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戦ぎの淡い影 ― 平安戦御体戦記  作者: ひろくま
第二章 純波

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61 純波ノ章 十七

秋の紅葉を眺めながら街道を進んでいくと、徐々に人の住む家や田畑が広がり始めた。

往来の人影も増え始め、次第に道は賑やかさを帯びていく。

「この辺りが岩島か?」

「そうみたいですねぇ」

淡影の問いに皆秀が頷く。

「あれが和賀の庄であろうか?」

宿儀が指さした先、小高い丘の上に視界に入りきらないほどに左右に広がる壁と、その上にのぞく巨大な屋敷の屋根。

「はあ・・・・大きいねぇ・・・・」

ため息のような声で嶺巴が見上げる。

「大仏でもあるのじゃろうか?」

「あっても不思議ではないですね・・・」

ミカナと伊佐も、その大きさに圧倒されているようだ。

「と、とりあえず行ってみよう」


「ところで伊佐」

伊佐に淡影が話しかける。

「はい?」

「本当は千子姉上のところまで案内を頼むだけのつもりだったのだが、このような遠くまで連れてきてしまった。おれたちと一緒で大丈夫なのか?」

「・・・はい。もちろん。ついてきたのはわたしの意志ですから」

「ならばよい。すまないな」

「・・・・・」

なぜこんなところで?ここまできて?

嫌と言ったら一人で帰れと言われるのかなぁ・・・。それはあんまりだよぅ!



「おお!お主が霞宗明殿の子息か・・・」

「はい。霞四郎淡影と申します」

和賀玄隆(わがのげんりゅう)は五十代半ばといった風情の小柄ながらずっしりとした男だった。髭をしっかり蓄えた顔はしっかりと年輪を刻んでおり、眉間の皺は特に深く気難しい印象を見る者に与えた。

