↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
戦ぎの淡い影 ― 平安戦御体戦記  作者: ひろくま
流転 (るてん)

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

415/420

5-48 流転ノ章 十九

「さあ、刃を引きなさいっ!!」

瑞奈がもう一度叫んだ。それは絞り出すような悲痛な叫びだった。


「・・・・・・・・・」


その声に、風結がゆっくりと動いた。


太刀をすっと引き、鞘に納める。

そして地面に片膝をつくと、瑞奈に向かって頭を下げた。


「仰せのままに」


「淡影殿・・・・」

瑞奈の頬をぽろぽろと涙が流れ落ちる。


「兄上、おれはあなたに認めてもらいたいだけだ。勝ちたいわけでもないし、ましてやその命が欲しいわけでもない。後のことはおれに任せて欲しい。必ず、父上の屈辱を晴らしてみせる」


「淡影・・・・・・」



瑞奈が鹿嶺王を見つめる。

その目から流れ続ける涙に、森の炎が赤く映る。


「・・・・わかった」

鹿嶺王はゆっくりと太刀を降ろした。

そしてその太刀を地面に投げ捨てる。


がらん・・・・。


太刀が転がる音が響いた。


「だが、忘れるな淡影。おれが負けたのはお前ではない。瑞奈だ」

「・・・・わかっているつもりです」

「そして、敗戦の将は生き延びる資格はない」

鹿嶺王は、ゆっくりと風結に背中を向けた。


「兄上!」

「宗影殿!!」


「瑞奈、おまえを伊豆に行かせたのは、おまえをこの戦いに巻き込みたくなかったからだ。おまえには、帝の血筋として、伊豆で新しい国をもって生きていてほしいと切に願ったからだ。おれはその思いを宗近とわかり合えなかった」


「ですが、わたしはあなたに命を救われました!あの上皇様の宴の夜、あなたがわたしの前に現れなければ、わたしは上皇様を刺して自らも命を絶つ覚悟でした!それをあなたに救われたのですよ!」


「そうだったな。ついこの前のことだが、遠い昔のことのようだ」


「はい。ですから、わたしは恩人をみすみす死なせるわけにはまいりません!」


「おれは、ここで舞台を降りると決めていた。無論、淡影がおれの期待に応えてくれれば、という思いだったが、淡影はおれの期待以上だった。だから、もうおれが生き延びる意味はない」


「あなたは、なぜそうやって・・・・大切なものを自ら失おうとするのです!?」


・・・・そうだな。


父上、凪舟・・・・清葉、墨羽・・・・駒王、・・・・・澄乃。


おれが自ら失ったものばかりだ。


「もう、おれには失うものなどないよ。おれはここを死地と決めてきたのでな」


「兄上!!」


「淡影!宗近はおれが生きているとなれば、宗近は霞家の嫡男の地位でいられなくなる!宗近はおれを殺すまで諦めないだろう!」


鹿嶺王は、少し振り返った。

「おれの最期をちゃんと伝えておけ!そして、霞家の再興を成し遂げろ!」

「兄上っ・・・・!!」


鹿嶺王は恒影の白縫の方を見た。

「恒影!!」

「はっ!!」

「今日までよく尽くしてくれた。木曽で素晴らしい仲間と出会えた。感謝している。そして、さっき話した通りだ。澄玲を・・・・頼む!」

「宗影殿っ・・・・!!」

白縫は拳を震わせた。


「瑞奈、強くなったな・・・・。初めて出会った時の、震えていたお前とは別人のようだ」

「宗影殿・・・・」

瑞奈の涙が止まらなかった。



「さらばだ!ここにいる、すべての者に後を託す!!」



鹿嶺王は、赤く燃え上がる森の中へ一歩一歩、踏みしめながら入っていく。


「兄上・・・・」


鹿嶺王の黒い影は、燃え盛る炎の中へゆっくりと消えた。

一段と炎が高く昇り、鹿嶺王の頭までを覆う。



「・・・・・・・」

その時、恒影の目に、炎を横切る影が見えた。

そして、恒影は意を決したように息を飲んだ。


「我を見よ!!伊豆の者ども!!」


白縫を立たせたまま、繰り座の蓋を開ける。

その場の全員が恒影を見た。


「武士《もののふ》が主を失って、これよりのち何を守ろうというのか!!守るべき者のない武士とは、矢のない弓と同じ!皆の者、しっかと見よ!!東国一の武士のこれが自害の手本となるものだ!」


恒影は腰の刀を抜くと、その切っ先を口にくわえた。


「いけないっ!!」

瑞奈が悲鳴をあげる。



恒影の体は白縫の繰り座から飛び出し、宙へ舞った。

「待てぇっ!!」

宿儀が叫び、英醐がさっと手を伸ばす。


だが、恒影の体はその指先のわずか先を、虚しくすり抜けていった。





「兄者!兄者!」

――おう、安影。どうした?

「文堅にどうしても勝てん!!兄者、おれの仇を討ってくれ!」

――無理を言うなよ。文堅にはおれでも勝てない

まだ若い頃の安影。いつも文堅や守武にやられてばかりだったな。

「はっはっはっ!!おれに勝とうなんぞ、十年よりももっと早いぞ、安影!!」

文堅。そしてその後ろにいつも無言で立っていた文成。

「文堅に勝てるのはおれだけだからな!」

守武だ。

「何を言う!おれとおまえは五十戦三十勝じゃ!」

「おかしなことを言うな!五十戦二十勝十引き分けの互角だわい!!」

そうだ。いつも文堅と守武はそんな言い争いをしていたな。

「なあ、ちゃんと片付けてからやれよ。いつも俺に押し付けて!」

直兼だ。一番真面目な奴だから、おれたちは面倒な仕事は全て直兼に押し付けていた。

「なあ、恒影!今から守武と勝負をするから、どっちが勝つか見ていてくれ!」

守武がおれの手を引く。

――わかったよ。直兼、あとは頼む!

「またかよっ!!」



あったな、そんな頃が・・・・・・。



なつかしい。


涙か・・・・。

まだ、おれにも涙があったのだな。







だが、後悔はない。

宗影殿のおかげで、木曽の山奥では見ることのない、この世の頂の景色を見られたのだ。


感謝している。だから、最期くらいは・・・・。

恩返し、になるといいが。






ずしゃっ。





◇




「瑞奈様っ!!」

地面に座り込む瑞奈のところへ蓮華が駆け寄る。


「蓮華殿・・・・わたしは・・・・わたしは・・・・」

瑞奈の顔を大粒の涙がとめどなく流れ落ちる。

「だれも、救えません・・・・」

どうしようもないほどの無力感。

立ち上がることもできない。


「・・・・結局、わたし、何もできなかった・・・・」


「そんなこと、ないです!こうして、今、まわりに皆がいるではありませんか!」

「ですが・・・・はぁ・・・・わたしは・・・・」

蓮華は瑞奈の肩に手を回すと、自分の胸に引き寄せた。

あの、蓮華の好きだった瑞奈の綺麗な長い髪が、今はない。

「瑞奈様。お願いです。もう、無茶はしないでください。わたしは・・・・瑞奈様を失いたくありません・・・・」

蓮華の目からも大粒の涙が溢れ出る。

「蓮華殿・・・・・・」

「瑞奈様、わたしはもう、あなたなしで生きていけないのです!!」


ふたりはお互いを強く抱き締める。

蓮華の暖かさ、柔らかさに縋りつく。今は、それしかできない。



「ぐすっ!」

「ふぅ、ぐす・・・・」



・・・・。



「「うわぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」」

ふたりは抱き合ったまま、声を上げて泣いた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。