57 純波ノ章 十三
「我は越後守長条依衛が息子、長条江良と申す!木曽守霞宗影殿とお見受けするがいかがか!?」
「いかにも!越後霞家の助太刀に参った!ここを通らんとするならば、まず我を討ち取って見せよ!」
大音声で名乗りを上げる。
「なれば相手にとって不足なし!その首を緋家への手土産といたす!!」
他の三体の御体が鹿嶺王を取り囲む。完全に後ろを断たれた形になってしまった。
「この御体は緋家紀基翁より賜りし御体、名を”赭行”と申す!」
「・・・ならば名乗ろう!これは名工慶秀が遺作”鹿嶺王”である!」
「いざ参る!」
「覚悟せよ!」
赭行が一気に前に出て間を詰める。鹿嶺王は身を低くして太刀を構える。
斬り込んできた赭行の一閃を躱すと、斬り返しの動きに身をよじる。そこへ後ろにいた赤い御体が太刀を振る。
鹿嶺王はそれをかろうじて躱す。
そこへもう一体の赤い御体が斬りかかってくる。
それを払いのけて横へ跳ぶと、待ち構えていた赭行が太刀を振る。
その一撃を太刀で受けると、赭行の体を蹴り飛ばす。
「ぐっ!?」
後ろから違う赤い御体が斬りかかってくる。
「もらった!」
鹿嶺王はくるりと回転させてその一撃をよけると、そのまま太刀を横に薙ぐ。
「なにっ!?」
鹿嶺王の一閃は赤い御体の胴体を上下に分けた。
「次っ!」
後ろにいた御体に狙いを定める。
一気に走り寄って間を詰めると、太刀を振り下ろす。
赤い御体はその太刀を受けると、泥に足を取られてずるずると倒れる。
鹿嶺王が逆手に太刀を持ち換えて突き刺そうとした瞬間、赭行が鹿嶺王めがけて襲いかかる。
とどめを刺すことをあきらめて後ろへ跳ぶ。
雨がいっそうひどくなる。
雷鳴が立て続けに空気を振動させる。
次の瞬間、前から赭行がこちらへ走ってくる。後ろには二体の赤い御体。
・・・どうする?
避けられない・・・・。
その瞬間だった。
まわりの敵の動きが次第にゆっくりとなって、止まった。
「・・・なんだっ!?」
降っている雨粒が空中で浮いている。
だがその無数の雨粒がゆっくりと集まり、宗影の前で塊となった。
「・・・何が起きている?」
その雨粒の塊はゆっくりと形を変え、人の形になった。
「妖か!?」
『・・・やあ、霞の子、正統な後継者・・・』
「・・・・何を言っている?」
『お主に力を与えに来てやったのだ』
「力?何の話だ?そもそも、お前は何者だ?」
『鱗・・・ただの鱗でしかない』
「鱗?」
『今は時間がない。お前を守るのが我が使命。今は時を止めているが、長くは持たない。行くぞ』
そう言うと、目の前の雨粒・・・水の塊は吸い込まれるように消えた。
「ど、どこへ消えた?」
『来るぞ!』
急に雨粒が上から下へ流れ出す。止まっていたすべてが動き出した。
目の前に赭行が迫る。
『太刀を高く掲げよ!!』
「だが・・・」
『掲げよ!!』
赭行の一撃を太刀で受けなければやられる!
