6-11 禍神ノ章 十一
「・・・・と、淡影殿に言われました」
義陽が淡影とのことを伊佐に話すと、伊佐はふぅ、と深い息を吐いた。
・・・・やはり、淡影様にはわたしは女として映っていないのですね。
「はい。わたしも、淡影様に言われました」
「そうなのですか?」
「はい。これから先は、緋家との戦いになる。伊佐にとっては辛いことだから、関ノ府に汐永様と一緒に帰った方がいい・・・・と、汐永様と同じことを言われたのです」
「そうですか」
義陽は少し頭を下げると、顔を手で覆う。
「淡影殿らしい、というか、何というか・・・・」
「でも、わたしは・・・・」
突然、義陽ががしっと両手で伊佐の肩を掴んだ。
「え?」
「伊佐殿、おれと一緒に関ノ府へ帰りましょう!」
「何ですか、突然?」
「これは、子供たちのためではなく・・・・おれのために・・・・そして、伊佐殿のために!」
「・・・・・・」
「おそらく宗近殿は緋家の滅亡を望まれます。その時、伊佐殿が緋家の姫だと知られれば命も危うい・・・・。ですが、汐永家の嫁であれば、宗近殿も手出しはできないはずです!」
「えと・・・・それは・・・・」
「もちろん、おれでは淡影殿には何もかないません。なので今まで何も言い出せずにいました。ですが淡影殿がおれに、伊佐殿を頼むとおっしゃったのです。それは、こういうことだと思うのです!」
「あの、汐永様?」
「はい?」
「わたしの気持ちはどこに置いてきたのですか?」
「はい?」
「それは、淡影様と汐永様の間での話。わたしの気持ちを聞いてはくれないのですか?」
「ええと・・・・おれでは、やっぱり駄目ですか?」
「そうじゃありませんけど・・・・淡影様がよろしくといったから貰います、なんて、犬の子みたいに・・・・」
「ご、ごめんなさい!そういうつもりではないのですが・・・・」
少し怒った顔の伊佐に、慌てて首を振る義陽。
「・・・・・・・・」
「・・・・・・・・」
「はぁ・・・・、まあいいでしょう」
伊佐はまた溜息をついて、顔を上げた。
「少し納得いきませんが、汐永様がわたしを生涯見てくださるなら、ご一緒いたします」
少しすねた顔の伊佐。だが、義陽はぱっと笑顔になる。
「あ・・・・、はい!」
義陽の口から、甲高い声が出た。
「ですが、汐永様。わたしも武家の娘です。家で大人しくしている女ではありません。それに、わたしはわたしより強い殿方にしか惹かれませんので」
「え・・・・・あぁ、はい・・・・・・」
「関ノ府に戻ったら、しっかり鍛えて差し上げますので、ご覚悟を」
「・・・・・・はい」
義陽はどんな顔をしてよいかわからなくなった。
嬉しいのは嬉しい。それは間違いない。
「では、わたしも、その”朱雀探し”とやらに連れて行ってくださいますね?」
「ええと・・・・もちろん。ご一緒してくださるのなら心強いです」
「でも、本当にいるのですか、そんな火を吹く鳥など・・・・」
「おれも良くわからないのですが・・・・でも、富士川の合戦の時、おれは確かに見たのです。富士川の向こう岸で、鳥の形をした炎が空へ上がっていくのを。今思えば、あれが朱雀だったのではないかと・・・・。そのすぐ後、富士川をとんでもない水が流れて来て、緋家は逃げ出しました。こちらも、諏訪霞家の大将が流されましたが・・・・」
「・・・・・」
「あ、信じられないでしょう?おれもいまだに信じられません。この目で見たことなのに」
「いえ、信じますよ。あなたの言うことならば」
伊佐はにっこりと笑った。
「伊佐殿・・・・」
◇
「それは今を去ること百年前、いや、わが爺様の時代であるからしてざっと百と五十年前と言ったところか。わが爺様たちは京からの帰りの道でちょうどこの辺り、富士川のほとりで夜を明かさんと焚火をしておったところ、森の獣たちがざわざわと蠢き出し、鳥たちが一度に飛び立つとともに、いや、それがどんな鳥かというと、やませみ・かわせみ・うぐいにせきれい、かもにはやぶさ、さらには鷹や鳶まで。ちなみに先ほどの獣たちというのは兎に熊に鹿に猿、やまねにやまねこ、猪、狐に狸に栗鼠にむささびまで。そしてわが爺様たちはどうしたかというと・・・・・」
「あのう、関係ないところは飛ばしてくれませんかねぇ・・・・」
うんざりした顔で義陽が言う。
千浦和門は御体車の上に、腰骨をへし折られた白縫と同じ格好で乗せられていた。
うつぶせになって、尻の辺りだけを上にあげている。平仮名のへの字の形だ。
「どうしてこうなったのですか?」と先ほど聞いたところ、「突然、剛力の女の白縫にへし折られた。しかも、その女はこちらが名乗りを上げている最中に・・・・(以下略)」といった。
「そうか、ならば、火を焚いたら富士の山が火を吹いたのだ」
「飛ばし過ぎて、何もわからないのですけど?」
「これには古い言い伝えがあってな」
「はい?」
「富士の山の奥深くには、炎を纏った鳥、すなわち朱雀が閉じ込められているそうなのだ。その昔、人に炎を与えた神の鳥。それが、いつしか人が炎を殺し合いに使うようになったため、鳥はその人々を燃やして新しい人を作ろうと考えたそうだ。だが、それを良しとしなかった他の神獣たちが、朱雀を富士の山の地中深くに閉じ込めて、玄武がそれに蓋をした。今でも、玄武の力が失われると朱雀の炎がそこから吹き出すという言い伝えだ」
「・・・・はい。たぶん、それを聞きたかったのだと思います」
「そして、青龍が玄武の力が失われないように見張っているそうだ」
「そこまで行くと、作り話っぽいですね」
「まあ、もともと作り話だろう。だが、この作り話というのも、そもそもが何か元になる寓話などがあって、それにいろいろな人が語り継ぐ間に尾鰭背鰭がついて行くというもので・・・・」
「ああ、もういいです!ありがとうございました!!」
義陽は頭を下げて、その場を立ち去ろうとする。
「あ、汐永殿!」
「はい?」
「すまん・・・・手が届かんのだ。背中を掻いてくれ・・・・」
和門は体をへの字に曲げたまま、申し訳なさそうに言った。




