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戦ぎの淡い影 ― 平安戦御体戦記  作者: ひろくま
第二章 純波

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72 純波ノ章 二十八

鹿嶺王は鳳炎天の太刀を躱す。


「まて!おれは清葉を苦しめるつもりなどない!」


「ならば、なぜ敵となるのです!」


鹿嶺王の一閃を鳳炎天は跳んで躱す。

着地と同時に地を蹴り、一気に前に出て太刀を振るう。


「お前たちが緋家の側にいるなどと知らなかった!敵になるつもりもなかった!」


「ならばなぜそこにいるのです!敵となったあなたが、清葉の前に現れたら清葉はどうなりますか!」


「清葉に害を成すつもりはないと言っているんだ!」


鳳炎天の太刀を避けると、鹿嶺王は後ろへ跳んで間を取る。


「清葉に害はなくても、清葉は傷ついて苦しむ!」


「なぜ、そうなる!」


「現に今、わたしが傷ついて苦しんでいるからです!」


鳳炎天は鹿嶺王に間を与えない。

すぐに前に跳んで太刀を突く。

鹿嶺王はその突きを身をよじって躱し、鳳炎天の太刀を横からはたく。


「くっ!」

声を漏らす墨羽。

・・・やはり、当たらない!


「お前は知らないだろうが、おれと澄玲はずっと緋家に苦しめられてきた!おれの父も、兄弟たちも!おれは生き残った限り、その弔いをせねばならん!邪魔をするな!」


「それが傲慢だというのです!現に、現に今わたしは、あなたの仲間に、わたしの大切な人を殺されたっ!!殺し合いが、殺し合いを産むと、なぜ、なぜ、わからないのっ!?」

涙が溢れてきた。

最後に見た実継の姿が瞼の裏をよぎる。

指先に小さな炎が生まれる。

駄目!気持ちを失えば、また自分でいられなくなる!


「こんな思いを、こんな苦しみを、清葉にさせるわけにはいかない!これはわたしだけでじゅうぶんなのっ!!わたしが、わたしが清葉を護るのっ!!」


ああ、駄目だ!気持ちが、抑えられない!!


再び鳳炎天が炎に包まれる。

光が放たれて、宗影の視界を奪う。


「・・・なんだ!?」

『もう、気づいている。自分が何者か』

「鱗っ、どういうことだっ!?」

『あとだ!今は奴を押さえる!』


目の前に火柱が立つ。

辺り一面を焦がすような強烈な熱気が渦を巻き、巨大化して竜巻となる。


鹿嶺王の前にもやもやとした白いものが浮かぶ。

「なんだ、これは?」

『わが力を使うには水が要る。木や草から水を集める』

鹿嶺王の足元の草が色を失う。鮮やかな夏草の緑は見る見る萎れていき、茶褐色となって枯れ果てる。

枯れ草は鹿嶺王を中心として一気に広がり、葦野原一面に広がっていく。夏草の生い茂る草原が、みるみるうちに死に覆われた枯れ野原に代わる。

葦野原を囲む森の木も枯れ始める。夏の太陽を浴びようといっぱいに伸ばした枝が徐々に下を向き、薄茶色に代わる。葉も抜け落ちて地面に落ちる。

兵たちにも動揺が広がる。

「なんだ!?草が枯れ始めた!?」

そう言った兵の一人が突如、枯れ果てた骨と皮になって倒れる。

「ひいっ!?」

あちこちでバタバタと兵たちが”枯れて”倒れる。


「なんだ!?人も倒れている!?」

『霊力のないものは、わが力を受ける』

「やめろ!敵も味方もなく人を殺すな!」

『このまま奴を暴走させれば、ここにいるすべてが死ぬ!』


「何が起きているんだ!?」

知基のまわりでも人が倒れ始める。

「・・・全身の水気を抜かれている・・・?」

木や草も一瞬で枯れていく。

「全軍後退!ともかくここを離れよ!!」

知基は叫んだ。



「兄者!兵たちが倒れていくぞ!?」

文成が叫ぶ。

「何が起きているのかわからん!!ともかく走れ!葦野原を抜ける!」

宗影たちは無事だろうか!?

