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戦ぎの淡い影 ― 平安戦御体戦記  作者: ひろくま
第二章 純波

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71 純波ノ章 二十七

・・・何、それ?

実継?

違うよね?


わたし、心の中で、いつも思っていた。

実継はいつも大丈夫。いなくなることはないって。

わたしがどんな辛い目にあったって、いつも出迎えてくれたから。

いつも優しかったから、ついつい甘えてしまった。


さっき、戦が終わったら、あなたの想い人のこと、教えてくれるって言ったじゃない?

でもね、わたし、わかっていました。

だってわたし、実継がいつもわたしのこと見てくれるように振舞っていたから。

実継がわたしのことを想っていてくれるのが、嬉しくて仕方なかった。

わたしのために泣いてくれた。

わたしのために喜んでくれた。

わたしよりずっと背の高い実継だから、わたしが見えないものを代わりにいっぱい見てくれた。

本当にごめんなさい。本当にありがとう。

わたしもあなたのこと、大好きです。


なのに、なんで倒れているの?

そんな姿で。

わたしがまた先に行ってしまったから?

そうだよね。

ごめんなさい、実継。

また言いつけを破ってしまいました。

そのせいで、こんなことになって・・・。


叱ってくれますよね?

またいつもみたいに・・・・。優しい声で、叱って・・・・。


「ねぇ、実継!

何か言って・・・お願い!!お願いだからっ!!


何か、なにか言ってよぉっ!!!!」


なんで、なんで動かないの!?動いてくれないの?


涙・・・。泣いちゃ駄目!泣いたら、実継が死んでしまったみたいじゃない!



「わ・・・わああああああああああああっ!!」



墨羽の絶叫が響く。

胸の奥から黒いものが込み上げて止まらない。

吐き出してしまいたい!全部、全部!!

