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戦ぎの淡い影 ― 平安戦御体戦記  作者: ひろくま
第二章 純波

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65 純波ノ章 二十一

「しっかりしてください、若!戦ですよ!!」

翔鶴の繰り座へ放り込まれる貞基。

「うう・・・おれは何も言っておらぬ。お前たちが勝手に始めた戦だ・・・」

「海軍の大将が船酔いしてどうするんですか!」

貞基の手を、無理やり翔鶴の御霊石に添えさせる。

貞基の意識が翔鶴と同調する。その瞬間。

「お!?」

貞基が顔を上げる。

「へ?」

「どうしました?」

「直った?何故かわからんが、すっきりしたぞ!?」

さっきまで死人のように青かった貞基の顔に、一瞬で血色が戻る。

「おお!頭が冴える!海が広い!世界が止まって見えるぞ!」

家臣たちも顔を見合わせる。

「よし、お前たち離れていろ!緋家水軍の初戦じゃ!!」

意気揚々と翔鶴が動き出す。

「・・・御霊石って・・・便利なんだなぁ・・・・」

家臣たちがぼそりと漏らす。




「我が名は緋家四郎貞基!!」

貞基の翔鶴が船の上で名乗りを上げる。

「訳あって伊予水軍の討伐に船を進めておる!備前と刃を交える故はない!が、ここを通さぬなら斬って捨てるぞ!」

それを全員が口を開けてぽかんと聞く。

「・・・それ、さっき聞いたよな?」

「二度目?」

その中、敵の船に桃色と黄色に塗られた御体がずいと前に出る。

「それはさっき聞いたが、いちおうこちらも名乗ろう!我が名は備前水軍浦崎澪瀬(うらさきのみおせ)!そしてわが御体、陽桜花(ひおうか)!緋家と言えども、我らが海で好き勝手させるわけにはいかない!勝負せよ!」

「その声・・・女か!?」

「さっきから見ておったではないか!それに、女ならどうだというのだ!?」

「おれに女を殺めることはできぬ!なぜならおれは女が好きだからだ!」

またも全員がぽかんと口を開ける。

「若、いや馬鹿!そう言うと変な意味にしかとれませんぞ!」

重国が瀧雨で出てくる。

「変な意味とはなんだ?おれは女がたいそう好きだが」

澪瀬は歯をぎりぎりと食いしばる。

「お前のような変態野郎がわたしは一番いけすかない!その首切り取って瀬戸内の魚の餌にしてやる!」

陽桜花を乗せた船が前へ出てくる。弓兵たちが矢を放ち、漕ぎ手が船を進める。

貞基の翔鶴の乗った船と澪瀬の陽桜花の船は真横に並び、翔鶴は腰の太刀を抜いて構える。

陽桜花は長い薙刀を持ちあげて頭上で振り回すと、翔鶴めがけて振り下ろす。

翔鶴はそれを太刀で受け止める。

ぎいん!!金属が当たる音が響き、火花が散る。

「ええい!」

翔鶴が一気に間を詰めようと前に出る。が、なにぶん揺れる船の上。足場がゆらゆらとして転びかける。

「うわっとっとっと!!」

「もらった!」

陽桜花の薙刀が迫る。

「若!」

重国の瀧雨がそれを太刀で受け止める。

「地上とは違います!うかつに揺らすと船がひっくり返りますぞ!」

「わ、わかった!」

船員たちも船のへりに捕まったり、甲板を転げまわったりしている。

「ははは!船の上での御体の使い方も知らないで我ら備前水軍に戦を挑むとは無鉄砲変態野郎め!」

「これ以上、おれの二つ名を増やすな!覚えられん!!」

翔鶴が太刀を振る。

だが、船が揺れて離れてしまい、陽桜花には届かない。

「残念だったな!」

だが、陽桜花の長い薙刀は翔鶴までじゅうぶん届く長さがある。

「えい!」

突き。

「うわ?」

のけ反り。

「えい!」

袈裟斬り。

「うわ?」

のけ反り。

「えい!えい!えい!えい!えい!」

突きを繰り出す。

「うわ!うわ!うわ!うわ!うわっ!」

そのたび翔鶴が避ける。

「おっ!?おっ!おっ!?おっ!おっ!?」

翔鶴が動くたびに船が揺れて瀧雨が転がる。

「いい加減にしなさい!!この馬鹿!!」

表情を変えずに怒る重国。

「だってぇ!」

「だってじゃないでしょ!船を揺らすなって言ってるでしょうが!!」

「・・・また馬鹿っていった・・・。重国がまた馬鹿って・・・さっきも若って言った後に馬鹿って言い直した・・・」

自在に漕ぎ手が船を動かす備前水軍に対し、大型で小回りの利かない緋家の船は混乱していた。

備前の船が近づいてきたかと思うと矢を射かけて遠ざかり、あっという間に矢の届かないところまで離れていく。御体は船の上で身動きが取れず、無駄に太刀を振り回すだけ。

「いくら数で勝ろうが、海の上ではわれらが有利!降参しろ!」

澪瀬が言うと、翔鶴がくっと顔を上げる。

「何を言う!これより我らは伊予水軍を討伐に行くのだ!このようなところで足止めされている場合ではない!船を漕げ!敵にぶつけろ!!」

おおー!!

