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戦ぎの淡い影 ― 平安戦御体戦記  作者: ひろくま
第二章 純波

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67 純波ノ章 二十三

「それでは板挟みではないか!」

怒りの声をあげたのは文堅だ。

「われらが戦に勝って、仮に追い詰められた緋家の連中が帝に手をかけるようなことがあれば、われらの失態。間違って味方の手で帝に万一のことあれば、我らは朝敵となる。さらに、うまく帝を救い出しても、顕和親王は裏切った我らをただではおかぬだろうな」

恒影が目を閉じたまま言う。

「どうすりゃええんじゃ・・・。戦に勝つだけじゃいかんのか・・・」

文成が事の重大さに気づいたか、坊主の頭を両手で抱える。

「宗影殿、何か良い策は・・・?」

安影が言う。

守武は黙ったまま顎に手を当て考え込んでいる。澄玲は宗影の少し後ろで話し合いの行く末を見守っている。

「皆に話したいことがある」

宗影がゆっくり口を開く。

「おお、やはり策が!さすが宗影殿!」

安影が声を上げる。最初はあれほど妬んでいたのに、今ではすっかり宗影に頼りっぱなしだ。わが弟ながら情けない奴、と恒影は思う。

「いや、策ではない。このまま何も言わぬのはおれとしても心苦しいのでな」

宗影は少し視線を落とし、もう一度顔をあげて皆の顔を見渡した。

恒影が思わず宗影を見る。

「おれの本当の名は霞宗矢。霞宗明の太郎にして霞本流の御曹司だ」

「!?」

沈黙。

誰もが、息をすることを忘れているようだった。

恒影はそっと目を伏せ、他の者は目を開いて宗影を見る。

「おれは先の戦で敗れ、伊豆へ流された。だが、父・宗明の蜂起を知って、伊豆から都へ駆けつけたのだ。だが、結果、おれはここでも勝てなかった。あと少しのところまで紀基を追い詰めたのだが・・・」

澄玲が俯いて顔を覆う。命を落とした煕耶(きや)のことを思い出す。

「その後おれは姿を隠した。村伊宗春として、中納言(たちばな)朝臣満良(あそんみつなが)殿の元で緋家討伐の機会を窺った。そしておれの正体を知っているのは、中納言殿と、木曽御当主だった貴影殿、そしてここにいる恒影殿だけだ。だが、顕和親王はおれの正体を知っていた。それゆえ、おれを利用して皇位に就くことを考えたのだ」

「わたしの名は澄玲ではございません。澄乃と申します。緋紀基の娘です」

そう言って額が畳に着くほど頭を深く下げる。

「・・・・・」

一同は理解が追い付かないのか、口を開けたまま言葉が出ない。

「そして澄玲・・・澄乃とも話し合った。これ以上、木曽を巻き込むわけにはいかない。これはおれのせいで起きたことだ。ここからはおれと澄乃で戦う。皆は木曽へ戻り、木曽を守ってくれ」

宗影と澄玲は、一堂に深く頭を下げた。

・・・・・・。

沈黙。

皆が頭の中を整理しようとしているのがわかった。

恒影だけは、目を閉じて顔を伏せていた。

「・・・ええと、おれは良くわかんねえんだが・・・」

文成が恐る恐る沈黙を破る。

「要するに、宗影殿は本当は霞の跡継ぎだってことだろ?今までおれ、気になってたんだ。霞家の本家が伊豆なら、おれたちここで霞家を牛耳ってていいのかなって。だけど、宗影殿が御曹司なら、もう遠慮はいらないんじゃねえか?」

「・・・・・・・」

無言のまま、驚いた顔で皆が文成を見る。

「あ、ごめん。おれ、また変なこと言っちまったかな・・・」

頭を下げる文成の坊主を、文堅がぺちぺちとたたく。

「いや、お前、すごくいいこと言ったぞ!」

「そうだ。文成、たまにはいいこと言うじゃないか!」

守武が大声で言う。

「宗影殿、考えてみろ。もしお主が霞の御曹司だと知っていたら、おれたちが手を貸さなかったと思うか?それは逆だ。世話になった霞家の本流の御曹司なら、おれたちはどこまでもついていく。そんな覚悟はとっくに出来てる」

文堅が言うと、守武がぐいと前に出る。

「そうだぞ、村伊殿。黙っていたのは癪に障るが、おれたちがここまで来られたのはお主のおかげだ。何も恥じることはない。おれたちがやるべきは、朝廷に尻尾を振ることではなく、緋家を討伐することではないか?」

「・・・・皆・・・・・」

宗影も声を震わせる。澄玲は着物の袖で目を覆った。

「おれも同意見だ。どうせ都の華やかな暮らしなど山育ちの我らには性に合わん。追い出されようが何だろうがかまわない。都に義などない!敵は緋家だ。紀基の首だ!」

いつも冷静な恒影が、こんなに興奮した声を上げることは今まで聞いたことがなかった。

「わかった。では、緋家討伐の策を練ろうではないか!」

宗影が言うと、一同が「おう!」と声をあげた。







鳳炎天。

陽の光の下で見ると、いっそう輝かしい。

「うん、格好いい!」

そう言いながら繰り座へ滑り込む墨羽。

「居心地はどう、純波?」

『もともとこの石は嫌いだ』

「あら、そうだったね」

すうっと三回、深呼吸。

ゆっくりと両手で御霊石に触れる。

「ぐっ!?」

強烈な違和感。

・・・何これっ!?護堕天とは・・・違うっ!

