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戦ぎの淡い影 ― 平安戦御体戦記  作者: ひろくま
第二章 純波

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73 純波ノ章 二十九

「今度は何が起きているんだっ!?」

真の暗闇の中、宗影は立ち尽くすしかなかった。

まるで刻が巻き戻るように、あたりの緑の木々、草むらが芽吹いて生い茂った。



隠れた太陽が、少しづつ顔を出す。

宗影は眩しさに目を細める。ゆっくりと目を開くと、そこには”生”が流れている。

辺りには光があふれ、夏の木々は瑞々しく緑を湛え、風に揺れる草原はあまりにも美しく輝いていた。

「これは・・・どうしたことか?」

元に戻っている?・・・のか?

全てのものが生き生きと命を喜んでいるように見えた。歓喜の声をあげながら、太陽へ向けて手を伸ばしていた。

消え去ったはずの命が、あたりに満ち溢れていた。あまりにも美しすぎる世界がそこにあった。




堺の港。

海の波は静まり、船は波に揺られる。

甲板の上、貞基と澪瀬は手を繋いでいた。

「ええと・・・お二人、まだ戦の最中ですぞ?」

重国が無表情で驚く。

「さ、貞基殿・・・・!?」

澪瀬が顔を真っ赤にする。

「あ、あれ?おかしいな?何をしていたのだ?」




澄玲は遠くの山を振り返る。

それを心配そうに見つめる恒影。

「この先に御体匠の隠れ家があります。宗影殿をそこで待ちましょう」

「・・・はい」

「大丈夫です。宗影殿は誰にも負けませんよ」

恒影がそう言うと、澄玲は少しだけ笑顔を作った。

「そうですね」





白縫で叫びながら走り続ける文堅。

「足を止めるな!走れ!!追いつかれたら終わりだ!!」

それに続く文成。

「兄者!!待ってくれっ!!」

「泣き言を言うな!このまま走る!!」

「ひぃぃぃ!」

「いいか!走り抜け!人質を手放すな!われらの頼みの綱だ!」





怪我を負った是基に代わり、知基は代役の総大将として檄を飛ばして兵たちを鼓舞する。

「怯むな!敵は逃げ始めた!追え!」

知基の心の中にひとつの疑念が浮かぶ。

失いすぎた。

大将の命を脅かされ、弟を連れ去られた。

それでも・・・・これは、勝ち戦なのか!?






「朝子さん、痛いですよっ!」

朝子に抱き締められて清葉が言う。

「あ!?す、すみません!!あら、なんでわたし、中宮様になんてことをっ!!」

慌てて離れ、両手をついて頭を下げる。

「か、構いませんよ!謝らなくても!」

「で、ですがぁ・・・」

半べその顔で清葉を見上げる。

「うふふ・・・・。朝子さん、可愛いですね」

ちょっと頬を赤くして笑顔になる清葉。

・・・・愛らしい。

朝子の顔も真っ赤に染まる。

・・・なぜかわからないけど、抱き着いたうえに、可愛いと言われ、あの笑顔!!

今日はいい日だ!

朝子は泣きながら、にやにやが止まらなかった。


さっき、なぜか墨羽の顔が見えたような気がした。

久しぶりに墨羽に会ったような・・・うれしいな!

清葉も笑顔をほころばせた。







「もとに、元に戻っている?・・・何?何が起きたの?」

墨羽も、あたりを見渡す。

草原には緑が溢れ、木々が命を取り戻していた。

『謂れなく失われたものを元に戻す力・・・』

「・・・どういうこと!?」

『わたしもそれくらいしか知らない。初めてのことだ』

「・・・でも、元に戻ったということ?」

それには純波は答えなかった。




「墨羽!」

鹿嶺王が鳳炎天の前に出る。

「・・・父様」

「まるで夢を見ているような気分だ」

そう言って鹿嶺王は手に持っていた太刀を鞘に戻す。

「・・・・・」

鳳炎天も手に持っていた太刀を手放す。

「おれはおれの場所へ帰る。お前もお前の場所があるだろう。だが、澄玲に会っていく気はないか?」

鹿嶺王は手を差し出すが、鳳炎天は黙って首を横に振る。

「わかった。もう会うこともないだろう。清葉のこと、頼む」

鹿嶺王は深く頭を下げた。

「・・・父様・・・・・・・」

「忘れるな。お前も清葉も、おれたちの娘だ。片時も忘れたことなどない。お前がくれた守り袋、今もここに持っている。どこまでも生きろ・・・」

鹿嶺王は振り向くと、去って行った。

あんなに苦しかった胸が、少しだけ軽くなった。

ただ、涙はずっと止まらなかった。





実継は墨羽が最後に見たままの姿で地面に横たわっていた。

開いたままの実継の目をそっと閉じる。

「実継・・・だめだね、わたし」

実継の頬を撫でる。

「いつも、迷惑かけて、心配させてごめんなさい・・・・」

頬を寄せる。

「こんなに冷たくなって・・・・」

また涙が溢れる。どれだけ泣けば涙は止まるんだろう?