指先・・・鳳炎天の手の先から炎が上がる。

その炎はゆっくりと鳳炎天を覆い、まぶしいほどの光を放つ。


「何が起きている!?」

安影の白縫が足を止める。


「安影殿!止まるな!!」

そう言いながらも、守武の白縫も足を止める。


安影は眼前で起きていることの理解が追い付かない。

思わず立ちすくんでしまった。


『駄目だ、これ以上は・・・・』

純波が止めようとするが、墨羽には届かない。


鳳炎天の周りで爆ぜるような音と共に火柱が昇る。

ひとつ、またひとつ。猛烈な熱風と共に無数の火柱が次々と吸い込まれ、巨大な火柱の渦となる。

火柱は渦を巻きながら地を焼く熱を放ち、どんどん膨らんでさらに太く大きくなり、やがて天を焼く炎の竜巻になった。


「ユルセナイ!」


炎の渦が、立ち尽くしている安影の白縫に迫る。

「あ・・・・」


安影の白縫がまさに炎に飲まれる瞬間、守武の白縫が弾き飛ばす。

「しっかりしろ、安影殿!逃げるぞ!」

「あ、ああ。すまない、守武殿・・・」

安影は自分が汗びっしょりになっていることに初めて気づいた。


守武たちの連れていた兵たちが次々と炎の竜巻に飲まれていく。

ふたりは立ち上がると、必死で走り出す。

「な、なんなのだ・・・・あれは!?」

「今は考えるな!ともかく走れ!」


「ユルセナイ・・・!!」


鳳炎天が腕を振ると、炎の竜巻が守武たちの眼前に広がった。

「逃がさないつもりか!?」

振り向くと、鳳炎天は二人の御体のすぐ後ろにいた。

「いつの間に!?」

焼ける墨の匂い。体に感じるのはひりひりとする熱。


鳳炎天が太刀を振り上げる。

「来る!!」

守武の白縫は安影の白縫を突き飛ばす。

鳳炎天が太刀を薙ぐ。

白縫は太刀でその一閃を受け止めた・・・はずだった。

鳳炎天の振り抜いた太刀は白縫の太刀とその胴体を、守武もろとも斬り裂いた。


「守武殿ーっ!!」

安影が叫ぶ。


守武の白縫は二つに分かれてゆっくりと崩れ落ちた。







「・・・・・」

「戦況はよくありません。引き際を考えたほうが良いかと」

恒影が宗影に言う。

「・・・そうだな。恒影、澄玲と残りの兵の半分を連れてまず京へ落ちよ」

「宗影殿は?」

「おれは文堅たちを待って、ともに行く。先に行ってくれ」

「・・・・承知」

恒影が頭を下げる。

「殿・・・」

近くで心配そうに聞いていた澄玲が声をかける。

「澄玲。すまない。必ず後で行く」

澄玲の手を取る。

・・・鱗が何かを感じている。できれば澄玲を()()に会わせたくない。

「お前を一人にはしない。大丈夫だ」

「・・・はい。信じております」

そう言って、小さく会釈する。

そして恒影に伴われ澄玲は下がっていった。


宗影は息を大きく吸うと、鹿嶺王に乗り込む。

腰の刀に結び付けたお守り袋を握りしめる。不格好だが、しっかりと縫われている。今までずっと肌身離さず身に着けてきたものだ。

「鱗、敵は近くまで来ているか?」

『ああ。だが今ちょっとばかり厄介なことになっている』

「厄介なこと?」





安影は必死に逃げる。

だが、敵の動きは御体でできる動きをはるかに超えていた。もはや人の動きでもない。瞬時に隣へ来たかと思うと太刀を振るい白縫の腕を、肩を、次々と切り刻んでいく。

右腕は切り落とされてしまった。もう太刀を持つこともできない。

ひと思いに殺せるはずだろう?

だが、敵は少しづつ切り刻んでくる。

まるでいたぶるように。

そう、鼠を捕まえた猫のように。兎を狩る鷹のように。

白縫の傷は増える。体の痛みも増える。

敵が足を狙わないのは、逃げる者を追い詰めて楽しんでいるからか?

「ぐあっ!」

またどこかを斬られた。もう痛みが多すぎてわからない。

・・・見えた。二本角の御体!鹿嶺王!

「宗影殿・・・・助けてくれ・・・」

その瞬間、脚を斬られた。白縫はその場に倒れる。

「うっ!」


「ユルセナイ!」


「・・・!!」

鳳炎天は倒れた白縫の胴体を太刀で串刺しにした。

安影は首元を貫かれ、血を吹き出して声もなく絶命した。

墨羽の顔から力が抜ける。

・・・体が重い。

でも・・・・そこに・・・いる!



