5-49 流転ノ章 二十
「淡影!!」
風結から降りた淡影にミカナが駆け寄る。
「ミカナ・・・・」
ミカナはそのまま淡影に飛びつき、首に腕を回してぶら下がる。
「すまなかった。兄上を救えなかった・・・・」
「わかっておる!淡影はじゅうぶんようやったのじゃ!」
ミカナの体を優しく抱き締める。
その体が小刻みに震えている。
「・・・・ミカナ、泣いているのか?」
「馬鹿もん!おれが泣くわけなかろう!!」
そう言いながら淡影を見上げるミカナの顔は涙でぐしゃぐしゃだった。
「・・・・心配かけたな」
淡影はそう言ってにこりと笑う。
「まったくじゃっ!!」
ミカナがそう言った時。
「淡影ーっ!!」
「れ、嶺巴!?」
がしっ!!
嶺巴が淡影を抱き締めた。間にミカナが挟まれている。
「ぐえっ!?」
「淡影!!よかった!!無事で!!」
「嶺巴にも、心配かけたな。すまない」
「いいてことよぉー・・・・わぁぁぁぁぁ・・・・・・」
「嶺巴も泣いてるのか?」
「そんなわけないだろっ!あたしが、泣くなんて・・・・」
「嶺巴っ!!」
「うわっ!?ミカナ!?いつからそこにっ!?」
ミカナは嶺巴の胸を両手でわしづかみにして、淡影からぐいっと遠ざける。
「さいしょからおったわ!それに、おれと同じことをするでないっ!!」
「な、なんだよっ!!ちょっと!胸を・・・・ひゃっ!!」
「ほれ、ほれ!!こんな卑猥な乳、こうしてくれるわ!!」
「に、にゃあああっ!!」
「ほれ!嶺巴の乳などこうじゃぞ!って・・・・あれ?淡影?」
そこにいたはずの淡影の姿がなかった。
「蓮華、瑞奈殿、大丈夫か?」
淡影は抱き合って泣いている二人に声をかけた。
「すまなかった。兄上を・・・・救えなかった」
ゆっくりと瑞奈が顔を上げる。
「宗影殿は最初から決めていたのでしょう・・・・あなたと思う存分戦って、ここで散ると・・・・」
「ああ。兄上が本気なら、おれは勝てなかったかもしれない」
「ですが、淡影殿。あなたは全てを託されました」
「そうだな。もう、おれ一人の戦いじゃない」
「淡影様・・・・」
蓮華は淡影を見つめた。
もう、蔵馬の山奥で一緒にいた頃の白結丸ではない。
毎日、天狗様や妙寂様に叱られて、そのたびに泣きながら璃玖様に甘えていた。食べ物や着物の世話をすることがうれしかった。いつも、わたしに懐いてくれていた。そんな白結丸をかわいい弟のように感じていた。それを恋だと思っていた。
だが、今ここにいるのはこの国そのものを託された一人の男。
今や、国を動かすほどの力を持つ軍の総大将なのだ。
その決意の顔から、もう蓮華の知っている白結丸ではないことを感じた。
霞淡影。
ほんの少し前までは、すぐそばにいたのに。
蓮華にとって、すでに遠いところの人。
蓮華の知らない、精悍な顔の男。
もうその人はわたしのことを必要としていない。
それは、蓮華にとって、身を切るほど苦しく寂しいことだった。
◇
天狗はそっと恒影の骸に手を合わせた。
こうしなければならなかったのか?
あの時、若の戦御体が見えなくなっていった炎の奥に・・・・。
いや、考えまい。言うべきではない。
そうしなければ、この男の命が無駄になってしまう。
天狗は恒影の骸から刃を抜き、抱え上げた。
「宿儀殿、近くの寺までこの男を運んでくれんか?」
「承知!」
英醐が手を差し伸べる。
その掌の上に、天狗はそっと恒影の遺体を乗せた。
・・・・恒影殿といったか。生道一揆、見事であったな。
宿儀は心の中で手を合わせる。
だが・・・・あの時、炎の中で見えた影。
それに気を取られて手を伸ばすのが一瞬遅れた。
ここにいる全員の気を引くために、命を投げうったとは・・・・。
霞宗影殿とは、それほどまでの主であったのだろう。
◇
あたりはすっかり暗くなっていた。
見上げる空には無数の星が見える。
「澄玲・・・・いや澄乃。なぜ戻ってきた?」
勢多の唐橋からどこをどう走ったかわからない。
恐らく粟津あたりだろう。
澄玲は川のほとりに宗影の体を寝かせ、火傷に川の水で湿らせた手拭いを当てる。
「今はそれどころではありませんでしょう?」
「だが・・・・おれは・・・・」
「なんとしても死にたいのですか?」
あのとき、炎の中で燃え上がる鹿嶺王の繰り座の蓋を、こじ開ける影があった。澄玲の白縫だ。
そして宗影の体を掴むと、そのまま逃げだした。
その直後に鹿嶺王は燃え落ちた。
「あの時、恒影様と目が合いました。このままではわたしがあの場にいる者に見つかると思ったのだと思います。高らかに声をあげて、自刃なさいました」
「・・・・恒影・・・・」
「そうまでしても、あなたはお救いしたい主なのですよ」
「くっ・・・・」
宗影の目から涙が溢れ出た。
「もう、あなたは霞家の太郎ではありません。宗矢でも宗影でもありません」
「澄乃・・・・」
「これからはわたしとともに、生きてください・・・・」
澄乃の目からも涙が落ちる。
宗影の体は全身に火傷を負っていた。
赤黒く焦げ、皮膚が剥がれているところもある。
「すまなかった。瑞奈に言われたよ。なぜおれは、大切なものを自ら失って生きるのかと」
「・・・・本当ですね。まったく」
「・・・・また生き延びてしまったな。おれはしぶといな」
「天が、あなたにまだやるべきことをお与えになったのですよ」
「・・・・それは、何だろうな?」
「わたしと添い遂げることです」
「ああ。それが、おれにとって最も幸せなことだな・・・・」
・・・・火傷が収まったら、髪を剃り木曽へ行こう。彼らの菩提を弔いたい。いつまでも残るように石に彼らの名を刻もう。
そして、どこか遠くへ・・・・・・。
澄乃とふたりで旅に出よう。




