68 純波ノ章 二十四
「で、捕まってしまった」
惟正は海から引き上げられて、そのまま牢に放り込まれた。
「まさか、首を刎ねられたりせんじゃろうな」
「霞家の血筋と知れれば刎ねられるでしょうな」
「だが、わしには奥の手がある。緋家にとって喉から手が出るほど欲しい知らせを持っておるからな」
「さすが殿。溺れてもただでは沈みませんな」
「・・・で、元康。何故お主もここにおるのじゃ?」
隣にいたのは貝元康。主を置いて逃げた張本人。
「この忠臣元康、殿を置いて逃げるなど出来ません」
「・・・お主も、泳げないのに飛び込んだんじゃな?」
睨みつける惟正に、動じない元康。
「それよりも殿!これからどうなさるのです?殿のことですから、このような事態も考えた上でのことでしょう?」
「あ・・・・当たり前であろう?わしを誰だと思っておるのじゃ?」
「さすが殿!!聡明であること天井知らずですな!」
「ふふん!わしに任せておけ!」
すると、誰かがこちらへ近づいてくる音が聞こえた。
「知基殿、こちらです」
「うむ」
知基と呼ばれた若い男は惟正たちの牢の前に来て、二人をしげしげとみる。
「・・・なぜ鎧を着て海に飛び込んだのだ?」
知基が聞く。
「あ、こいつが悪いのです!」
惟正は元康の肩を押して前に出す。
「え?殿!?」
「こいつがこともあろうに、船をぶつけてやろう!などとぬかしおったのです!」
「ちょっと、まっ・・・!」
「首を刎ねるならこいつだけでよいと思うのじゃ!」
「はあ!?」
元康をぐいぐい前に押す。
「まさか殿、自分だけ助かろうと思っているのですかっ!?」
「うるさい!もとはと言えばお主が先に船から逃げたではないか!」
「さっき、何か策があるって言ったじゃないですかっ!」
「策はある!お主を売ってわしだけ逃げる!」
惟正と元康が言い争いを始める。
「ええい、うるさい!!」
知基が一喝すると、二人は背筋を伸ばした。
「はいっ!?」
「ともかく何者か?名前を言え。言わぬと首を刎ねる」
「・・・・・霞惟正、木曽霞家の遠縁じゃ」
びくびくしながら小声で言う。
「木曽霞家の遠縁?それが何故吹原の海に浮いていた?」
「ええと・・・飛び切りの知らせを持ってきたので・・・」
「知らせ?」
惟正は元康の後ろに隠れて顔だけをちょっと出す。
「あ、はい。ええと・・・。木曽の軍がもうすぐここへ攻めてくるという・・・」
「そんなことはわかっておる。それだけか?」
「あ・・・えっと・・・・」
「二人とも首を刎ねよ」
「はっ!」
知基が言うと、見張りの役人が腰の刀の柄に手をやる。
「あー!!お待ちくだされ!もっとすごい知らせがあるのじゃっ!!」
知基がちらっと惟正を見る。
「何だ?」
「命を助けてくれると約束してくれるならお話いたすが・・・」
「刎ねよ」
「はっ!」
役人が再び柄に手をかける。
「あー、待ってっ!言うから待つのじゃ!」
ため息をつきながら知基は足を止める。
正面から惟正を見る。
「わかった。有益な知らせなら命は助けよう。だが、虚言や無駄であれば首を刎ねる」
本気の目だ。
「え、ええ!もちろん!」
「で、なんだ?」
「ここへ来る途中、摂津の堺から船にのったのじゃが、堺に御体を乗せられるような新しい船がたくさんおった!あれは木曽の軍勢が水軍を率いておるのじゃ!木曽に水軍がないからと海に敵なしと思うとるじゃろう!?」
「・・・・・・まことか?」
知基が値踏みするように惟正を見る。
「・・・ほんと・・・ですぞ・・・?」
「わかった。仔細を調べる。嘘であれば首を刎ねるからな」
「えーっと・・・・はい」
知基は役人を連れて去って行った。
「・・・殿!何でそんな嘘を!しかも自分だけ助かろうとして!誰の味方なんですか!?」
元康が文句を言う。
「だって、仕方あるまい!そうでも言わなければ、わしもお主も首を刎ねられておったぞ!」
「素直に首を刎ねられた方が、後の世に名が残りますぞ!」
腕を組んで頬を膨らませる元康。