「木曽の霞宗影殿より長条氏討伐の礼にと、いくらかの贈り物を持参いたしました」

「ほう、それはありがたいことだ・・・」

これほどの栄華を持った奥州の長なら、木曽からの贈り物など大した興味もないだろう。

「ところで・・・わが父上とはどういった・・・?」

淡影は父のことをあまり知らない。母の璃玖もあまり多くは語らなかった。

「ああ、あれは忘れもしない・・・」

「・・・・・・・」

「・・・・・・・・」

玄隆が眉間の皺をより一層深くする。その眼力は鋭く淡影に刺さる。

「・・・・・・・忘れた」

「はぁ?」

「・・・・・いや、世話になったのは覚えておる。それが・・・なんじゃったか?」

「いや、もう構いません」

「そう言うな。もう少しで思い出せそうなのだ・・・・だが・・・・」

「いや、もうほんとにいいので・・・」

「ええと・・・・あれ?そもそも宗明殿と会ったことあったっけ?話を聞いただけで?いや、あれは・・・違う者だったか?そもそも宗明って誰?」

・・・聞かなきゃよかった。

「おや、客人か?」

誰かが入ってきた。

「あ、邪魔しています。木曽より使いとして参りました、霞淡影と申します」

「おお、木曽よりか。おれは和賀利長(わがのとしなが)。この玄隆の長男である」

利長は聡明そうな整った顔立ちだがどこか暗さを感じる。

「利長、霞宗明って誰だったか?」

「霞宗明・・・霞家の前の当主ではないか。また忘れたのか?」

「じゃって、じゃって・・・・忘れちゃうんだもん!」

目をウルウルする玄隆。

・・・何やってんじゃ、このおっさん。強面のくせに。

「ともかく、お客人、歓迎する。我らも霞家とうまくやっていけるならよし。緋家は嫌いじゃ」




「あー!やっと畳じゃ!!今夜から畳の部屋で寝られるぞ!うれしいな、伊佐!!」

案内された部屋の真ん中をごろごろと転がるミカナ。

「ああもう、はしたない。そうしてるとほんとに子供じゃないか」

嶺巴がミカナをつまんで持ち上げる。

「なんじゃ嶺巴。お主は庭で野宿でもよいのじゃぞ!」

「ふん。お子様がちゃんと寝られるように添い寝してやるよ!」

いつものだ。

「はあ」

伊佐はため息をつく。

・・・・・。



「父上!正気ですか?霞の子は災いの種!木曽霞を取り入れれば伊豆から睨まれ、伊豆に尾を振れば木曽から睨まれる!戦に巻き込まれますぞ!」

「何を言う。われらがここまで安寧を保ってきたのは、東国に霞家があるからに他ならない。霞本家の子息なら、我らはその後見をするのが道理」

淡影が木曽から持参した礼品の中に宗影からの書状があった。


奥州和賀府

当主 玄隆殿


早春の候、岩島の御清栄、慶びに存じ奉る。


此度、緋家の振る舞い、

ついに看過し難きに至り候。

世の理を乱し、民の安きを損なうその有様、

一門の遺恨に留まらず、天下の患いにて候。


ついては、淡影を先として討伐の軍を興さんと存ずる。

彼、若年といえども志堅く、

いずれ世を担う器と見受け候。


奥州におかれては、

乱を好まず、しかれども義を軽んぜぬ御家と承る。

もし御心許され候はば、

兵若干を添え給わらば幸甚(こうじん)に候。


もっとも、

御家に御家の御計らいこれあり候はば、

無理に及ぶものにあらず。

ただ、淡影が奥州に至る折には、

その身の安寧、ひとかたならぬ御配慮を賜らば、

此方としても心強く存ずる次第に候。


世は移ろいの端境にあり。

今は静観の時なれど、

いずれ風向き変わらん折、

奥州の名が義とともに語られんことを、

ひそかに願い奉る。


恐惶謹言(きょうこうきんげん)


木曽霞宗影



「我らに緋家討伐の兵を出せなどと!」

「兵を出すことはできん。我ら奥州は武家ではない。だが、霞家の子息には・・・・・なんじゃった?」

「父上、もうよい。この度のご客人はもてなそう。だが、兵は出さぬ」

「うむ。それでよい。戦に巻き込まれてはならんからな。兵は守るためにある」





「・・・・結局添い寝して寝るんだ・・・・」

その日の夜、ミカナと嶺巴は畳がよほどうれしかったのか、結局二人で抱き合って寝ている。

伊佐はなんとなく眠れなくて、昼間のことを思い出していた。


「ほんにいつも淡影は伊佐にだけは口調が優しいのう」

「ほんとだよ。あたしにはいっつもガミガミいうのに」


ミカナも嶺巴もそう言っていた。

もしかして、わたしって仲間に思われていないの?


「本当は千子姉上のところまで案内を頼むだけのつもりだったのだが、このような遠くまで連れてきてしまった。おれたちと一緒で大丈夫なのか?」


ついてきてほしいわけじゃなかったのか・・・。

わたし、もしかしたら一緒にいちゃいけないのかな?

考えてみると、わたしは姉様みたいに強くも美しくもない。

嶺巴みたいに堂々と肌を出すこともできないし、ミカナみたいに愛嬌のある年増なわけじゃない。会ったことないけど、お蓮という娘は鬼のような筋肉お化けらしい。

それに比べて・・・わたし・・・。

もしかして。

・・・・影が薄い!?

きっと、特殊な娘に囲まれすぎて、わたしのような普通の子が物足りないのでは・・・?

きっとそうだ。

普通の女がわからなくなっているんだ。これは・・・・何とかしないと。



次の日。

「うえっ!?・・・どうしたんだ、伊佐!?」

淡影は驚いて目が飛び出るほど見開いた。


顔に真っ白な白粉(おしろい)を塗って丸眉を書いてみた。

でも、この淡影様の苦い顔を見る限り、違ったみたい。

貴族の間で流行ってるって聞いたんだけどな・・・。



「はぁ・・・・」

なんだろう?全部裏目。

わたしって、姉様や時千代がいないとダメなのかな?

・・・やっぱり、姉様が言ったように・・・口吸い・・・?

いやぁ、駄目でしょ!?

そ、そんな恥ずかしい!!

で、でも、それで淡影様が喜んでくれるなら・・・だって、殿方は唇を吸うと喜ぶって姉様は言っていたし・・・。

いやー、やっぱり恥ずかしい!

きゃー!!


「何をくねくねしておるのだ、娘?」

「ひゃあああ!?」

「おおおっ!?」

そこにいたのは見たことない男。

「す、すみません!急に声をかけられたので叫んでしまいました!」

「い、いや。こちらこそ、驚かせるつもりはなかったのだが・・・。木曽から来たという一行の者か?」

「はい。伊佐と申します」

「わたしは和賀二郎利隆(わがのじろうとしたか)と申す」

「はぁ・・・」

利隆は伊佐よりも少し年上だろう。整った顔立ちのすらりと背の高い男だ。

「すまぬ。盗み見するつもりはなかったのだが、美しい娘が物思いに耽っていると思ったら急にくねくねとしだしたので声をかけてしまった」

「・・・・・・・」

「大丈夫か?ぼうっとしているが・・・?」

「あの・・・わたし、美しいでしょうか?」

「ああ、美しい。奥州でも美しい娘はいるが、お主のように菩薩様を思わせる穏やかな美しさを持った娘は見たことがないぞ。おれが言うのだ。間違いない」

「・・・・・そうですね。うん、やっぱりそうです!」

幼い頃から、姉様にそっくりだと言われて育ってきた。その姉様があんなに美しいんだ。わたしだって!

「おれは正直言って、お主を一目見て惚れ・・・・おい、待て!」

よし、自身ついた!突撃あるのみ!!