文堅は思いながらも足を止めることはできなかった。



鹿嶺王の前に集まった白い靄のようなものは徐々に形になり、巨大な水の壁となった。

その壁は一か所に集まり、凍り始める。

その巨大な氷の壁は鳳炎天の放った炎の竜巻を取り囲む。

そして両者が触れ合った瞬間。

集まった氷が炎の熱で一気に水蒸気となり、轟音と共にすべて弾ける。

葦野原一面を覆うような巨大な煙が上がり、鳳炎天と鹿嶺王を中心として巨大な衝撃波の輪がすべてを飲み込むように広がった。


一瞬のうちにその輪に飲まれて消えていく。

音に振り向いた知基。

走りながら衝撃に気づいた文堅。

沢山の兵たち。

みんな、一瞬で飲まれて消えた。



その勢いは葦野原一面にとどまらず、吹原まで届く。

「あれはなんだ!?」

「雲!?」

届いた水蒸気はそこにあるものすべてを破壊する。

家々を吹き飛ばし、人々を跳ね飛ばした。


「・・・何の音でしょう?」

朝子が急に変な声をあげた。

清葉にも聞こえている。地鳴りのような、低く腹の底に響く音。朝子が指さすその方角を見上げる。

・・・何かが迫ってくる。濛々と立ち上がる砂煙?木々や家々を巻き上げながら、すべてを飲み込むように迫ってくる。

遠くに見えたそれは、あっという間にすぐそこに迫ってきた。

「朝子さん・・・あれは!?」

そう清葉が言いかけた時、朝子は清葉の体を庇うように抱きかかえた。

「怖いっ!」

朝子はそう言って目を瞑る。

清葉も朝子に抱きかかえられながら目を瞑った。

そして鼓膜を破るような轟音が耳に届き、体が宙に舞った。

・・・墨羽!

清葉の中に、一瞬墨羽の顔が浮かぶ。

手を伸ばす。

そこには何もなかった。

ただ、体が引き裂かれる痛み、苦しみのようなものが清葉を襲った。





貞基たちがいる堺までも、その爆発の勢いは届いた。

船上にいた貞基と重国、澪瀬たちは波のうねりの中で船の縁にしがみつく。

穏やかなはずの瀬戸内の海が巻き上げられるように波しぶきをあげた。

「若、船が!?」

「貞基殿!!」

重国と澪瀬が叫ぶ。

「ふたりとも、無事かっ!?」

そういう貞基の頭上に、吹き上げられた巨大な船が宙を舞う。

「落ちてくるぞっ!?」

空高く上げられた船が、貞基たちの頭上に影を落とす。

「海へ逃げろーっ!」

貞基は澪瀬の腕を掴むと、海へ飛び込む。

重国たちも続く。

次の瞬間、貞基たちのいた船は落ちてきた船につぶされて粉々になった。

そしてその残骸も、吹き飛ばされていく。

貞基の体も海の水ごと宙に飛ばされる。

「澪瀬殿っ!!」

「貞基殿ーっ!」

ふたりは叫びながら手を伸ばすが、その手は遠く届かなかった。





「殿・・・・」

澄玲は何度も後ろを振り返った。

「澄玲殿。宗影殿は必ず来ます」

恒影は極力優しい声で言ったつもりだ。

心配なのは仕方ないし、恒影も同じ気持ちであることに変わりない。

「もうすぐ京へ入ります。もう少し進んだら宗影殿を待ちましょう・・・」

「恒影殿・・・・あれ・・・・・」

後を見ていた澄玲が指さした先・・・・。

「?」

恒影が顔をあげた瞬間、あたりは白い靄のような何かに覆われた。

その次の瞬間、吹き飛ばされて宙を舞う感覚の後、強烈な熱に包まれて意識は消えた。







・・・・・・・・。

静寂。

宗影があたりを見渡す。

何もない、という言葉が意味を持つとしたら、この事だろう。

見渡す限り、”何もない”。

全てが吹き飛ばされた。あたりには湿った熱が漂うだけ。

地面には草一本もなく、土が焼けて黒くなり地面が抉れて深くなっている。

残っているのは視界を遮る灰色の煙。ゆっくりと流れていく。

「何だ・・・・何が起きた・・・?」

あまりにも静かだ。あれほどうるさかった蝉の声も聞こえない。風に揺れる葉のこすれる音もない。

「鱗、何をしたっ!?なぜ、何もかもが消えた!?」

鱗は答えようとしない。

「墨羽は、墨羽はどうなった!?無事か!?」

少しづつ煙が流れ、視界が広がっていく。

「墨羽っ!!」

宗影の見つめるその先には、ひとり立つ鳳炎天の姿。

だが、そこには何の気配も感じられなかった。


手を伸ばそうとしたその時。

辺りが少しづつ暗くなっていく。空を見上げると、煙の向こう側で光る太陽が少しづつ欠けていくのが見えた。

「日が・・・消える!?」

ゆっくりと太陽は姿を失い、その全てが隠れると辺りは真の闇に覆われた。






「ここは・・・どこ?」

墨羽は目を開ける。

何も見えない。いや、見えるものが何もない。

見えるのは自分の手足だけ・・・・いや、これは手足などではない。形がない。

「きゃっ!?何これ?」

『ここには意識しかない。体・・・器はここにはない』

「・・・その声は・・・純波ね?」

『音、形に頼るな。ここにはそれは無意味だ』

「・・・そんなこと言われても」

『ここは石の中。今、おまえはわたしと溶け合って同じ石の中にいる』

「溶け合ってる?ん?」

『人の言葉というのは伝えづらい』

「どうなったの?敵は?味方は?」

『すべて消えた。何もかもが消えた』

「ちょっと、それ、どういうこと?」

『力と力がぶつかる。それは全てを消し去る。だから、人の世に手出しはできない』

「なんのことだかわからない・・・」

『わたしがここへ引き込まなければ、おまえも消えるところだった。心に引きずられて自分を失うな』

「・・・ごめんなさい。わたし・・・・」

『意識で見ろ。あたりの様子を』

「意識って・・・・」

『目に頼らないことだ。視覚は意味を持たない』


意識を集中させればいいの?何に?周りのこと・・・?