「何を言う。わしらはまだ船に乗って海に落ちて捕まっただけではないか。それだけで後世に名が残るものか」
「嘘をついて処刑されれば、とびっきりの情けない奴として名が残りますぞ」
「大きい船がおったのは本当じゃ・・・・。どこの船か知らんが」
「いい加減なことばっかり・・・」
さすがにあきれ顔の元康だった。
知基は父・孝基のところへ行き、このことを話した。
「・・・木曽が水軍?にわかに信じがたいが・・・信用できるのか?その者たちは」
孝基は胡散臭げに顎に手をやる。
「正直申し上げると、わたしも頭から信じているわけではありません。見たところ、苦し紛れにいい加減なことを言っているようにしか見えないのですが、確かに父上も海から木曽が来ることは予想していないご様子。今のところ京を出た木曽の軍が堺へ向かったという知らせはありません。・・・ですが、もしや葦野原か西玉津あたりの港を襲い、そこで水軍と合流する算段かもしれぬと思い、念のため・・・」
知基が言うと、孝基は険しい顔をいっそう険しくして言った。
「そうだな。念には念を入れるがよし。では、そちらには貞基を行かせよう。九州討伐から戻ってきているはずだ。是基は葦野原へ出向き、そこで陣を張って木曽を迎え撃つよう伝えよ」
「承知」
知基は頭を下げて部屋を出ると、是基のところへ急いだ。
木曽軍は勢力を三つに分けた。
まずひとつは京から丹波を抜けて摂津に入り吹原へ至る搦手。この軍を古越文堅・文成兄弟が率いる。京から長丘を通り摂津へ入る主力は途中で二手に分かれる。ひとつはそのまま吹原へ向かう主力。この主力を霞宗影と霞恒影が率いる。一方は緋家の手中にある摂津の西玉津湊を落とし、堺から船を呼び寄せて海路から吹原を攻める軍である。この水軍を霞安影、岡倉守武が率いる。西玉津湊は吹原の東にある小さな港町だが、ここを押さえれば吹原は目と鼻の先である。
総勢三万八千。
かねてからの不作により兵糧が整わず、それ以上の兵は集められなかった。
永天二年の夏のことである。
「なぜ、このようなところに御体がこんなにいるのか!?」
西玉津湊を攻めている守武は焦っていた。この港を押さえなければ、堺の水軍と合流することが出来ない。
だが、この小さな港を守るには似つかわしくないほど敵の数は多かった。あまりにも予想外の抵抗に、策がうまく行かないことへの焦りだった。
「まるで我らがここを攻めることがわかっていたかのようだ・・・」
白縫で迫ってくる敵兵を蹴散らす。
だが敵の赤い御体・朱獄が次々と現れる。味方が二体を倒し、守武が一体を倒した。だが、味方の白縫も二体やられた。残る味方の白縫は守武と安影のほかに二体で計四体。
「守武殿、先へ行きすぎるな!ついていけない!」
安影の声がする。
・・・そうだな。おれは宗影殿のようにはいかない。
跳んでくる火矢を叩き落しながら、奥歯を噛みしめる。
「これはおかしい。われらの動きが読まれていたのか?」
安影も同じことを考えていたらしい。
「一度引こう。堺で水軍と合流し、もう一度出直した方がよい。このままでは、吹原の前に戦力を失いすぎる!」
守武が言うと、安影が味方の兵たちに叫ぶ。
「よし、撤退だ!堺まで引く!」
西玉津湊を守っていたのは貞基の緋家海軍である。
「なあ重国。おれの翔鶴の出番はないのか?」
「ありません。ここは備前の浦崎殿に任せればよいのです」
「だが、敵の御体は六体おるのだぞ?」
「すでに浦崎殿が二体倒しました。敵は引いていきます。若の出番はありません」
伴藤重国は表情を変えることなく言う。
「では、このまま堺へ進むのだな?そこでおれの翔鶴の出番だな?」
「若は総大将です。自ら出ていくことはお控えなさい」
「・・・家臣が増えるとやることが減ってつまらん。伊予殿の河邑殿の首尾はどうか?」
「そちらも順調。すでに堺の船はこちらの手中にあります」
「ではここは澪瀬殿に任せて我らは堺に向かうぞ!」
「安影殿より伝令!西玉津湊、敵の抵抗に遭い堺まで撤退とのこと!」