「おーい!おーい!・・・・行ってしまった・・・」






淡影は皆秀、宿儀と一緒に、御体の修理をしていた。

玄隆に「御造所を使わせてほしい」と頼んだところ、「自由に使って良い!・・・御造所ってなんじゃっけ?」と言ったので、さらに改良を加えることにした。

「風結はこれで終わりだな」

ミカナが吸い込まれる御霊石にさらに磨きを入れた。入っていたひびが心配だったが、きれいに磨いたことで、傷もきれいに消えた。

「そっちはどうだ?」

「蒼刃も終わりました。これで今までより早く動けますよ」

「杜若ももう終わる。後は英醐を調べて、異常がなければ首尾上々・・・伊佐?」

近づいてくる伊佐の姿。

伊佐はつかつかと歩いてきて、淡影の前に止まる。

「・・・淡影様、少し話があります」

少し下を向き、顔をこわばらせている。

「ど、どうした?」

「少し、一緒に来てほしいのですが」

「ああ。ふたりとも、少し任せる」

淡影は皆秀と宿儀にいうと、伊佐について御造所を出た。

ただならぬ雰囲気に、顔を見合わせる皆秀と宿儀。



そこは屋敷の裏手。さらに高台が連なっていて、遠くに奥羽山脈、て目には名前は知らないが湖が見える。紅葉が眼下に広がり、赤と黄色の木々がとても美しい。

日が傾きかけた頃、淡影は伊佐に連れられてここへ上ってきた。

「・・・綺麗な景色でしょう?・・・屋敷の女房に聞いたのです」

「ああ・・・綺麗だな」

景色に心を奪われながらも、うつむいたままの伊佐が気になって仕方ない。

「どうしたんだ、伊佐?何か悩みでも?」

伊佐が淡影にぐっと近づく。

「淡影様・・・」

伊佐の髪が風に揺れて淡影の肩に触れる。

「・・・はい・・・」

ぐっと息をのむ。

「た、淡影様も、くっ、口吸いがお好きなのでしょうかっ!?」

「・・・え?」

伊佐の顔が真っ赤に見えるのは夕日のせいではない。

「わ、わたし、その・・・、もし淡影様が口吸いがお好きなら・・・・え、えと・・・・その・・・・」

「・・・・・・く、朽ち水って・・・・!?」

腐った水のことだろうか?

だが、伊佐はいたって真剣な顔で淡影を見つめる。

「もし、お好きであれば、わたし、構いません!どうぞ!!」

伊佐がぎゅっと目を閉じて顔を上げる。

「え!?」

伊佐の唇が・・・淡影の顔の前に迫る。

唇と唇が触れ合う直前・・・。

「こら、伊佐!抜け駆けはいかんのじゃ!!」

「ミカナ!?」

「伊佐だけはそんな破廉恥なことしないと思ってたのに!!」

「嶺巴まで!?」

「えへへ・・・一蓮托生(いちれんたくしょう)

「連れてきてしまいました・・・」

「宿儀と皆秀!?」

皆がぞろぞろと草むらから出てくる。

「みんな・・・」


その後、伊佐は自分の存在について悩んだことを皆に打ち明けた。

全員が腹を抱えて大笑いした。

「そんなに笑わなくてもっ!!」

「ひぃ、だって!」

「わたしはこれでも真剣ですよ!」

「伊佐殿は大事な戦力ですよ!」

「そうそう。勝手についてきたなんて誰も思ってないよ」

「でもぅ・・・」

皆秀と宿儀が言う。

むすっと頬を膨らませる伊佐。

「そうだぞ、伊佐。おまえがいないと、あたしとミカナがじゃれ合うのがどうにも締まらん」

「なにそれ・・・」

淡影が伊佐の肩に手を置く。

「伊佐」

「淡影様・・・」

「あのとき、姉上のところまでの案内を頼むだけのつもりだったと言ったが、本当はそのままついてきて欲しかった。改めて一緒に来るかどうか尋ねるつもりだったが、伊佐が帰るつもりがなさそうだったので、当たり前に連れてきてしまって良かったのか聞きたかったのだ」

「・・・そうだったのですか?」

「だから気に病む必要はない。一緒に来てくれ」

・・・・・・。

”一緒に来てくれ”・・・!?これって・・・その・・・・。

「あああ、淡影様、皆の前で恥ずかしい・・・・」

「また伊佐のくねくね踊りが始まったよ・・・」

嶺巴が言うと、皆秀と宿儀が頷く。

「じゃが、伊佐・・・。わが淡影を唆そうとした罪は万死に値する・・・・」

「ミ、ミカナ・・・!?」

目が怖い!!

「罰として、お主の口吸いはおれが奪うのじゃ!!」

「きゃあっ!?」

伊佐に襲いかかるミカナ。


よかった。わたしの居場所があった!




その様子を遠くから見ていた影があった。

「・・・あの娘・・・やはり、あのような連中の元に置くには惜しいな。おれにこそ相応しい・・・」

利隆は淡影を遠くから睨みつけた。

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