漕ぎ手たちが声を上げる。

「はいっ!?」

重国が変な声を上げる。

「澪瀬殿!敵が追ってきます!!」

澪瀬たちの船と、貞基たちの船では大きさが違う。

衝突すればどちらも被害はあるだろうが、吹き飛ばされるのは備前水軍の方だ。

「とりあえず避けろ!こちらの方が小回りは効く!」

「承知!」

漕ぎ手を総動員して旗艦同士の追いかけっこが始まった。

瀬戸内は小さな島や、海面に頭を出した岩が多く、あまり船の速度を上げると避けきれない。

一回り小さな澪瀬たち備前水軍の船の方が細かい立ち回りは断然有利。緋家の巨大な軍船は一つ間違えば岩に衝突して粉々に砕け散る。

ぐるぐると回りすぎてどちらがどちらかわからなくなってきた頃、不意に貞基が叫んだ。

「とにかく奴等より早く進め!どちらが先に伊予に着くかの勝負だ!!所詮、そんなボロ船では我らに敵うまい!!」

澪瀬は歯をぎりぎりと食いしばる。

「言わせておけばっ!船は水軍の誇り!その船を侮辱するとは万死に値する!水軍の誇りにかけて、奴らに負けるな!!」

陽桜花が船の上で西を指さす。

「伊予を目指せ!!」

おおーーー!!





伊予の当主にして伊予水軍の首領、河邑言道(かわむらことみち)は家臣・重臣を一堂に集め、今後のことについて話し合っていた。

「我ら伊予は、古くから霞に系統を持つ家柄。緋家が何を言おうが、従うは道理にない」

「おう、その通りだ!」

「だが、都を落ちたとはいえ、緋家の力は強大である。いかに戦うつもりだ」

「もともと緋家は水軍を持たぬ。海の上で我ら伊予水軍に敵うとは思えぬ」

「だがすでに吹原には港が置かれ、船もあると聞いた。どうやら、こちらへ向かっているとも・・・」

家臣たちのやり取りを黙って聞きながら、言道は思案に暮れていた。

兵の数、御体の数においては緋家に遠く及ばない。おそらく反旗を翻したところで、負けないにしても被害は甚大だろう。不作の年が続く中、これ以上被害を増やすわけにもいかない。

すでに緋家の船が伊予討伐に出向したという話も聞いている。

もう、戦は避けられない。

「皆の者、心して聞け」

言道が重い口を開くと、役人がひとり、走ってこの場へ来た。

「恐れながら申し上げます!」

「・・・なんだ」

「緋家の船がこちらへ近づいてきているとの知らせあり!」

そうか。やはりもう、戦うしかない。

「わかった。敵の船の数はわかるか?」

「十か?二十か?・・・もっとか?」

家臣たちが口々に言う。

「・・・それが」

言いにくそうに役人が口を開く。

「二隻です。しかも一つは中型船で、おそらく備前のものと思われ・・・」

「はぁ!?」

その場の全員が顎が外れるくらい口をあんぐりと開けた。

「・・・どういうことだ!?緋家はこちらと戦に来たのではないのか?」

「詳しくはわかりません!御免!」

そう言って役人は下がっていった。

「・・・たった二隻?どういうことだ?」




速さの勝負なら、船が小さく御体も陽桜花一つしか乗っていない澪瀬の船が断然有利と思われた。

だが、貞基と重国の御体を乗せた緋家の船は重いぶん大きく、漕ぎ手も多い。結局いい勝負のまま伊予の水域まで来てしまった。ここで両軍とも漕ぎ手が全員悲鳴をあげて動かなくなった。

「ざまあみるがよい!我らの勝ちだ!!我らの船が先に伊予に着いた!」

「何を言う!我ら備前水軍の勝ちだ!」

睨み合う翔鶴と陽桜花。

「ここで決着をつけるのみ!!」

「よかろう!相手になる!!」

翔鶴が太刀を構えると、陽桜花も薙刀を高く掲げる。

「・・・ええと、若?」

「なんじゃ重国!いま、戦の最中だ!気の抜けた呼び方をするでない!」

「それが・・・」

重国の瀧雨があたりを指さす。その方をぐるりと見ると・・・。

船の周りを伊予水軍がすっかり包囲していた。

「え?」

「どうします?漕ぎ手が全員駄目になっているので船は動きませんが・・・」

「緋家の四男、残念だったわね!」

澪瀬が勝ち誇るように声をかけてくる。

「すっかり敵に囲まれて、味方は置いてきてしまったし!もう漕ぎ手も使えないから逃げられないよ!」

にやにやが止まらない澪瀬。

そこへ、伊予水軍の旗艦から声がした。

「緋家の船とお見受けする!我は伊予領主河邑言道である!たったこれだけで我が領海に入ってきたことは褒めてやるが、我らは緋家に屈することまかりならん!瀬戸内の藻屑となれ!」

