6-2 禍神ノ章 二
「さて上皇よ。そろそろ我ら滅創衆の望みを聞いてもらおうか」
内裏の中、紫宸殿の奥。上皇の間。
この部屋に入ることを許されているものは決して多くない。
以前、上皇となった桐雅帝が霞宗明の乱の折に暗殺されて以来、護衛の兵は百を下ることもなく、常に戦御体も待機されている。
そこへ、この男は誰にも気づかれることなく何の武器も持たずに入ってくる。
叢方破祖。
滅創衆の最高位、破主と呼ばれる男だ。
その見た目はいつもぼろ布を纏い、伸び放題の髪に髭。
俗世ならともかく、この殿上でこの格好を見れば普通は目に止まるだろう。だが、この男は護衛の者に咎められることなくひょうひょうとこの上皇の間まで入り込んでくる。
おそらく、この男に入れぬ場所はないのだろう。
「・・・・何が望みだ?」
桐高が愛想なく言うと、叢方はニヤリとして言う。
「帝の支配を終わらせることだ」
「それはできぬと前から言っているであろう?」
「今が最上の機会なのだ。帝は幼くして緋家の元にあり、霞家がまさに今、その緋家を滅ぼさんと、この京へ上ってきておる。もう明日にはここ、内裏へ来るに違いない。ならば、霞家が緋家を滅ぼすことにより、われらが悲願、帝を中心とした世の成り立ちを壊すことが出来る」
「・・・・それは、帝である高条を戦のなかで殺せということか?」
「そんなことを言っているのではない。もっと大きな意味だ。人ひとりの命がどうということはない。この世の仕組み、そのものを変えよと言っているのだ」
「そのようなことをすればこの世はさらに乱れる」
「それがわれらの望みだ。この世を滅ぼし、新たな世を創り上げる。それがどのようなものかは今はわからない。だが、今の世があるのも、その昔人々が何もないところから帝を立てる世を創りだしたからだ。ならば、次の世は次の人々が作ればよい」
「また同じように新たな帝があらわれ、同じことを繰り返すだけだ。民はどれほどに飢えようとも、どれほどに虐げられても、支配するものがいなければ営みを繰り返すことはできん。誰もが満足する理想郷など、この世にはありえない」
桐高は少し語気を荒げた。
「おれたちは理想郷を作ろうとしているのではない。帝や皇族、公家や貴族たち、身分の支配のない世を創りなおそうとしているだけだ。そのためにおれたちはお前に手を貸した。そろそろおまえがおれたちに借りを返す番だ」
「おまえたちが余に手を貸す条件は、沙苑皇后との間に子を作らないことであったろう?おれはそれを守っている」
「われらが提示したのは、おまえの後に世継ぎを作らないことだ。取り違えるな」
「高条は帝にするつもりはなかった。だが、紀基がおれの知らぬ間に勝手にやったことだ」
「高条の身などどうとでもなる。おれが言っているのは、もう一人のおまえの子のことだ」
桐高の顔に戦慄が走る。
「・・・・なぜ、それを?」
「旅の白拍子に産ませた子。紀基に命をとられたことになっていたが、今も生きている。吹原あたりで三種の神器を奪おうとする輩が見受けられているそうだ。おそらく、高条を見捨てて違う子を即位させるつもりであろう?」
「違う!帝は一子のみ!帝は高条しかいない!」
「今、その子は霞家と一緒にこちらへ向かってきている。すでに我が配下の斎尾・・・・いや、幻丈というべきか、が幾度となく帝の持つ世襲の力を狙っていたが全て失敗したらしい。そして幻丈も討たれた」
「お主、帝の力のことを知っているのか?」
桐高の目が一気に鋭くなる。
だが、破岨はその視線を受け止めるとニヤリと笑った。
「ああ。魅了の力。人の心を引き付ける、支配者には欠かせぬ魔性の力だ」
「・・・・・・」
「だが、しばらくその力は失われていた。お前の代までだ。だが、皮肉なものだな。人を魅了する白拍子とお前の間に生まれた子にはその力が宿った。正統なる帝の血の証だ」
「・・・・瑞奈を、どうするつもりだ?」
「おまえがわれらとの約定を果たさぬというのなら、後を継ぐ子の命を絶つまでだ」
「・・・・帝の座を排することはできん!!」
「ならば、おまえの子の首を、ここへ届けてやる。静かに待っているがいい」
叢方は立ち上がり、音もなく上皇の間を出て行った。
・・・・叢方!!
桐高は奥歯に力を入れた。
だが、これは自らが蒔いた種だ。
紀基に奪われた政権を、どうしても朝廷へ取り戻したかった。次を継ぐ自分の子らのために。そのために、叢方の甘言に乗ってしまった。
だが、今は瑞奈を守らねば。
自身の生涯の中で唯一、本気で想い慕った相手との間に生まれた子。
無事に生まれていたことも、女として生きてきたことも知らなかった。
・・・・「なぜ、どこかの女房に産ませた子には皇位を継がせ、最も愛した者の子には何も与えないのですか?」
瑞奈の言った一言が頭をよぎる。
確かにそうだ。
だが、瑞奈。
おまえには雪御前のようなつらい生き方をしてほしくなかった。
物のように誰かに与えられ、使われて捨てられるような・・・・。
「上皇様!」
部屋の前で声がした。
「なんだ?」
「東国霞軍の総大将、霞淡影なる者とその一行が目通しを申し出ております!」
「・・・・着いたか」
「いかがいたしますか?」
「会おう。ここへ」
「はっ!」
・・・・霞淡影。この男が噂に聞いたままの男なら、瑞奈を守れるに違いない。
いっそ、朝廷に引き抜く手立てはないだろうか。