「・・・来たか」

この時が来なければいいと思っていた。

・・・燃えている?・・・いや、もう何も驚くまい。

この娘の力は底知れない。一緒にいるときから感じていた。

得体のしれない・・・何かを。



「・・・見つけましたっ!!」

鳳炎天は太刀を鹿嶺王に向ける。

「わたしはあなたを止めに来ました!もうやめてください!」

鳳炎天を包んでいた炎が、ふっと消える。

『我に還ったか・・・』

純波がぼそりとつぶやく。安心したような声。だがその声はまだ墨羽に届かない。


「墨羽!なぜおまえが刃を振る!お前に人の殺し方を教えた覚えはない!」


「刃を向けるということは、死ぬことであり殺すことだとあなたがわたしに教えました!」


「それは殺し方ではない!自らを護ることだ!」


「なんの違いがありましょう!わたしは、清葉を護るためにここにいるのです!」


「清葉・・・!?何の関係がある!?」


「そんなことも知らずに、吹原を攻めるのですか!?」


鳳炎天が一気に前に出る。

その勢いのまま、太刀を一閃する。

「くっ!?」

鹿嶺王は太刀でそれを受けると、後ろへ跳んで間合いを取る。

・・・まともに受けると太刀が折れる。並大抵の力ではない・・・。

この一撃だけで、鹿嶺王の太刀の刃が欠けている。


「知らないなら教えてあげます!」

鳳炎天の次の一撃が来る。

鹿嶺王は身をひるがえすと、体を横にねじりながらその一撃を躱す。

「清葉は、吹原にいます!天皇の中宮として!」

「なにっ!?」

鳳炎天がさらに太刀を振る。

まともに受けていると太刀が持たない。

鳳炎天の振る太刀の横腹を薙ぎ払って躱す。


「なぜ、そんなことになっているんだ!お前たちを戦に巻き込まぬよう、中納言殿に預けたというのに!」


「戦に巻き込みたくないなら、なぜ、ご自分のそばにおいて守ってくれなかったのですかっ!」


「それは結果だ!おれは最善を尽くした!」

声が少し震える。


「その結果がこれです!!」


鳳炎天は太刀を高く振り上げて跳び上がる。

鹿嶺王をめがけてその太刀を振り下ろした。








「兄者、左翼から敵の援軍があったそうだ。大した被害はないが、一部陣形が崩れた」

知基が魁怨の中から言う。

是基は羅刹の中でじっと目を閉じていた。

「・・・やや、手応えがなさすぎるな。何かあったのだろうか?」

「わからん。だが、敵はいくらかが逃走を始めたと聞いている。残る数は一万にも満たない」

「・・・時間の問題か。日が陰る前に終えそうだな」

「逃げる敵を追おうか?」

「・・・いや。おそらく奴らの行先は京だ。京を攻めるなら一度父上と話し合った方がいいだろう」

「そうだな。それがいい」

知基がそう言って、場を離れようとした時だった。

「敵襲ーっ!!」

後で声がした。

「後ろだと!?」

羅刹と魁怨が同時に振り向く。

小高い丘の下の方から、すごい勢いで迫ってくる一団があった。

「搦手か!手の空くものは背後に回れ!!」

是基が叫ぶ。



「このまま一気に敵の大将を討ち取る!」

「承知じゃ!兄者!」

文堅と文成の兄弟は、それぞれ白縫を駆って敵の陣を目指していく。

もう、近くに見えている。

赤い御体が数体集まっている。あそこにいるのが総大将だ。

「止まるな!駆け抜けろ!!」

「おおー!!」

文堅の号令一下、兵たちが突撃を開始する。


朱獄の中で昭基は体をこわばらせた。

「な、なんだ!?後ろから!?声が聞こえた!?」

知兄ぃはここには敵はこないって言っていた!でも、後ろから来たら、ここも危ないのでは!?

辺りを見渡す。

昭基を護る兵たちも動揺しているようだ。

背の高い草が生い茂り、見通しが悪い。どどどど・・・という足音だけが地面を伝って響いてくる。

「・・・・・」

息を飲む。


その時、不意に白い御体が草むらから姿を現した。

「うわぁっ!?敵だ!!」

兵たちが叫ぶ。

昭基も慌てて太刀を構える。だが、両手がぶるぶると震える。


「御体だ!御体がおるぞ!わしがもらうぞ!!」

文成が叫ぶ。

白縫の太刀を抜いて赤い御体と向き合う。


「て・・・・・ててて敵だ!?た、戦わなくちゃ!」

昭基は手足の震えが止まらない。

怖い!怖い!怖い!


