5-53 流転ノ章 幕間 六
「本当に、勝手に船を出して怒られんかのう?」
惟正はずっと気が気でない。
船は瀬戸内を進み備前の片上という港へ着いた。
「もう、殿!今更おどおどしても仕方ないでしょう!」
元康が呆れ気味に言う。
「だが、勝手に船を使ったとなると、瑞奈殿に・・・・いや、宗近に怒られそうな気がして・・・・」
「大丈夫だ。黙っていればわからない!」
そこへ茂威がどんと現れた。
「そうだ!おこられたら、わるいのはおまえたちなのだ!」
山吹も胸を張る。
「・・・・おまえたちは呑気でいいのう・・・・」
こういう時、はずれを引くのは自分だという自負が、惟正にはある。
◇
「ありがとう、助かりました!」
ニタリ顔で会釈する行尊。
「くれぐれもこのことは瑞奈殿には内密にしてくれよ!」
惟正が念を押す。
「はい!ですが大丈夫ですよ。あなたのことは、瑞奈殿も忘れていると思います!」
「・・・・ぐぬぬ。お互い様じゃっ!!」
そんなこんなで、行尊と雷巌、朽平、娜縞皇女は備前の地に降り立った。
◇
「もう会わないようにしたいのう!」
惟正が言いながら手を振る。
「殿!本心が口から出てますよ!」
「しかし元康、行尊の奴は何であんなおかしな連中と旅しておるのだろうな?」
「たしかに、僧侶と大男と職人と女児。どう考えてもおかしな連中ですね」
「・・・・まあ、他人のことは言えぬか」
惟正はそう言いながら茂威と山吹を見た。
「なんだ、もんくあるのか!?」
山吹がぶかぶかの兜を手で持ち上げながら言った。
・・・・もういや。
◇
「さて行尊殿。これからどうする?」
娜縞皇女が言うと、行尊は顎に手をやる。
「そうですね・・・・。思いのほか、備前まで早く着いてしまいましたから、今夜はここで夜を明かし、明日一日かけて山を越えましょう」
「では、宿坊を探すのですか?」
朽平が言うと、行尊が首を振った。
「いえ、知り合いがおりますので、そこを訪ねてみましょう」
◇
「あの・・・・知り合いって・・・・・・」
行尊が連れてきたのは、備前国府だった。
一行はあっという間に中へ通され、来客用の間で待つように言われた。
「なんじゃ、行尊。お主、本当に知り合いが多いな?」
「ははは。長く旅をしておりますゆえに」
娜縞皇女にいつものニタリ顔で答える行尊。
「おう、行尊殿!!久しいのう!!」
そこへ、髭を蓄えた主らしき男と、若い娘が入ってきた。
「おお、浦崎殿!!ご無沙汰しております!」
「前に会ったのは・・・・あれじゃ、水瀬の乗った暴れ馬を押さえつけた時以来じゃな!」
「もう、父様!それは言わないで!」
隣の娘が恥ずかしそうに父親の袖を引っ張る。
「ははは、そんなこともありましたね!」
「行尊様、お久しゅうございます」
「水瀬殿、すっかり大きくなられて!その・・・・なんというか、女らしく・・・・」
「恥ずかしゅうございます・・・・。あまり見ないでくださいまし・・・・」
水瀬は恥ずかしそうに頬を赤らめて下を向く。
「おう、そうなのじゃ!あの頃はまだ水瀬も澪瀬も子供であったからな!」
「そう言えば、妹君の澪瀬殿は何処にいらっしゃるのですか?」
「ううむ、それが・・・・・・」
◇
「では、緋家の軍勢催促に応じて水軍を?」
「そうなのじゃ。こちらとしても、都落ちしている緋家の元に兵など送りたくはなかったのじゃが・・・・仕方なく。澪瀬も、「斬る!ともかく斬る!!」と張り切っておってな」
「ああ、そうでしたね」
「父様、行尊様も長旅でお疲れでしょう。お話はそれくらいにして、お連れの方たちにもお休みいただいては?」
水瀬が言う。