目に頼るなって言っても・・・。

あ、見えてきた。ぼんやりとだけど・・・・。


薄い靄のかかったような景色が意識の中に浮かんでくる。それはやがて靄が少しづつ晴れていくように、視点が合ってはっきりと感じられた。


「・・・・何、これ・・・?」

意識の中に浮かび上がったのは、ただの焼け野原。木も草もなく、抉れた大地と焼けただれた黒い土が果てしなく広がっている。ところどころから立ち上る白い煙。

『お前の力がもたらしたものだ。もう、この辺りに生き物はいない』

純波が静かに言う。


・・・どういうこと!?

わたしが、これをやった!?

「・・・・・・・」

声にならない。

『いや、ただひとつ。あそこにいる』

二本角の御体・・・・。

『鱗が守ったようだ。鱗は消えてしまったが』

「父様は生きているの?」

『生きている・・・今はな』

「ほ、他の人たちは!?遠いところの人たちは大丈夫だよねっ!?」

『わからない。わたしが感じる限り、生き物はあれしかいない』

「・・・・そんな・・・・・」


絶望というのは、この気持ちなのだろうか?

わたしがみんなみんな殺してしまった?

ここにはたくさんの人がいた。

敵も味方も。

みんな、跡形もなく消えてしまった。生きていた証も残さずに。


この世は・・・死んでしまった。

わたしが・・・殺してしまった。




・・・でも、それが何だというの?

よく考えて!

人は弱い。力を持たないものは淘汰される。鳥が魚を食べ、その鳥を獣が狩る。当然の摂理。

何を迷うというの?

わたしはまわりを飛ぶ羽虫を叩き潰しただけのこと。

どうせ人なんてつぶしてもつぶしてもまたすぐに増えてくる。

そして勝手に殺し合う。つまらない生き物!

少しくらい、わたしが減らしたところでなんてことはない。




「だめぇっ!!!」

墨羽は自分の中に違うものが芽生えていることを感じた。

「純波、お願い!わたしを元に戻して!ここから出して!元の体の中に!」

『・・・・お前が苦しむだけだぞ?』

「いいの!わたしは、ここにいると変になる!駄目なの!」

『・・・長く人として生き過ぎたのか。必ず自分を保て!失うな!』

「お願い!」

墨羽がそう叫んだ瞬間、感覚が戻ってきた。

肩にのしかかる腕の重さ、頬に張り付く髪の感触、湿った熱気、焼けた匂い。

自分の鼓動の音。

その瞬間、墨羽の心の中にどうしようもないほど重い重いものが圧し掛かった。

「わたしが・・・・これをやった?」

みんな消えてしまった。

清葉は?

胃の中のものが込み上げてきて、口元を汚した。

全身から汗が吹き出し、目から涙が溢れてくる。



わたし・・・・、取り返しのつかないことを・・・・!?



清葉を守りたかった。ただそれだけのはず。

そのために力が欲しかった。

でもその力をすべて滅ぼすために使ってしまった。


「わたし、そんなつもりなかった・・・」


『力とはそういうものだ。使うものの意思とは関係なく、世を滅ぼす』

純波の静かな声が、冷たく聞こえた。


もう、消えてしまいたい・・・・。

どうしてこんなことに・・・・。


実継・・・。


橘の父様、母様・・・。斑王丸・・・。


清葉・・・・。

清葉っ!!

助けて!わたし、わたし・・・・!!



”わたしも、墨羽が好き”

清葉と別れた時のあの笑顔。

”必ず戻ってきてねーーーっ!”

最後に聞いたあの言葉、あの声。

・・・もう戻れない。



・・・清葉、ごめんね。わたし、そんなに強くない。



守ってあげるって言ったのに。わたし、清葉がいないと駄目なんだ。



いつもわたし、誰かに守られてきたんだ。

わからなかった。

自分でできるって思い込んでた。

力があれば、何でもできるって・・・・。


清葉、ごめんね。

もう、あなたのところへ行けない。


でも、もう一度、会いたい・・・。


大好き、清葉・・・・・・・。





”墨羽・・・墨羽・・・”


声・・・?

清葉の声・・・・。心地いい声・・・・。




その時、太陽が欠けて暗くなっていることに墨羽は気づかなかった。

『・・・来た』

純波が言うが、墨羽にはその声は届かない。

太陽が少しづつ欠け、暗闇があたりを覆う。

やがて夜とは違う、一部の光もない真の闇がすべてを支配した。

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