意識が、薄れる。手のひらから石へ吸い込まれる。

『だめだ、堪えろ!』

「わかってる!だけどっ!!」

強烈な眠気に襲われる。視界が・・・薄れる!


「やはり、駄目だったか」

忠房がつぶやく。

鳳炎天はいわば、黄鎧が反対を押し切って作った規格外の御体。並外れた霊力を持つものでなければすぐに霊力を飲まれてしまう。護堕天のように暴走することはなかったが、誰も指一本動かせなかった。才能のある者というのは、常人には理解できないことをやりたがるものだ。


突如、鳳炎天はぶるぶると震えはじめると、急に地面に片膝をついた。

右手で拳を握ると、地面に何度も打ち付ける。

「墨羽殿っ!?」

あまりの異常に実継が叫ぶ。


墨羽の右手が赤く腫れてくる。

「だめっ!いうことを聞いて、鳳炎天!」

・・・わたしとあなたでなければ、あの人に勝てない。きっと、あの人はここへ来る!

そうだ。わたしは勝たなければならないんだ。


あの人と清葉を会わせてはいけない。

それは、清葉にとってとても辛いこと。

清葉を苦しめたり、悲しませたりしてはいけない!

わたしが清葉を守るって決めたんだから!!

お願い!言うことを聞いて!


・・・違うっ!

大きく息を吸う。

「わたしの、言う通りに、しなさいっ!!」



鳳炎天の振り上げた右拳が、自身の右頬を打った。

べきっ!


「えっ!?」

「墨羽殿っ!?」

実継が叫ぶ。



「・・・ほら、痛いでしょ」

静かに念じるように言う。

「でも、この痛みはわたしとあなたで半分ずつなの。わかって・・・」



その瞬間、墨羽の体はすっと軽くなる。

ゆっくりと鳳炎天は立ち上がり、顔を上げる。

『・・・さすがね』

「ふふ、ありがとう。純波」

右頬がじんじんと痛む。

腕を少し上げる。大丈夫。ちゃんと動く。



「墨羽殿!やった!!」

実継が自分のことより嬉しそうに両腕を高く上げる。

「はあ・・・・また手なずけてしまったか・・・・」

忠房も認めざるを得ないと口角をあげた。



「すごい!とっても軽い!」

ぴょんぴょんと飛び跳ねる鳳炎天。

大きく跳んで宙返りもして見せる。

「おおー!!」

ぱちぱち。

まわりにいた者たちが一斉に拍手する。

「えへへ・・・」

恥ずかしそうに頭を掻く鳳炎天。


「仕草は幼いおなごですな、やはり」

ぼそっと言う忠房。実継も、同意見だった。






「お呼びか?桐高殿」

伶守(れいもり)は桐高上皇の御前に参じた。

「伶守か。すまぬな度々呼びつけて」

「珍しいことよの。お主がおれごときにすまぬとは」

「また、伊豆まで向かってほしいのだ」

「ああ、やはりな。つまらんお使いではないと思っておった」

桐高は筆をとると、紙にすっと墨を走らせる。

「これを、伊豆の霞宗近に届けよ」

伶守は両手で文を受け取ると、懐に入れる。

「今度は木曽が要らなくなったのか?ひどいもんだな」

「言わば我ら朝廷の理想と、お前たち滅創衆の理想はかけ離れている。理解はできぬだろうな」

「今の時点でおれたちがやるべきは”力の分散”。木曽だけが権力を持つのはつまらん。そこまでは同じ向きを向いておるがな」

「このまま武家にやらせておけば、いずれ政は全て武家の手に落ちる。それは滅創衆も面白くないであろう?」

「最後に笑うのは宗近か・・・あるいは笑えるものなどいないかもしれんぞ?」

「そうならぬようにお前たち滅創衆がいるのではないか」

「・・・・つまらん」

そう言い残して伶守は上皇の御前から姿を消した。






霞惟正(かすみこれまさ)は木曽霞家前当主霞貴影の末弟、貴正の子である。

地方武士として、緋家からも敵視はされてこなかった。目立った功績もない。

だが、都に伯父の子、霞恒影が入った。これは好機と独自に兵を集め、ようやく千人余りが集まった。

「ようやくこの時が来た!おれも木曽霞家同様、緋家を打倒し、京へ入る!恒影と肩を並べ・・・いや、その上に立とうぞ!」

おおー!