「まずいですよ、若!」

重国がいつになく取り乱した声をあげた。

「・・・そんなこと言ってもな!やるしかないだろう!」

覚悟を決めた貞基は翔鶴に太刀を構えさせる。

「我は緋四郎(ひのしろう)貞基(さだもと)!この御体は眩耀(げんよう)氷輪紋(ひょうりんもん)翔鶴(しょうかく)!そして我が配下、重国とその御体瀧雨!そして・・・誰だ?」

「備前水軍当主、浦崎澪瀬だ!」

と言って思わず息を飲んだ。

「備前水軍が緋家に寝返るなど!だが、これだけの数で我が伊予水軍に勝てるとでも思っているのか!」

「い、いや、ちょっと!別に備前は・・・」

澪瀬が慌てて直そうとする。

「ふん!御体を持たぬ伊予水軍など、我ら三人でじゅうぶんだ!いくぞ、重国、澪瀬!!」

「ちょっと!何でわたしがあなたの仲間になってんのっ!?」

「話は後だ!来るぞ!」

まわりから無数の矢が降り注いだ。






数時間後。

「はぁ・・はぁ・・・・」

肩で息をする澪瀬。

「ふん!伊予など敵ではない!」

平気な顔の貞基と国重。

「お前たちは跳んでくる矢を払ってただけだろうが!ほとんど私がやっつけたんだ!」

「仕方あるまい。太刀が届かんのでな」

「しかし、おひとりであの大軍を倒されるとは、素晴らしいですな!」

国重の瀧雨が拍手する。

「・・・まったくうれしくない」

澪瀬は心底嫌そうな顔で言う。

「さて・・・」

貞基が言道を睨む。

「さて、伊予はこれより緋家の元に服従するか、ここで命を絶つかを選ばせてやる。どちらを選ぶ!」

「むっ・・・」

「言道殿!命を捨てるべきではありません!」

「そうですぞ!生き延びることを考えねば!」

言道の家臣たちが進言する。

「・・・だが、我が河邑家は・・・・」

迷いに頭を抱える言道。

「しかと考えよ!おれたちは今から豊前の島浦党の討伐に向かう!帰りに寄るから考えておけ!」

「若、それはちと・・・」

「そうだぞ。ここで決めさせろ」

重国と澪瀬も文句を言う。

「だが、ここで決めろと言うと、この男は死を選ぶだろう。生きていれば、あとで間違いだったと悔やむこともできる。できることはすべてやるべきだとおれは思っておる。よく考えておけ」

「・・・・・」

全員が言葉を失う。

「と、ともかくもうちの若は馬鹿なので言い出したら聞かぬ。言う通りにしてやってくれぬか」

重国が頭を下げる。

「うむ。よく考えよ。一旦、他の船の元へ戻る。漕ぎ手、漕げ!」

「えー!」

「なんで味方には優しくないんですかっ!!」

「もうちょっと休ませて!」

一斉に不満がこぼれる。

「何を言う!ここでわれらが去って行かないとかっこ悪いではないか!」

「・・・どっちにしてもあんた何もしてないけど!偉そうに言ってるけど、敵を倒したの全部わたしだからね!?」

澪瀬は心底不満。

「お前も来い。今後の進路を決める。お主がいれば心強い」

「・・・そりゃそうでしょうね」

二隻の旗艦はゆっくりと伊予の沖を離れていった。

残された言道と家臣たち。

「言道殿・・・・」

「緋家に従うのは気が進まぬが、あの男には従ってもよいような気がする・・・」

「・・・本気ですか?」

「大変そうですよ・・・」

伊予の沖は夕日に包まれた。




「・・・重国、また馬鹿と・・・」

「聞き間違いです」







「墨羽殿・・・・!?」

墨羽は老江山を降り、吹原へ入った。

都としての改修が進む中、武士所を探し当ててようやく実継を見つけた。

「実継・・・やっと会えました・・・」

「墨羽殿っ!!」

目頭が熱くなる。

実継は墨羽に駆け寄ると、肩をしっかりつかむ。

「本物の、墨羽殿ですよね?」

「はい。墨羽です。帰ってきました」

「ああ・・・よかった・・・。もう、もう生きていないものと・・・」

「実継も無事でいてよかった・・・。うれしい・・・」

実継の肩に手を回し、ぎゅっと抱き締める。

「墨羽殿・・・」

実継も我慢していた涙があふれ出す。

「よく帰ってきてくれました・・・。こんなになって・・・・」

墨羽は焼けて破れた着物に裸足の姿。髪もべったりとして顔に張り付いていた。

不意に墨羽は意識が遠のくのを感じた。膝から力が抜ける。

「墨羽殿!」

慌てて実継が支える。

「すみません。ちょっと疲れました」

「しっかりお休みください。床へ案内します」

実継が墨羽を持ち上げる。

この時ばかりは恥ずかしいよりも実継の気持ちが温かかった。

「あの・・・」

「何ですか?」

実継の顔が近くて、息がかかるのを気にしてしまう。

「あとで・・・あとで、頭を撫でてくれますか?」

「・・・・ええ、もちろん」

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