみた。
「わたしに似た人ならいいね」
姉上はボソッとそう言うと行ってしまった。
「はぁっ!?」
この感じで一人残されたおれは、何を思えばいいのだろう?
せっかく進んできた筆が、ぴたりと動かなくなってしまった。
数日後。
兄上の婚儀も、いたって質素ではあるが滞りなく進められた。
義姉となった妙珠殿はおれよりも五つ年下らしい。まだ十六・七といったところだ。
生まれてずっと根っからの箱入りのお姫様らしく、汐永家のおなごのように、野良仕事はしたことがない。
日に焼けていないので肌も白く、指も白魚のようにきれいで長い。
・・・・・・。
姉上の指とは大違いだ。
姉上のようにがさつなところもなく、いつも黙って兄上の三歩後ろをしずしずと音もなく歩く。
義兄の前をどすどすと歩く姉上とはえらい違い・・・・。
「こら!わたしが見てる前でそういうこと書くのやめてよ!」
おれの頬をつねる。
「いてて・・・。見てるから書いたのですよ。いつもいつも邪魔しに来るから」
「わたしそんな、どすどす歩いてないからね!!」
「軽い冗談のつもりです」
書いた紙を破って捨てる。
まったく、汐永家の人々は本当に冗談が通じない。
「・・・ふん!」
そう言いながら、またおれに体を預けて寄りかかる。
・・・なんだろう、ひどく邪魔なのに、ひどく落ち着く。
「あの妙珠殿、また母上に怒られていたわ。まったく仕事ができないって」
「仕方ありませんよ。うちの家みたいに子供の頃から野良仕事させられてきたわけじゃないのだから」
「わたしもそう母上に言ったんだけどね。そしたら、『わたしが汐永に嫁いだ頃は、もっと姑にいじめられて、こっぴどく怒られたもんですわ!毎日毎日泣いていましたもの!』ですって」
姉上の物まねがあまりに似ていたので少し吹き出してしまった。
「姉上は母上に似てきましたね」
「・・・それ、誉め言葉じゃないからね」
姉上はまた頬を膨らませる。
こうして、たまには仕返しをしてやるのだ。
「でもあの子、小さな声で『すみません・・・』しか言わないから、余計に母上に怒られるのよ」
「義陽、お前に仕事を申し付ける」
兄上がおれを呼んだと思うと、だいたいそういうことだ。
「はあ。なんでしょう?」
「御体匠を探してこい」
「みたいしょう?」
「そうだ。戦御体を作る職人だ」
「いくさみたい?」
「戦御体とは、人が乗って戦う人形だ」
「・・・はあ」
いまいち想像がつかない。
「・・・といっても、おれもそれくらいしか知らん。宗近殿に、戦をするなら腕の良い御体匠がいないと、この先やっていけないと言われてな・・・」
「で、兄上は何が何だかわからないから、弟に押し付けた、と?」
「・・・・その通り」
「はぁ・・・・」
ため息しか出ない。
「兼信殿にも聞いたのだが、御体を作る御造所も用意するとのことだ。だが、肝心の御体匠と職人がいない。そこで、お前に御体匠を探してほしいのだ」
「・・・どう考えてもおれでは役に不釣り合いかと」
「だが、ほかに押し付ける相手が見つからなくて・・・」
「そんな聞いたこともない者をどうやって見つけろと言うんです?道端の石みたいに落ちてるわけではないのでしょう?」
「だから、おれも困り果てたのだ。だが、お前ならなんとかなりそうな気が・・・まるでしないのだが、一緒に考えてくれ」
「・・・わかりました。宗近殿と相談しましょう」
本当の訳の分からない話だ。
畑の土運びの方が、よほど楽だろうな。