その思いとは関係なく、鹿嶺王が動いた。
右手で太刀を持ち、天高く突き刺すように掲げた。
そこへ赭行が斬りかかってくる。
ただ、どおおん!!という大きな音が鼓膜に響いた。
高く掲げた太刀の先に、直視できないほどの光を放ちながら稲妻が走った。
天から落ちてきた稲妻が鹿嶺王の太刀を通り抜け、地面に広がる。
水の波紋のように、光る落雷は輪になって広がり続け、近くにいたすべての者を吹き飛ばした。
雨に濡れた体に稲妻が走る。
焼けるような痺れが襲い、命は動きを止める。焼ける匂い。
襲いかかってきた赭行は弾き飛ばされ、地面に叩きつけられる。
「・・・これは一体!?」
『稲妻を流したのさ。加護を受けていない者には死の洗礼だよ。とどめを刺せ!』
「・・・・あ、ああ」
何が起きたのか、やはり理解が及ばない。体がすぐに動かない。
ただ、あたりは一気に雨音以外は沈黙した。
すぐに、文堅たちがやってきた。
「・・・・」
その光景に息をのむ。
「・・・何があったんだ!?宗影殿!?」
鹿嶺王を中心にして、おびただしい数の敵兵が地面の泥に顔をうずめていた。
「長条が退却を始めたようですな」
文堅が言う。雨は小降りになってきていた。
雲の切れ間から日の光が射し、だいぶ遠くが見えるようになってきた。
「敵の御体は全て倒したので、後は時間の問題かと」
「よし、このまま追撃する!」
「承知!長条を滅亡させましょうぞ!」
木曽軍はそのまま越後へ侵攻を続ける。
長条依衛は越後を捨て街道を北上、陸奥の和賀家に援助を求めた。今や膨大に膨れ上がった木曽と争うことを嫌った和賀氏は長条依衛を討ち取り、その首を木曽へ送った。
これにより、宗影は木曽・越中・越後を手中に納めたことになり、今や緋家を凌ぐ一大勢力となった。
「宗影殿に会いに来た者?」
恒影が安影と話している。
「ああ、兄者。どうも縁故者というらしいが、それ以上は言わぬので、怪しい奴と思ってな。一度は追い返したのだが、こうも毎日来られては・・・」
「宗影殿には話したのか?」
「いや。まずは兄者に話を通してからと・・・」
「・・・・・わかった。おれがその者に一度会ってみよう」
「お主が宗影殿に会いに来たという者か?」
恒影にはその一行がひどく珍妙な者たちに見えた。
幼い娘児と、ひょろりと背の高い職人風の男、肌をやたら出している年頃の娘と、ぼさぼさ頭のみすぼらしい男。まともそうなのは、前に立っている綺麗な顔の少年と、高そうな装束を着ている娘。
・・・たしかに、すぐに会わせるのは躊躇われるな。
「はい。どうしても会わねばなりません。むしろ御当主も私に会うことを望まれるはずです」
いやに胸を張って言うので、ちょっと面を食らう。
「いつもの方と違いますね」
「ああ、この者の方が話が通じそうじゃな」
「いつもの朴念仁と違う・・・」
「なんでもいいけど、いつまで足止めなんだい?」
「後ろの四人、こそこそ話はもう少しこそこそして!」
恒影は咳払いすると、気を取り直すように襟を正した。
「で、名は何と申す?それくらいは聞いてもよかろう?」
「はい。わたしの名は白結丸。霞四郎白結丸と申します」
「!?」
恒影は言葉を失う。
「証拠はございます。この刀。霞家の御曹司が持つべき刀です」
「少し失礼」
白結丸が差し出した刀を受け取り、見定める。初めて見る物なので詳しくはわからない。だが、素晴らしい意匠のものであることは一目瞭然だ。下級、いや中級の武士が持つものでないことはすぐにわかった。
「これを兄上に返上に参りました」
少年はそう言って頭を下げた。
「はじめてお目にかかります、兄上」
白結丸はそう言ってやうやうしく頭を下げる。
「人払いはしてあるが、兄上と呼ぶな。ここではおれは宗影と言う名だ。もとは村井宗晴。霞宗矢ではないからな」
「そうでしたか。ですが、ようやくお会いできたので・・・」
「ああ、大きくなったな。おれがお前を見たのは、生まれた日が最初で最後だったと記憶している。あの日の父上の喜びようはすさまじくてな。その勢いで六原に攻め入ったのだ」
皮肉っぽく言って、ちょっと笑い顔になった。
「しかし、璃玖殿は残念だったな」
「はい。宗近兄上にも会いたいと申しておりました」
「・・・そうか、宗近か」
「伊豆におられると聞いております」
「ああ、わが昔の同胞に面倒を頼んだ。今や、伊豆霞家の頭領となっていると聞く」
宗影は白結丸に顔を近づける。