吹原が見下ろせる高台に、鳳炎天で穴を掘った。

そこへ実継を横たえる。

腰の刀を抜き、実継の髪を切り取ると紙に包み懐へしまった。

「さようなら・・・。わたしの大切な人・・・」

上から土をかぶせる。すぐに実継の姿は見えなくなった。


実継の刀を傍らに立て、その横に木を削って作った墓標を立てる。


”秦実継、此処に・・・・”


墨羽は少し迷って、最後の一言を足した。


”在り”







「上皇を捕らえて、令旨を取り消させるしかなかろう!」

文堅は興奮気味に言う。

「それでは緋家と同じことだ。まずは木曽へ戻り、体制を整えることから始めるべき」

恒影は冷静に言う。

「だが、伊豆の軍勢はもう尾張あたりまで来ている!もう戦は避けられん!」

「だからだ。もう、伊豆を止められない。我らは逃げるほか道はない」

文堅は深くため息をつくと、宗影に向き直る。

「宗影殿!何か策はないものか?」

「・・・・少し考えさせてくれないか・・・・」

そう言って宗影は一同の前を後にした。


宗影は慶秀の墓の前に立つ。

膝をついて手を合わせる。

「宗影殿・・・」

「彦佐殿か」

彦佐は御体匠慶秀の弟子だ。弟子と言っても慶秀は御体を作ることを嫌ったので、ほとんど教えを受けていない。ほぼ仲間たちと独学で御体を作る術を学んでいる。

「そういえば、ここにも白結丸殿がいらしましたよ」

「おお、そうか。白結丸が・・・」

「わが師の御体・・・風結を直しに参られました。やはり師の作ったものは素晴らしいです。あんなに古いものなのに、今のものよりも出来が良かったです。丁寧に作られていました」

木曽で会った白結丸・・・淡影の顔が浮かぶ。

・・・その淡影が、木曽討伐の軍勢を率いてこちらへ向かっている。皮肉なものだと宗影は思う。

「もちろん、鹿嶺王はもっと素晴らしいです。御体としてはこれ以上のものは見たことがありません。どのように作られているのか、本当に興味が尽きないものです」

「そうか。だが、壊さないようにしてくれよ。あれがなければおれは無力だ」

彦佐は少し笑うと、自分もしゃがんで墓に手を合わせた。

「ここも、ようやく御体を完成させられるところまで来ました。これも宗影殿と橘中納言様のおかげです」

「彦佐殿、ひとつ聞きたい」

「何なりと」

「鹿嶺王は風結を上回るか?」

「ひとえには言えないですが、御体として鹿嶺王は間違いなく師の最高傑作です」

「・・・そうか」

宗影は少し笑うと、立ち上がり皆の待つところへ戻って行った。



「皆、聞いてほしい」

戻ってきた宗影のすがすがしさにも似た表情で、その場の誰もが大将の腹が決まったことを察していた。後は言葉にするだけだ。

「おれたちは、緋家を都から追い出した。これは後世に残る大事だと思っている。滅することはできなかったが、それでもおれたちはやり遂げた。そして今、上皇の策により追い詰められている。もう、退路はない。だが、それはおれたちにとってどうでもよいことだ!敵が誰であろうと関係ない!敵がどれだけ多かろうと関係ない!やるべきは大暴れだ!」

宗影が声を張り上げる。

「おれは!今!弟の淡影と戦いたい!あいつが、世の中を変える男なのかをこの目で見たい!おれを越えていくのかを、おれ自身で確かめたい!鹿嶺王は慶秀が残した御体だ!慶秀の最高傑作だ!その鹿嶺王を、慶秀が初めて作った風結で、越えられるものか!淡影にそれができるか!おれは知りたい!それができるのなら、おれは喜んで淡影に世のすべてを明け渡そう!これで最後だ!もう一度だけ、おれに付き合ってくれ!!」