「ですが殿。緋家を相手にするには、ちと心もとないのでは?」

惟正の腹心、貝元康(かいもとやす)である。

「わかっておる。元康、お主もわしくらい勉学に励め!そうすればわしの深い深い考えの足元くらいには及ぶやもしれぬぞ」

「おお、さすが殿!して、その策とは?」

「ふふん。木曽は上皇より令旨を賜り、これより吹原の緋家攻めを始めると聞いた。ならば、緋家の目は吹原より東、つまり京を向いておる!」

「ほう!さすが殿!」

「だろう!我が読みは完璧じゃ!」

「して、我らはどうするのです?」

「まだわからんか、元康はあんぽんじゃのう」

「いやぁ、面目ない」

元康は自分の頭をチョンと小突く。

「我らはここ、堺から船に乗り泡路島(あわじしま)に渡り赤石(あかいし)から吹原へ攻め込むのじゃ!」

ここは堺の港町。あたりには大きな船が何隻も停泊している。御体を乗せられるような船が数隻、接岸を待っているようだった。

「おお!なるほど!!これは緋家も思いもよらぬでしょうな!!」

「そうであろう!!そうであろう!!木曽と我らで緋家を挟み撃ち!もう逃げ場はないぞ!」

「さすが殿!日ノ本一の策士ですな!!」

「おう、よいぞ、もっと褒めよもっと褒めよ!」

「おい、あんたたち、船に乗るのかい?乗らないのかい?」

船乗りがイライラした様子でこちらを見ている。

「おーい!殿!早く乗りなされ!!」

さっきまで後ろにいた兵たちはみな、船に乗っている。

「おお、いつの間に!?元康、いくぞ!」

「はい、殿!」


惟正一行は大型船に分乗し、泡路を目指した。


船旅は順調。波は穏やか、風も吹き、波間の船を走らせていく。

「心地よしじゃ!」

「さすがですな、殿!天気までも殿に味方しておるようです!」

「わははは!当たり前じゃ!おれには敵はおらん!!」

「ですが、ちょっと気になることがあります!」

「なんじゃ、言うてみい。特別に聞いてやるぞ!」

「さすが殿!心が広い!!」

「よいよい、もっと褒めよ!で、なんじゃ?」

「先ほどから、同じように堺を出た味方の船がおりません!」

「・・・なんじゃと?」

辺りを見回す。広がる海。遠くには陸地が点在している。

「ありゃ?はぐれたかの?おい、船乗り!!」

惟正の呼びかけに先ほどの船乗りは答えない。

「恐れながら、殿!」

家臣の一人が惟正のところへ来る。

「・・・どうした?」

「先ほど、船乗りと漕ぎ手、全員、海へ飛び込んで泳いで逃げました!」

「え?」

「先ほどから申上げようか悩みましたが、殿があまりにも気持ち良さそうなので・・・」

「早く言わんか!ではこの船、風で勝手に進んでおるのかっ!?」

「はい。そう思われます!」

「この船、まっすぐあっちへ向かってますな」

元康が指さす方・・・港。

・・・・・・。

「あれはどこの港じゃ?」

「おそらくですが・・・・吹原かと・・・・」

あーなるほど!一気に着いてしまった!

「喜んでいる場合ではない!このまま突っ込んだらみんな緋家の餌食じゃ!何とかせい!」

「よくよく考えれば瀬戸内は緋家の手中にあります。堺の港も然り。そんなところで大声で緋家を討滅する策を話していれば、そりゃ告げ口されるでしょっ!」

元康が言う。

「元康が聞いたから話したのじゃ!もっと早く気づきなさいっ!ど、どうしよ!」

慌てる惟正。船の甲板を走り回る。

「そ、そう!皆で船を漕ぐのじゃ!」

「漕ぎ手たちが櫂を持って逃げました」

「・・・・・とりあえず帆を下ろして・・・・」

「下ろしましたが止まりません!」

目の前は緋家の巨大船が見渡す限り停泊している吹原の港。

このまま行けばあの船団の中に突っ込んでいく。

「ひいいいいいいっ!!」

「殿、お先にサヨナラ!」

「あ、元康!」

元康以下、全員がそれぞれで海へ跳び込んだ。

「わし、泳げないんだけど・・・」

一人取り残された惟正。

もう視界いっぱいに緋家の巨大船が迫る。

「ああ・・・ここまでか・・・」

惟正も海へ飛び込んだ。

その直後乗っていた船は緋家の巨大船にぶつかる

ばきばきっ!と音を立てて、粉々に砕けて沈んだ。

「敵襲かっ!?」

船の上で緋家の兵たちが騒ぎ出す。

ばしゃばしゃ。

「た、助けてっ!がぼがぼ!」

必死の惟正。

「怪しい奴だ!弓を持て!」

「ひいっ!?」

惟正はゆっくりと沈んでいった。

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