6-3 禍神ノ章 三
「はじめてだな、淡影」
紫宸殿の奥。上皇の間。
座敷の最も奥に座する桐高上皇と、庭の砂利石の上に片膝をつく淡影。
「はい、上皇様。わたしが霞四郎淡影にございます」
「ふむ。顔を上げよ。して、そちらは?」
上皇が淡影の後ろに控える二人を見る。
「わたしは関ノ府政所別当、汐永義陽と申します」
「同じく関ノ府武士所別当、稲部長綱と申す・・・・もうしまする」
「そうか。遠路、ご苦労であった。さらに木曽宗影討伐、大儀であったな」
「はい。これに、宗影の首を収めてまいりました」
淡影は、傍らに置いた木箱を差し出す。
「うむ、検めよう」
近くにいた家臣がその箱を受け取り、上皇の前に差し出す。
木箱の中から壺を取り出し、蓋を開けようとする。
「お待ちください」
淡影が声を上げた。
「どうした?」
「宗影は最期の折、己から火の中へ飛び込みました。その首もあまりに焼けており、顔という顔がわからぬほどに焼けただれております。ご承知の上、検めください」
「・・・・うむ」
上皇は頷いて壺の蓋を開ける。
「くっ!?」
異常なまでの悪臭。
思わず着物の袖で鼻を覆う。
思わず顔をそむけたが、ゆっくりと視線を向ける。
「!」
そこには、真っ黒に焼けた人の頭部・・・・らしきもの。
既に鼻はなく、口は苦悶の苦しみを訴えるように焼けた歯を見せて開いている。片目は瞼を失い黒く濁り、もう片目は眼球そのものを失っていた。皮膚はほとんどが焼け落ちて、髪もなく、すでに人の顔なのかもわからないほどに焼けただれていた。
「・・・・わかった。もう、よい」
上皇は壺の蓋を閉めて家臣に下げるよう合図した。
淡影たちはそろって頭を下げる。
「では、おまえたちに褒美を取らさねばならんな」
未だに漂う悪臭を手で振り払いながら上皇が淡影たちを見つめる。
「われらは関ノ府の霞宗近の元に木曽討伐を成しえたものです。褒美は全て当主たる霞宗近にお与えください」
淡影が言うと、上皇は目を輝かせた。
「そうか。この時世にあって主君を立てようとする心、まことに気に入った。しばらく内裏内に住まいを与えよう。おって、この先のことは命を下すものとする」
「はっ。ありがたくお受けいたします」
淡影たちは再び頭を下げた。
◇
「で、おれは瑞奈殿の近衛を仰せつかった」
瑞奈は短くなった髪を切り揃えている最中だ。
女房達が三人集まって、ああでもないこうでもないと大騒ぎしている。少し髪を切っては瑞奈の顔を覗き込み、頬を赤くして、はぁとため息をつく。
それを延々と繰り返している。
それを部屋の隅の方から睨みつけているのは蓮華だ。
・・・・瑞奈様の髪を梳くのはわたしの大切なお役目なのに!!
「なぜ、淡影殿がわたしの近衛など?」
瑞奈が聞くと、その声に髪を切っている女房達がまた「ひゃあっ!」と声を上げる。
むすっ!とするのは蓮華だ。
「どうも、おれたちを内裏に置くのにも理由が必要らしい。兵たちに居所と糧を与えてくれるなら、と言って引き受けた」
「そうですか。わたしとしても淡影殿なら安心ですが・・・・。でも、わたしは別に狙われてなどいないでしょう?」
「いや、それはわからない。いきなり上皇の血を引く男子があらわれたんだ。狙われるのが普通だと思うぞ」
「それも・・・・そうですか」
「あのぅ・・・・」
女房のひとりが小声で声をかけてきた。
「あ、はい!」
瑞奈が返事をする。
「終わりましたが・・・・終わってしまいましたが・・・・」
とてもとても残念そうな顔で、三人の女房達が瑞奈を見つめる。
「ああ、そうですか。ありがとうございました」
そう言って、鏡をのぞく。
「・・・・・・これ、わたしですか?」
「はい・・・・とても愛らしく・・・・」
鏡に映った瑞奈は、白粉を塗った顔に丸眉とおかっぱ頭だった。
目の上でまっすぐ切りそろえられた前髪が幼い。
「ええと・・・・これは稚児では・・・・?」
「はい。ですが、男性の冠下を結うには短くて・・・・」
「でも、とってもお似合いでございますよ!わが君!」
「愛らしいです、わが君!」
「はぁ・・・・そうですか。髪が伸びるまでは仕方ありませんね」
複雑な顔で鏡を置く。
「では、淡影殿とお話がありますので、あなたたちはお下がりください」
「ええ?・・・・ああ、はい・・・・」
「失礼いたします・・・・」
女房達は最期まで瑞奈に目を向けたまま名残惜しそうに部屋を出て行った。
「・・・・で、何の話でしたっけ?」
「ああ、瑞奈殿の命が狙われているという話だ」
「・・・・そうなれば、滅創衆でしょうか?」
「そうだな。ここまでのことを考えても、滅創衆が動いているだろう。だとすれば、かなりの強敵だ」
淡影は以前、滅創衆の伶守という男の襲撃を受けたことがある。紅羽、伊佐と共に戦ったがまるで手も足も出なかった。
だが、その伶守は伊豆霞家に協力していたという話も義陽から聞いている。
滅創衆が何を狙っているのか、わからないままだ。
「宗近兄上には味方でも、瑞奈殿には敵なのかもしれない」
「そうかもしれませんね・・・・。おそらく、わたしはあなたたち伊豆霞家にとって敵なのでしょう」
瑞奈が少し下を向く。
「だが、おれは今、瑞奈殿を守る立場にある。難しいことはわからないが、瑞奈殿のことは守って見せる」
「・・・・淡影殿、頼みますね」
淡影に笑顔を向ける。
「ま、まあ、上皇の命だからな」
そう言って上を見上げながら鼻の頭を掻く淡影。
瑞奈はそんな淡影を心強く思った。
そう、あまりに心強い言葉。おそらく、この男のこういうところに女は惹かれるのだろうな。つい数日前まで女として生きてきた以上、気持ちを惹かれないでもないが。
本人に悪意の意識がないだけ、本当にたちが悪い。
「うう・・・・うううう・・・・・・・」
そんな瑞奈の後ろで、蓮華は泣きながら瑞奈の後ろ頭を撫でている。
「蓮華殿、どうなさいましたか?」
「わたしの、瑞奈様の髪が・・・・・・うう・・・・・・なくなっちゃいました・・・・ううっ」
「?」
淡影と瑞奈は顔を見合わせた。