宗影が集まった皆に向けて頭を下げる。

澄玲がすぐに宗影の隣に並び、同じように頭を下げた。

「やめてくれ、宗影殿!」

文堅が声をあげた。

「大将に頭を下げられては寝覚めが悪いというものだ!」

「そうだぞ!我らは行けと言われたら行く!宗影殿の言葉に逆らうものなど一人もおらん!」

文成も大声で言う。

「当たり前だ!大暴れだ!宗影殿が戦いたいなら、誰も逃げろと言わん!共に戦う!」

恒影も大きな声で答えた。

「死んでいった仲間のためにも、大きな大きな花を咲かせて見せようぞ!」

恒影の言葉に、全員が腕を振り上げて「おう!!」と答えた。

そのまま全員が「おう!おう!おう!」と連呼する。

宗影と澄玲は笑顔で見つめ合い、腕をあげて皆の輪の中に入って行った。





墨羽は吹原に戻ってから、新しく建てられた護国寺の観世音菩薩の前で経を読むことを日課としていた。

精神力を鍛えぬかなければ、また力を暴走させてしまう。

その後にひとり、兵舎の隅で木刀を振るう。

体の小さな墨羽は他の武士たちとは組手にならない。


「相手の頭に届かないなら、足を狙うとよいですよ」

「足を打てば、相手は必ず頭を下げます」

「力で敵わないなら、速さで勝てばいいのです」


・・・いつも、そう言ってくれた。

ついつい思い出す。思い出さないなんて無理だ。

思い出したら、やっぱり涙してしまう。


ひと通り毎日の鍛錬を終え、汗を拭く。

空が高い。

時々、心地よい風が吹いてくる。

「・・・小娘」

不意に声がした。声の方を見ると・・・・誰だっけ?

体格のよい大男。見たことはあるな・・・。

「ええと・・・念のため言っておくが、おれの名は緋寅正(ひのとらまさ)だ」

「あ、ああ。ええと・・・橘墨羽です」

「あ、どうも・・・。じゃなくて!」

寅正は首をぶんぶん振る。

「その・・・秦殿は残念だったな」

「・・・・・」

「戦とは必ず誰かが死ぬ。それが戦だからな。でも、なんというか。死なない方がよい奴から死んでいく気がする・・・」

「?」

何が言いたくてわざわざこんな兵舎の端っこまで来たのだろう?

「もしかして・・・慰めようとしてくれているのですか?」

「あ、いや、おれはいろいろ下手でな」

「ほんとに下手ですね」

「・・・・・・・」

寅正は頭を掻く。

「だが、おれはお前に命を救われたからな!おれもお前の力になってやってもいいのだ!感謝するならするがいい!」

「ありがとうございます。その気持ちだけでもうれしいです」

そう言って笑顔を返す。

「お、おう!なんでも言え!おれを頼らせてやってもいいぞ!」

「では、わたしのことは”小娘”ではなく墨羽と呼んでください」

笑顔を作って言う墨羽に、急に顔を赤くする寅正。

「わかった、墨羽!これからはおれのことも寅正殿と呼ぶことを許す!明日からはおれが稽古の相手になってやる!感謝するがいい!」

そう言いながら、顔を赤くしたまま、のっしのっしと戻って行った。


意外と面白い人なのかもしれない・・・。







「・・・木曽には、伊豆を討ってもらうつもりやったんやけど」

叢方破祖(むらかたはそ)。滅創衆と名乗る集団の頭である。

「順番が逆になっただけだ」

伶守(れいもり)がつまらなさそうに言う。

「宗近は何考えとんのかわからんとこあるからなぁ・・・」

・・・それはお前も同じだ。

と、伶守は思う。

「木曽が上皇を討ってくれると、あとあと楽なんやけど、そうはいかんやろな」

「宗影はそこまでしないだろうな」

「ほなら、せなあかんようにすればええんや。伶守、斎尾(いお)に、顕和親王(あきかずしんのう)ちゅうやつを殺しとけって言っとき。それと、緋紀基が地獄に落ちたっちゅう噂も流してな」

「・・・わかった」

「皇位継承者っちゅうのは少ないに越したことが・・・・って、またおらん。ほんま、落ち着きのないやっちゃで」







「この前からずっと、何を(したた)めているの?」

姉上が隣に座り込んで、手元を覗き込んできた。

「姉上、近すぎて筆が使いにくいですが」

「別にいいでしょう?幼い頃はよくこうしていたのに」

「・・・もう、幼くありません」

「むぅ、素っ気ないのね・・・」

頬を膨らませる。

「で、で、で!何を書いているの?」

「日記です。義兄がこの家にいらしてからのこと、忘れぬように。のちの世に伝えおいた方がよいかと思いまして」

「ふぅん・・・」

聞いておきながらさも興味がないと言った風だ。

「おれの邪魔ばかりしていないで、やるべきことがあるのでは?まがりなりにも霞家の跡取りの嫁となったのですよ」

「庭いじりばかり・・・。もう飽いたもの!」

おれの方に体を預けてくる。

「・・・もう汐永のおなごではないのですよ。こんなところを見つかったら、兄上や義兄におれがまた怒られるではないですか」

「そんなこと言っても、わたしには霞家とかそんなこと、どうでもいい」

「だからといって、おれの邪魔をするのはお控え願いたいものです」

「・・・ふん!義陽はほんとうに冷たいのね!べぇ!!」

おれに向かって舌を出すと、やっと出て行った。


庭の向こう、外の低い壁越しに伊豆の海を眺める。

良い天気だ。日の光に海が煌めく。


物語の始まり・・・書き出しというのは、こんなありふれたものでよいのだろうか?

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