宗影と恒影は顔を見合わせた。
「どこかから策が漏れていたのでしょうか?」
恒影は不安そうに言う。
「・・・漏れていたとしてもかまわぬ。ここでわれらが足を止めれば、文堅たちの動きが敵に知られてしまう」
「そうですな。行くしかありますまい」
是基は四万五千の兵を率いて葦野原へ向かった。副将は知基が務める。
「昭基、そう気を張るな。恐れは敵に伝わるぞ」
知基が言うと、初陣の昭基は初めて自分の手が震えていることに気づいた。
「知兄ぃ。おれは怖いから震えてるんじゃない。武者震いだ・・・」
「そうか。なら安心だ。大丈夫、お前のところまで敵はこない。おれと兄者が止めてみせる」
「・・・わかってる。大丈夫」
その声も震えていた。
「知基、行くぞ!」
是基が知基に声をかける。
「承知!」
知基は応えて、昭基の肩に手を置いた。
「できるだけ後ろにいて、様子を見ていろ」
知基はそう言って魁怨に乗り込んでいった。昭基も頷いた後、朱獄二式へ乗り込む。
「もう見えるところまで来たな」
赤い御体、羅刹の中の是基が言う。
ここ葦野原は小高い丘陵地帯で、見渡す限りの草原が続いている。かなり遠くまで見渡せため、まだまだ遠いが敵の軍勢がゆっくりとこちらへ進んでくるのが見える。
「兄者、功を焦ることはないようにな」
「わかっている。だが、ここまでおれは勝ち戦をしていない。それでも父上はおれを総大将にしてくれた。その恩義にだけは報いたい」
「・・・そうだな。兄者ならできるさ」
「お前にそう言われるとできる気がするよ」
「おれは嘘はつかない」
知基の言葉を聞いて、是基は少し口角をあげた。
是基の羅刹は右腕をあげて合図すると、六万の軍勢の行軍がとまる。
「久しぶりだな、小娘!」
体格のよい大男が墨羽に声をかけてきた。
「・・・・?」
誰だっけ?
見たことあるような・・・。
「小娘とはなんだ!我が主のおかげでおまえは命を取り留めたのだぞ!?」
実継が前に出る。
「ふん!誰も助けてくれなどと頼んではいない!」
あ、思い出した。火打城の時の・・・誰だっけ?
「ええと、お久しぶりです・・・」
間の抜けたような墨羽の言葉に、いきり立っていた二人も気が抜ける。
実継はこほん、と咳払い。
「で、何しに来たのだ?お主の持ち場は反対側だろう?」
あ、さすが実継。全部頭に入ってる。この人が誰かも覚えてるんだ。
「・・・礼を言いに来た」
「は?」
「助けてくれとも言ってもいないのに勝手におれの命を助けてくれてすまなかった!!」
男は頭を下げてそれだけ言うと去って行った。
「・・・とんでもなく不器用ですが悪い男ではないのかもしれませんね」
実継がその男の後ろ姿を見ながら言った。
「・・・で、誰でしたっけ?」
「・・・・緋寅正です。火打城の時に勝手に突っ込んで勝手にやられた・・・」
「ああ・・・そんな方がいらっしゃいましたね」
その後のことが印象に大きすぎて、そんなことがあったなど覚えてもいなかった。遠い昔のような気がするが、あれから一年も経っていない。
「前方、行軍が止まりましたね。敵が見えたようです。墨羽殿、ご支度を」
「わかりました。実継、今度も生き残ってください」
「墨羽殿こそ!もう一人で勝手に行かないでください!」
「心に留め置いておきます!」
そう言いながら鳳炎天に乗り込む。御霊石を握ると、意識が同化する。視界が広がり、遠くを見渡せる。
「純波、どう?いる?」
『いるな。ここから東南の方角。鱗の気配だ』
・・・富士川で見たあの鱗というやつ。確かに炎蛇ノ坂では敵の中に気配を感じた。
富士川では純波が「今は勝てない」と言ったが、あの時はほぼ互角に戦えた。今なら・・・全部思い出して理解した今なら・・・。
墨羽はそう自分に言い聞かせながら目を閉じる。汗が額から頬を伝って流れる。
緋家を守りたいんじゃない。清葉を守りたいだけ!
もう一度、あの手を握る!
そのためにここまで生き延びたんだ!
墨羽は目を開いた。