「・・・なんだ?震えているのか?」

文成は一気に間を詰めて朱獄の足を払う。

朱獄は仰向けに倒れる。

「や、やや、やられるっ!!」

昭基は起き上がろうともがく。だが、慌てて思うように体がついてこない。

じたばたと藻掻く朱獄の上から文成の白縫が覆いかぶさる。

朱獄の腹の部分、繰り座の蓋を力任せにこじ開ける。

「おらっ!!」

バキッという音がして、繰り座の蓋がもぎ取られる。

「ぐはっ!?」

腹の皮を剥されたような強い痛み。

一瞬で昭基は泡を吹いて気を失う。

「お、子供!?」

繰り座に座っていた昭基を見て、文成はそう言うと、白縫で昭基をつまみ出す。

「子供が御体に乗っている・・・たぶん、身分の高い子供だな、きっと。連れて帰れば値打ちがあるやもしれんな」

白縫の左手に昭基を握ると、先へ向けて走り出した。

「・・・気がついても暴れるなよ。力を入れたらつぶしてしまう」




・・・いたっ!首の付いた赤い御体が二体。その周りに四体。

「止まるな!走り続けろ!」

文堅は叫び続ける。

勝負は一瞬!・・・どっちが大将だ!?


「敵がもうそこまで!」

兵たちがざわめきだす。

「兄者、下がれ!」

知基の魁怨が前に出る。


・・・庇うように一体が前に出た。

大将は・・・あっちだ!

文堅は奥の御体に向けて走り続ける。

「我が名は古越文堅!勝負せよ!」

足を止めないまま、大声で名乗りを上げる。


「我は緋次郎知基!この御体は魁怨!勝負受けてやる!」

魁怨が太刀を構えて前に出る。


文堅の白縫が一気に間を詰める。そのままの勢いで魁怨の懐に入り込む。

「なにっ!?」

知基が驚きの声を上げる。

太刀を振るわずに体当たりしてきた!?

弾き飛ばされる魁怨。

「いけーっ!!!」

文堅が叫ぶ。

「承知!!」

その後ろから文成の白縫が縺れ合う二人を跳び越えて、羅刹に向けて太刀を振り上げる。

「しまったぁ!!是基っ!!」

知基が叫ぶ。


「もらったっ!!」

文成の白縫が羅刹の胴体めがけて太刀を突きさす。

突き刺した太刀はメリメリと音を立てて羅刹の背中へ貫通した。


・・・何が起きた?嘘だろう?

目の前で兄者が刺されている?


知基はわが目を疑う。

「うがぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

その直後、是基の絶叫が響く。

「兄者ぁっ!!」

魁怨が文堅の白縫を振りほどいて羅刹に駆け寄る。

離れたところにいた他の赤い御体たちも集まってくる。


「囲まれる!このまま走り抜けるぞ!足を止めるな!!」

文堅が叫ぶ。

自身も立ち上がると、走り出す。

「だが・・・・」

文成が何かを言いかける。

「いい!とにかくここを抜けるぞ、文成!」

「わ、わかった!」

文成の白縫も後に続いて走り出す。

後ろから矢が飛んでくる。


・・・・外したか、文成のやつ。

だが、緋家の子を攫えたことだけでも良しとするしかあるまい。

気を失ったまま、馬に縛り付けられている昭基を見る。

・・・こんな子供が殺し合いの場に出なくてはならんとはな・・・。

「矢が飛んでくるっ!」

文成が悲鳴のような声を上げる。

「気後れするな!走り続ければ当たるものではない!走れ!走れーっ!!」

文堅は叫び続けた。



「兄者ーっ!!」

知基は魁怨から飛び降りて羅刹のところへ走る。

魁怨の胴体には太刀が刺さった穴がぽっかりと口を開け、そのまま仰向けに倒れていた。

駆け寄った知基は解怨の繰り座の蓋をこじ開ける。

「兄者・・・・」

そこには血まみれの是基がいた。

知基の顔に絶望が広がる。

「兄者・・・・なんてことだ・・・・。戦に勝ったとて、兄者がいなければ意味がないじゃないか・・・」

その時、是基の顔が少し歪んだ。

「兄者?」

口元に手を当てる。息がある!

「誰か、医者を呼べ!手のある者はここへ来て手伝え!総大将の命を助ける!!」

知基が叫ぶ。兵たちが集まってくる。

「大丈夫だ、兄者!絶対に助ける!!」

是基を抱きかかえ、繰り座から持ち上げる。

是基の体から血が流れ落ちる。知基はその時初めて、是基の左腕がないことに気づいた。

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