6-5 禍神ノ章 五
「ぶすっ!」
嶺巴が軒下に腰掛け、庭を眺めながら頬を膨らませている。
「おや、嶺巴殿、ご機嫌斜めですね」
皆秀が声をかけた。皆秀は両腕で抱えきれないほどの書を積み上げて運んでいる。
「当たり前だよ!淡影は御所に部屋が与えられて、ミカナは淡影と同室!で、なんであたしは明橋なのさ!!」
「仕方ないでしょう?風結はミカナ殿なしでは力も半減します。この前の戦で淡影殿もそう感じたからでしょう」
「でもさ!!あのミカナだよ!?何するかわからないよ!?」
「もう、何かするなら、今までだって同じでしょう?それよりも、嶺巴殿、すこしこれを運ぶのを手伝ってくれませんか?」
「・・・・ぶすっ!!」
「あのう、まだ向こうに白縫や獅剛の絵図が山ほどあるんですよ!今日中にここの御造所へ運びたいのですが・・・・」
「せっかく伊佐と汐永殿がいい感じになって、瑞奈が男だってわかって蓮華といい感じになったって時に!!今淡影に迫れなきゃ、いつやるのさ!!」
「今じゃない、と思いますがねぇ・・・・」
「だって、ミカナはちんちくりんじゃないか!まだ子供だよっ!?」
「そんなことないですよ。見た目は子供、中身は大人です」
「そんな”名検非違使・河南”みたいなこと言うんじゃないよ!」
「何ですか、それ?」
「よおし、今夜は内裏に忍び込んで・・・・」
「やめてください!嶺巴殿が晒し首になってしまいます!」
「じゃあどうするのさ!?」
「べつにどうもしなくたって・・・・相手は、あの、淡影殿ですよ?」
「・・・・それもそうか」
・・・・それで納得するのか。
ちょっとひきつった笑い顔の皆秀。
「ともかく、手伝ってください!でないと、蒼刃が直せませんよ!」
「そりゃ、大変だっ!!」
嶺巴は皆秀の荷物を取り上げる。
「ああっ、まってっ!!」
ばさばさばさ・・・・!
「ああ・・・・」
◇
その夜。
淡影の部屋。
「なあ、淡影」
「なんだ?」
淡影とミカナは向かい合って座っている。
その間には一組の布団が敷いてある。
「女房達におれが頼んだので・・・・いや、気を利かせて・・・・いや、手を抜いたのか、布団が一組しかないのじゃ」
「そうか」
「いや、そうか、ではなくてじゃな・・・・」
「夜は冷えるからな。布団がないと寒いな」
「まあ、その通りじゃ。これがどういうことかわかるか?」
「ふたりで一緒に入れば温かい」
「・・・・そういうことじゃ。ちょっとわかっていない気もするが」
「では、さっそく・・・・」
布団をめくり、先に入ろうとする淡影。
「待て待て待て!」
「な、なんだ!?」
「こういうことは、雰囲気が大切なのじゃ!もっと、なんというか、その、あるじゃろ?」
「何が?」
「じゃからっ!!おなごにすべて言わせるものじゃないのじゃ!!」
「そう言われても・・・・・何のことだか・・・・」
「まったく!!この戦馬鹿が!!」
ミカナはそう言うと、淡影の膝の上に横向きにとん、と座った。
そして淡影の首に腕を回す。
ミカナの顔が、淡影の視界を全て遮る。
ミカナの大きく開いた目に、淡影の顔だけが映る。
淡影の頬に、ミカナの息が軽くかかる。
「淡影・・・・おれは、おまえが宗矢との戦で命を落とすのではないかと本当に心配したのじゃ」
「・・・・そうだな。心配かけたな。すまない。だが、どうしてもおれ一人で兄上に勝てなければならないと思ったんだ」
「それはよいのじゃ。じゃが、おれは・・・・淡影を失ったらと思うと・・・・」
「ミカナ・・・・」
「淡影・・・・」
ミカナの目が少し濡れて見えた。
それはとても美しく、幼い顔立ちの中でとても大人びて見える。
ミカナは頬を赤く染め、少しまどろむような瞳で淡影を見つめる。
「淡影、おれは他の者を失っても、お主だけは失いたくないのじゃ・・・・。ずっと長い間、お主がおれを起こしに来るのを待っておったのじゃからな・・・・」
淡影の頬に、甘えるように顔を寄せる。
「ああ、おれもあの時、おれにとってミカナがどれほど大切か感じたんだ。おれが強いのではないんだ。ミカナがいてくれこそ、おれは強い相手とも戦える」
「淡影、おれたちはいつもひとつじゃ・・・・」
「そう・・・・」
言いかけた淡影の唇を、ミカナの指がそっと塞ぐ。
ミカナは目を閉じて、ゆっくりと顔を近づける。
そして、息を止め、ミカナの唇が静かに淡影の唇に近づき・・・・。
「戦御体だぁーっ!!」
「何っ!!」
外から声が響き、淡影がすっと立ち上がる。
ぼてっ!
そのままミカナが床に転がる。
「痛っ!!」
「敵かっ!!」
淡影が障子を開けて庭に出る。
淡影たちの部屋の向こう、壁の上に黒い影が動いているのが見える。
「ミカナ!!風結で出るぞ!!」
言うが早いか、枕元の刀を掴むと淡影は走り出した。
「ぐあああああああああっ!!よくも邪魔してくれたのじゃ!!こなごなにしてやるのじゃあ!!」
ミカナも夜着のまま、鬼の形相で走り出した。
◇
その少し前。
「蓮華殿、眠れませんか?」
瑞奈が言うと、蓮華が頷く。
こちらはちゃんと二組の布団が用意されている。
それぞれが自分の床について、天上を見上げていた。
「はい。女房達の視線が痛くて・・・・」
「気にすることはないです。今まで通り、そばにいてください」
「はい・・・・」
「確かに宮中というのは堅苦しい場所ですね」
「そうですね。でも、今や宮の中は瑞奈の宮様の話題でいっぱいだそうです。突然現れた麗人が、田舎の下賤な娘を連れてきたとかで・・・・」
「もう、誰がそんなことを!」
「仕方ありませんよ、瑞奈様。本当のことですから」
「もし、蓮華殿が辛いのであれば、ここで暮らす必要などありません。また、ふたりでどこかへ旅に出ましょう」
「瑞奈様・・・・」
「蓮華殿。わたしは蓮華殿がここまでわたしに付いてきてくれたことに感謝しているのです」
「瑞奈様、だってわたしは・・・・」
「蓮華殿・・・・・・」
天上を見つめていた蓮華の視界を、瑞奈の顔が塞ぐ。
「瑞奈様・・・・?」
「もう一度、よいでしょうか・・・・」
「それは・・・・・・」
蓮華の脳裏に、鷹根峠での瑞奈の唇の感触がよみがえる。
瑞奈は目を閉じる。
ゆっくりと・・・・ふたつの唇が、距離を失っていく。
ぷっ!ぷぷぷっ!
「あははははははっ!!」
「な、何ですか、急に笑い出したりして!」
「だって、だって!!あははははっ!!」
「せっかくよい雰囲気でしたのに!」
「ひぃひぃ、だ、だって!瑞奈様の稚児姿が、あまりに愛らしくて!!」
「もう!!わたしの髪、早く伸びてっ!!」
瑞奈が、髪をくしゃくしゃと両手で掻き上げた時だった。
「戦御体だーっ!!」
外から、大きな声が聞こえた。