「この度、伊豆も挙兵したと聞く。おそらく、我らと同じ、勅令を受け取っているはずだ」
小声で言う。
「ならばともに緋家を・・・」
「うむ。だが、残念ながらそれはできぬ。霞宗矢はすでに死んだ男だからな。宗近は霞家の御曹司でなくてはならない。おれは今更生きてました、とは出ていけないからな」
「・・・・」
「心配するな。宗近と争う気はない」
「ならばよいのですが・・・」
「せっかく来たのだ。ゆっくりしていけ。いずれ宗近のところへ行くのだろう?」
「はい。その前に兄上にこの刀を返したくて・・・」
「構わんよ。それはお前にやったものだ。おれが出来なかったことをお前に託した証だ」
差し出した刀剣を押し戻した。
「それと、できるだけここの者と関わらないでほしい。おれのことを知っている者は少ない。それでも皆、慕ってくれている」
「・・・わかりました」
「それにしても、よくおれのことがわかったな」
「はい、千子姉上に中納言橘朝臣満良殿のことを聞き、満良殿にここのことを聞いて参りました」
「ああ・・・、二人ともおしゃべりだからな・・・。ちょっと心配だな」
宗影は思い切り浮かぬ顔をした。
「・・・・ところで・・・・・さっきからずっと気になっていたのだが・・・・」
白結丸の後ろに控えているミカナを指さす。
「え!?ミカナ、いつの間に!?」
「おれの記憶が確かなら、その幼いおなご、知っておるような気がするのだが・・・・」
宗影が首をひねる。
「おれは最初からおったぞ。いつ気づくか見ておったのじゃ」
ミカナがやや不服そうに言う。
「ミカナ・・・やはりミカナか!あの時のまま・・・だな・・・。何故?」
宗影はミカナと言う名を聞いてポンと手を叩いた。
「うむ、おれはなぜか十五年前から変わらんのじゃ。久しいのう、宗・・・・宗影」
ミカナはニヤッと歯を見せて笑った。
「なんとも・・・前から不思議な娘だと思っておったが・・・」
「おれが風結の中におるのにそのまま封印してくれたからな」
「風結・・・あの時の御体か。あの中にいたのか?」
「うむ。取り込まれておったんじゃ。まあ、白結丸のおかげでこうして出てこれたがな」
白結丸の腕に絡みつくミカナ。
「・・・・お前たち、そういう・・・・・・?」
「いえ、違います」
「無論、そういう関係じゃ!」
「かわいいのう、狛」
ミカナが狛丸を抱き上げると、きゃっきゃとはしゃぎながらミカナの頬をペタペタ触る。狛丸は一年ほど前に生まれた宗影と澄玲の子である。
「すっかりミカナに懐いたなぁ」
嶺巴が言う。
澄玲も狛丸と遊ぶミカナを見ていると、どうしても清葉のことを思い出してしまう。同じくらいの歳だろう。
「・・・・伊佐、わたしのことを覚えているかしら?」
「いえ・・・。でも、母から何度も話は聞いています」
「そう、あなたの母上、千子御前にはとても助けられたわ。お元気にしていらっしゃる?」
「はい。今は丹後の成相寺というところで暮らしています。六原よりのびのびしています」
伊佐は笑顔で言った。
「あそこは生きにくいところだものね。でも兄は・・・お父上はとてもいい方でした。早くに亡くなられたのは残念です」
「はい・・・。父がいれば、わたしたちもまだ六原で暮らしていたと思います。ですが、こうして世の中を見て回れたのはとても良いことだと感じております」
「そうね。で・・・」
そう言いかけた時、急に狛丸が鳴き声を上げた。
「おおおお!?どうしたのじゃ!?急に泣きおって!」
「あたしに任せな!べろべろばー」
「ぎゃああああ!!ぎゃああああ!!」
「やめい!余計に怖がっておる!」
「ああ、そろそろお腹がすいたころじゃないかしら?」
澄玲が言うと、ミカナが狛丸を持ち上げて言う。
「さすが母じゃな。良くわかっておる。どれ、ではおれが乳をやろう」
と言って着物の襟を広げ出したので、慌てて嶺巴がとめる。
「で、出るわけないだろ?ちんちくりんなんだから!」
「なんじゃ、ただの冗談じゃ!それに、乳は小さくてもお主より年上じゃからな!」
「歳と乳は関係ないわ!」
ふたりのやり取りにぷっと吹き出しながら、「乳をあげられるのは母親の特権です」と狛丸を取り上げた。
「ぶぅ・・・・」
頬を膨らませるミカナ。
「幼子のミカナにはおれの乳をやろうか?」
嶺巴が焚きつける。
「お主の持ち腐れなどいらんわい!」
プイッとそっぽを向く。
「なんだと!」
と、いつもの小競り合いが始まる。
「はぁ・・・・」
伊佐が大きなため息をついた。




