6-9 禍神ノ章 九
「瑞奈様、淡影様をお願いします!」
蓮華が叫ぶと、狐白丸に乗った瑞奈が頷く。
「蓮華殿、敵は手練れです!すぐ戻ります!無理はしないで!」
「はい!」
◇
・・・・目が見えなくなってきた。
玖狼はそれでも力を緩めるわけにいかない。
もう、どうせ終わりだ。
このまま、こいつを道連れに!
ぐふっ!!
口の中が生臭い。
血を噴いたのか?
かまうものか!!
いま、おれはとても気持ちが良い。
誰よりも強くなった!!
伶守よりも、斎尾よりも、紺織よりも!!
そして、破主よりも強くなった気分だ!!
誰にも負ける気はしない!!
「霞の子、死ねええええぃっ!!」
玖狼は最期の力を振り絞った。
「くそっ!!力負けするっ!!」
風結の背中が瓦礫の中にうずまっていく。
メリメリと音を立てて、風結の四肢が悲鳴をあげる。
『まずいぞ、このままでは!』
ミカナがそう叫んだ時だった。
禄染から、ふっと力が抜けた。
その瞬間。
瑞奈を乗せた狐白丸は高く跳びあがると、淡影の風結に覆いかぶさる禄染めがけて急降下する。
がんっ!!
狐白丸はその勢いのまま、禄染の横から体当たりする。
禄染は横にぐらりと転がり、仰向けに倒れ込む。
「やった!!」
瑞奈が叫ぶ。
「瑞奈殿!助かった!!」
そう言って風結は立ち上がると、手に持った太刀を振り上げる。
「これで、最期だ!!」
風結が禄染の上に、その刃を振り下ろそうとした。
が、禄染の胴体に刃が触れる瞬間、その手を止めた。
『淡影・・・・』
「・・・・ああ。どういうつもりだったんだ?こいつは」
玖狼は既に、禄染の中で息絶えていた。
「玖狼・・・・ほんっとに壺頭だねっ!!くそっ!!」
紺織が吐き捨てるように言う。
「あなただけになりました!もう諦めなさい!!」
蓮華が言うと、紺織は奥歯を噛みしめる。
「滅創衆にはね、諦めるってものはないのさ!諦めた時は、命を捨てたってことだからね!!」
華裡が背中に隠し持っている小太刀を投げる。
きんっ!!
その小太刀が向かう先、風結が太刀で小太刀を弾く。
「瑞奈殿はおれの大切な人だ!誰にも渡さない!!」
「え!?」
どきっ!
『・・・・淡影、何か言うことが違う気がするのじゃが?』
「淡影様の悪いところが出てます!!」
紫雲が風結に詰め寄る。
「え?なんで?」
「あ、あの、今はそれどころじゃ・・・・」
瑞奈が言うと、紫雲と風結が華裡に向き直る。
「そうだった!まずはおまえを倒す!!」
風結が太刀の先を華裡に向ける。
「ふん!もう、あんたたち、終わりだよ・・・・」
紺織がそう言うと、華裡は地面に片膝をついて頭を下げた。
「・・・・何をしている?」
『淡影・・・・まずいぞ・・・・・・』
ミカナの声、思念が震えている。
その時だった。
淡影も感じた。
異様なほどの怪しい気。濁った霊力。
だが、気配はない。
なのに、それはそこに立っていた。
・・・・なんだ!?
目に見えているのに、近づいてくる気配がなかった。
いつからそこにいたのか、まるでわからなかった。
華裡の隣に、もう一体の黒い戦御体が立っていたのだ。
その姿は月の光に照らされることもなく、すべての光を吸い込んでしまうような黒で覆われている。その顔にはまるで表情のない不気味な黒い仮面がつけられている。
「おまえが、霞家の末子か」
低い、籠ったような声だった。
「・・・・おまえは、誰だ?」
「おれは、滅創衆の破主、叢方破祖。そしてこの戦御体は禍鋼という」
『・・・・淡影、以前におれと嶺巴が富士江の屋敷で出会った男じゃ。気をつけよ。只者ではない・・・・』
「・・・・ああ。そのようだな」
・・・・あの戦御体、禍鋼・・・・。
ただ立っているだけのように見えるが、まるで隙が無い。
迂闊に近寄れば、どこから攻撃されるかわからない。気配がないから、動きを読むことが出来ないのか。
「蓮華!瑞奈!おれの後ろへ下がれ!」
「・・・・はい」
「わかりました」
淡影が言うと、紫雲と狐白丸は風結の背後に下がる。
・・・・あれが、滅創衆の当主か?
瑞奈も、その異様な”気”に、気持ちを押しつぶされそうになっている。
「瑞奈様、もっと下がって。あいつらの狙いは瑞奈様ですから」
蓮華が言う。
「蓮華殿、気を付けて。あの敵、異様です」
「・・・・はい」
瑞奈は頬を冷や汗が伝うのを感じた。
「ふん。玖狼が死んだか。まあいい」
禍鋼は片膝をついている華裡の頭をぐっと掴んだ。
「おまえたち如きでは霞の末子には勝てまい。やつが桐高の子を守っているなら、ここは引くしかあるまいな」
「・・・・ですが、玖狼の!」
「引けと言っているのだが?」
禍鋼は華裡の頭部をぐっと持ち上げた。
華裡は首を反らせてぶらり途中に浮く。
「あ、あぐっ・・・・あがっ!!」
・・・・片手で持ち上げた!?
淡影たちはその光景に声も出なかった。
戦御体を片手で持ち上げるなど・・・・。
「霞の末子、おまえにはやってもらわねばならんことがあるのでな。おれたち滅創衆はここで引いてやる。だが、桐高に言っておけ。おれたち滅創衆の狙いは朱雀だ」
「なんの話だ?」
「不死の山が火を吹く。その時、朱雀は蘇る」
「朱雀が・・・・?」
「そうだ。朱雀が蘇れば、この世は炎に包まれる。帝の世も、貴族の世も、武士の世もない。ただ、すべてが灰になる」
「・・・・おまえたちは、それを望んでいるのか?」
「望むのではない。そうなるべきなのだ。そして、その時にお前のその風の力が必要なのだ。それまで生きていろ」
ずしゃっ。
禍鋼が華裡の頭を離した。
「ぐへぇっ!!ごふっごふっ!!」
紺織の吐くような声が聞こえる。
禍鋼が、後ろを向いて出て行った。
華裡がよろよろとその後を追う。
「・・・・追う・・・・べきではないな。きっと・・・・勝てない」
淡影がつぶやいた。
『・・・・・・ああ、そうじゃな』
ミカナの声はまだ震えていた。




