5-54 流転ノ章 幕間 七
「そうか、行尊殿!ついに還俗して我が娘を貰ってくれる気になったか!!」
庭の松の木の生えていたあたりにぽっかりと開いた穴を見下ろしながら国司の浦崎が言う。
「い、いえいえ、浦崎殿!そうではなくて、因幡への旅にご同行いただきたいと思いまして・・・・」
「そう遠慮なさるな!水瀬はずっと行尊殿に会いたい会いたいと言っておってな!」
「もう、父様ったら!!」
顔を赤くする水瀬。だが、腕はしっかりと行尊の腕に絡ませている。
「あ、あははは・・・・」
「それに行尊殿、あの頃とまったく変わっておらんし、見た目に年をとっておらんようだからな!二人並んでも似合いの夫婦に見えるぞ!」
「い、いやいや、御冗談を・・・・」
「いやだぁ!父様!おやめくださいと申しておりますのにぃ!水瀬、恥ずかしくてもう行尊様に顔を向けられませんわっ!!」
べしっ!!
「痛い・・・・」
行尊の背中を手のひらで叩く水瀬。
べしべしっ!!
「うぎゃっ!」
「まあ、お似合いのような気がするな」
娜縞皇女が言うと、ふんふんと雷巌が頷く。
「もう、やだぁ、水瀬は恥ずかしくてっ!!」
べしっべしっ!!
「あ、あの、水瀬殿っ!うぎゃっ!?」
「もう、父様も行尊様も!調子に乗って水瀬をからかうんですものっ!!」
べしっ!ぼぎっ!!ぐぎぐぎっ!!
「うげっ!?ほぎっ!!ぐぎゃぎゃぎゃっ!!」
「そろそろ助けたほうが・・・・?」
朽平がそおっというが、娜縞皇女も雷巌もふるふると首を横に振った。
◇
「では、参りましょう!行尊様っ!!」
一行は国府を出て山越えの街道を歩き出す。
水瀬は行尊の腕に絡みついたままだ。
「あのう、水瀬殿、歩きづらいですが・・・・」
行尊がにこにこしながら言う。
「あら、すみません!気が付かなくて!!水瀬、うっかりさんでした!!」
◇
「で、なぜこうなっているのですか?」
水瀬は行尊の背に背負われている。
「これなら歩きづらくありませんものね!水瀬、幸せですっ!」
そう言いながら行尊の首に回した腕を思い切り抱き締める。
「ぐえっ!?」
「まったく、見るに堪えないな」
娜縞皇女がぼそりというが、その娜縞皇女も雷巌の肩に乗っている。
「どちらもどちらという気がしますが・・・・」
朽平が言うと、娜縞皇女が雷巌を見て言う。
「わたしは幼子なのでな。歩みが遅いから仕方なくだ」
「はぁ・・・・そうなんですか」
朽平は黙って御体車を牽いている馬たちのことが、急に愛おしくてたまらなくなった。
「偉いな、おまえたちは・・・・」
「こら。わたしと馬をくらべるな!」
◇
一行は順調に山を越え、その日の昼過ぎには因幡の町についた。
峠を抜けると、広い平地が広がり、あちこちに川が流れ、田畑が広がっている。
そして遠くに家々が並び、人の行き交う様子も見えた。
「水瀬の聞いた話ですが、少し前に因幡の国司様がお代わりになられたそうで、新しい国司様は緋家の嫡男様になるはずだったお方ということなんです」
水瀬が行尊の背中で言う。
「ぜぇ・・・・ぜぇ・・・・そうなのですか・・・・ますます・・・・あやしい・・・・ですね・・・・」
「お疲れですか?行尊様。少しご休憩なさっては?」
「そ、そうですね!少し休みましょうか!!」
さすがの行尊も、水瀬をおぶって山越えをしたせいで足ががくがくと震えていた。
水瀬を降ろすと、道端の石にどっかりと座り込む。
「はぁ、はぁ・・・・みなさんも、少し休みましょう」
行尊が言うと、雷巌がふんふんと首を縦に振る。
「わたしは大して疲れておらんが・・・・」
「そりゃあそうでしょうよ」
娜縞皇女に朽平が言う。
「そうだ!水瀬、行尊様の足をお揉みいたしますわ!」
「あ、いえ!結構ですよ!水瀬殿にそんなことまで!!」
「遠慮なさらず!!わたしこう見えても力は強い方ですので!」
「は、はい!ですのでお構いなくと・・・・ひぎっ!?」
べきべきっ!!
「うぎゃあっ!?」
ごきゅっ!!
「あれ?足ってこういうふうに曲がりましたっけ?」
行尊の悲鳴の中、水瀬が首を傾げる。
「まあ、逆に戻せばよいですね!」
ぐぎゃっ!!
「う、うぎゃぎゃぎゃぁっ!!」
「う・・・・むごい・・・・」
娜縞皇女が目を覆いながら言うと、雷巌がふんふんと頷く。
朽平は両手で目を覆う。
その時だった。
「おい!そこの者ども!」
不意に威圧的な声がした。
「そこの御体車をどけよ!われらの御体車が通れぬではないか!」
見ると、若い武士が先頭に立ち、数十人ほどの役人らしき武士たちが控えている。
「あらあ、ごめんなさい!水瀬のせいじゃないのですけど、水瀬はよい子なので、代わりに謝ってあげます!」
「・・・・よくわからんが、ともかく早うどけよ!」
「どうします?」
朽平が行尊に言う。行尊はおかしな方向へ曲がった足を、こきこきと音を立てて元に戻しながらそちらの方を見た。
「ともかく、町に入る前にもめごとはまずいですな。ここはおとなしく道を開けて・・・・」
「貞基殿っ!!邪魔なものは、わたしが片っ端から斬るっ!!斬る斬る斬るっ!!」
「・・・・あの声は、澪瀬!?」
水瀬が驚きの声を上げる。
「あ、姉上!?」
澪瀬も驚いて刀を抜くと、近くにいた行尊を袈裟懸けに斬った。
ざしゅっ!!
「うぎゃあっ!?なんでっ!?」