「おお、そうじゃな!気が利かぬですまなかった!ごゆるりとされよ。今宵はここに泊まっていくとよい」
「お言葉に甘えさせていただきます」
行尊が頭を下げると、後ろにいた三人も揃って頭を下げた。
◇
「なあ、行尊。あの娘だが・・・・」
娜縞皇女が真剣な顔で声をひそめる。
「はい?水瀬殿ですか?」
「ああ。わたしの見立てだが、かなりの霊力を持っておるな」
「・・・・そうですね。きっと」
「知っておるのか?」
「はい。先ほど少し話に出ましたが、水瀬殿の霊力に怯えた馬が暴れ出したのです」
「・・・・なんと」
「あの頃は水瀬殿も幼く、初めて馬に乗って興奮したのでしょうね。ものすごい霊力を一気に放って・・・・」
「それで馬が暴れ出したのか」
「はい。運よくわたしが近くにいたので事なきを得ましたが」
「惜しいのう。雷鳥の繰り手にしたいのだが」
「・・・・・・」
行尊は難しい顔で首をひねる。
「ここの姉妹にはいろいろと難がありまして・・・・」
「一度、試してみるように頼んでみてはくれんか?」
「娜縞殿との相性を見るのですか?・・・・おすすめは致しませんが」
「だがこの先、何があるかわからん。繰り手のいない戦御体ではただの荷物でしかない」
「・・・・それはそうですが・・・・」
「な、一度、頼む!」
手を合わせて頭を下げる娜縞皇女。
「・・・・高貴な方にそこまでされてはねぇ」
◇
「戦御体、久方ぶりに乗りました!」
水瀬はとっても笑顔で繰り座に座った。
「水瀬殿、ともかく無理はなさらないよう。駄目だと思ったらすぐに医師から手を離してくださいね」
「水瀬の心配してくださるなんて、やはり行尊様はお優しいですね!」
行尊が言うと、とびっきりの笑顔で応える。少し、頬が赤い。
「でも、澪瀬にできるのですから、水瀬にもできますよ!」
そう言うと、繰り座の蓋を閉めた。
「さて、水瀬にお任せくださいね!」
そう言って緑色に光る石をがしっと掴む。
『水瀬、最初はゆっくりでよいぞ。まずは歩くところから・・・・』
既に雷鳥の中にいる娜縞皇女が水瀬に話しかける。
「・・・・・・」
『少しづつ、腕を動かすでもよい。・・・・おい、大丈夫か?』
「はぁ!?」
『?』
「うるっさいな!!こっちはちまちまやるのが嫌いなんだ!!」
『え?』
「大暴れしてやるぜぇっ!!!」
水瀬の雷鳥はいきなり走り出し、国府の庭に植えてある松の木を掴む。
『お、おいっ!何をする気だっ!?』
「この松があると、水瀬の部屋から海が見えねぇんだよおっ!!」
ずぼぼぼぼ!!
雷鳥は松の木を根元から引き抜いた。
「あああ・・・・あれは一体・・・・」
朽平が目を丸くして、口をぽかんと開けている。
ふるふる。雷巌も首を横に振る。
「ですから、やめておいた方がよいかと・・・・。あの姉妹は御体に乗ると人が変わるのですよ」
「うりゃああああああっ!!」
雷鳥は引き抜いた松を、海めがけて放り投げた。
◇
娜縞皇女が光の玉となりゆっくりと雷鳥から出てくる。光は次第に人の形となり、裸の娜縞皇女となる。
その体に行尊が着物をかける。
「でしょう?やめておいた方が・・・・」
「ひ、酷い目に遭った・・・・」
「行尊様ーっ!」
水瀬が繰り座から降りると、行尊のところへ可憐な姿で走ってくる。
「水瀬、怖かったですぅ!!」
そう言って行尊の胸に飛び込んできた。
「あ・・・・はい・・・・大丈夫でしょうか?」
「行尊様、水瀬は行尊様の御役に立てますかぁ?」
きらきらした目で行尊を見上げる。
「あ・・・・はい」
「よかった!!」
そう言いながら、行尊の胸に顔をうずめる水瀬。
「・・・・とんでもない女だ・・・・」
娜縞皇女は小声でつぶやいた。




